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ウェイバー・ベルベット──生命の礼装①独逸の二人

※『Fate/Zero』二次創作です
※『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』『ロード・エルメロイⅡ世の冒険』ともに未読です
※『FGO』は未プレイです
※ライネスは男の子で、名前は同じだけど別人です
※登場するメインキャラクターはウェイバー、イスカンダル(ウェイバーと話せるけど、直接会うことはありません)です
※時計塔の描写は『Fate/Zero』の説明から逆算できるものにしています
※トップ絵は大清水さちさん https://twitter.com/sachishimizu に依頼しました
前作は『時計塔の探求者』です↓


「どうだ、ライネス。なんとかなりそうか?」
「うーん……ちょい待ち」
 ウェイバーの頭を悩ましているもの。それは、かれこれ三ヵ月以上に渡って、付くのか消えるのか分からないデスクの明かりである。
 前の住人であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが残した術式と思われるが、デスクに不用意に触れると明かりが付きっぱなしになってしまう。どこを押せば消せるのか分かれば問題は解決するのだが、これがさっぱり解らない。そうかと思うと、不意に消えていたりする。
 ウェイバーは揃えたおかっぱを指で散らす。
「これさあ、なんか解んないんだよな」
師匠マスターが解らないものを俺でどうこうできると思います?」
「そこをなんとか」
 後輩を拝んでしまうウェイバー・ベルベット二十歳。
 時計塔の研究生スカラーにして地脈の力を自在に操る龍脈管理人ロンマイ・ケアテイカー、そして第四次聖杯戦争から無事に生還した、ただ一人の魔術師である。現在は時計塔の研究棟である西棟二階に住まいし、生徒の一人として研究に没頭している。
 この部屋に入って五ヵ月。少しずつ生活環境を整えてきた。遮光カーテンを入れ、本棚には古代ギリシア語とイーリアス、アレクサンドロス三世に関する書籍がぎゅっと詰められて、壁には彼がこれと見込んだ馬車競争の馬の写真が飾られている。デスクにも古代戦車のミニチュアが置かれ、いささか魔術師の工房とは思われない風情である。
 そして本人も、とても成人済、二十歳の男性とは思われない容姿をしていた。
 まず彼は驚くほど小柄だ。身長は160cmもない。まるで中学生のように見える。髪型も揃えたおかっぱ、身体も痩せぎすで細いので、なんとも頼りないシルエットだ。男性にしては小顔で、可愛らしいと言ってもいい。しかし目には強い光があり、秀でた額には優れた知性があるのが感じられる。イギリス人らしい白い肌に黒髪と黒い瞳が影を落として、恐ろしく切れる印象であった。
 だが彼はいま神経質に眉を寄せ、デスクの下のライネスを待つ。
師匠マスター、なんか、ここ、おかしいような気が」
 後輩のライネス・アーチボルトがデスクの下から這い出てきた。彼はデスクの天板の裏を指でつつく。
「ここに何か術が仕込まれてて。たぶん、これで付いたり消えたりしてるっぽい気が」
「え、どこ」
 今度はウェイバーがデスクの下に寝そべって、引き出し裏を見上げる。
「うーん、ここじゃなくてさ。ライネス、引き出し開けてくれ」
「こう?」
「うん」
 ライネス・アーチゾルテ・アーチボルトは十六歳。十代続く魔術家門アーチボルト家の後継者であり、自身の実家、アーチボルト筆頭分家アーチゾルテの次代当主でもある。
 ウェイバーとは対称的に背が高く、すでに180cmはある。色の薄い金髪は少しパサつき、もしゃっとしている。愛嬌のある瞳は水色で人の笑いを誘うような茶目っ気がある。だが時計塔では最上級の席次にあり、すでにトップクラスの魔術師といってよかった。
 三代目とはいえ、祖母も母もまともな魔術修行をしておらず、貧相な魔術回路に苦しめられるウェイバーとは正反対だ。
 もちろんライネスの魔術回路は数も質もかなり優秀で、ときに凄まじい力を叩き出す。
 学園ではモーニングかテイルコートが一般的な服装となっている。ライネスはテイルコート派だ。コートは脱いで、デスクの椅子に掛けてある。ウェストコートにシャツだけで軽やかな印象だ。
 学園の生徒たちは汚れに対応するために、ウェストコートの前は白などで仕立て、背中には紺や茶など汚れの目立たない布を配置することが多い。ライネスも御多分にもれず、背中側は紺色の布だ。それでも埃はやはり目立つ。器用に背中に手を回して埃をはたく。
 ウェイバーは市販品のセーターとスラックス、シャツで済ませているが、タイは欠かしたことがない。今もネクタイを歪ませてデスクの裏に手を伸ばす。下から見上げると、なるほどデスクの天板の裏に奇妙な術式が内蔵されていることが分かった。
「あのさ、ライネス」
「なんすか、師匠」
 ライネスがデスクの前にしゃがみこんでウェイバーを覗きこむ。
 彼がウェイバーよりも優れているのが明らかだ。しかし、こと術式展開と魔術解析に限っては、ウェイバーの右に出るものはいない。その洗練度は時計塔でも群を抜いている。だが、それを評価しているのは、今のところライネスだけだ。彼は押しかけ気味にウェイバーに弟子入りした。時計塔では常に側から離れない。
「ここさ」
 ウェイバーが指す場所を見ようと、ライネスが狭いデスクの下に顔を近づける。ウェイバーの顔にライネスの影がかかると、ますます術がはっきり見えた。
「ああー」
 二人の声が重なった。
 ライネスがさっとデスクの下から抜けて、床にどかっと腰を下ろす。
「これ、叔父上の術じゃないっすー……」
「やっぱりか。なんだ、これ、いつからあるんだ」
 ライネスはケイネス・エルメロイ・アーチボルト、すなわち前の住人の再従兄弟である。本来の後継者であったケイネスが亡くなったため、ライネスは実家と一族本家の双方を継がねばならない身の上となった。
 ウェイバーはデスクの下でどかんと両腕を広げて天井を見上げる。彼は額の上に腕をかけて薄い冬の陽射しを遮る。
「どう見ても、火の系統だぞ、これ。ケイネス先生の前に誰が住んでたんだよ」
「おじさんなら知ってたかもしれないけど、聞いてないっす」
 てへっと笑うライネスを下から見上げて、ウェイバーは唇を噛む。
「僕もお前も火の属性なんて持ってないぞ」
「誰か信用できる火の属性持ちが見つかるまで、お預けッすね」
 魔術師の世界は競争が激しく、相手を出し抜くためなら手段を選ばない。良好な関係を築けているように見えても、どこで崩れて本性が出るか分からない。
 ライネスのように、自分より格下の魔術師に、自分にはないものを見出し、心酔して弟子入りするなどという行為はまず考えられないことだった。
 不用意に自らの工房に人を招き入れることは厄災の種でしかない。
 ウェイバーが部屋に見合った魔術行使の実力があれば話は別だが、とにかく単体の魔術師として、ウェイバーは全くもって優秀とは言いがたいのも事実であった。到底、部屋にいささか不審な人物を招く実力はない。
「そんな都合よく出てくるかな、確かに火はベーシックだけどさ……」
 ごろりとウェイバーが寝返りを打つに至って、二人は、
「ああ……」
 ため息をつくしかなかった。
 95年2月、ロンドンの光景。

     1. 独逸ドイツの二人


 時計塔は美しい建物だ。
 バロック期の特徴を強く備え、名前の通りの高い時計塔と美しい煉瓦造りの母屋が隣接する。周囲の人々には私立一貫校インディペンデント・スクールだと思われているが、その実体は数百年にわたって連綿と続く魔術師たちの総本山、魔術協会本部である。内部には協会本部とともに最高学府である研究組織、時計塔が内蔵され、そこでは幅広い年齢の魔術師が研鑽を積み、研究を重ねる。時計塔は教育組織も兼ねているので、半分くらいは子供たちが占めている。基本的に全寮制だ。
 ウェイバーは学内で非常に特殊な地位、ソロモンの弟子ソロモンズ・スカラーに就いている。研究に比重を置ける特待生で十年に一人、認められるかどうかという特例だ。
 またウェイバーは聖杯戦争からの生還者として特別な年金も受けていて、生活には不安がない。
 そういうわけで、生徒の一人でありながら、研究者と同じ待遇で西棟二階に住んでいる。
 この部屋の前の住人はライネスの叔父であったので、彼は半分くらいウェイバーの部屋で過ごし、ときには泊まっていく。
 ウェイバーが参戦した第四次聖杯戦争は壮絶な殲滅戦の様相を呈した。
 生還した魔術師はわずかに三名。そのうち一人は聖堂教会の代行者──元来、魔術師を異端として狩り出すヴァチカンの特殊部隊──であり、神父に戻っている。そして残る一人、魔術師殺しと異名をとった衛宮えみや切嗣きりつぐは再起不能の状態に落ちこんだ。
 他の参戦者は全て死亡。ライネスの叔父、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトも、その中の一人である。
 ウェイバーは征服王イスカンダルことアレクサンドロス三世の召喚に成功。さらに騎乗手ライダークラスであった彼の庇護の下、戦場を駆け抜けた。
 彼は不思議なほどの強運に恵まれた。
 聖杯戦争の土地、冬木で保護者となる老夫婦マッケンジー夫妻と知り合い、今も血の繋がらない孫として、良好な関係を維持している。そして多くが全てを失う聖杯戦争の舞台で、彼は自らが仕えるべき主君イスカンダルと運命の逆転を手にしたのだった。
 聖杯戦争が終わると、英霊は聖杯に内蔵される英霊の座に戻るが、今もウェイバーは彼の英霊サーヴァントであったイスカンダルと精神的な接触を保っている。
師匠マスター、メシ食いに行きましょ。今日のランチ、ラムチョップって噂」
「どこから、そういう話が回ってくるんだ?」
「さっき隠身術の授業で聞いたんすよー。今日なんか、変な生徒いて。ちょっと授業が混乱したんで。そのあいだにいろいろと」
「授業中くらい遊んでないで修業しろ」
「師匠、真面目すぎ。Yeah,  羊だあ」
 ライネスは徹底的な肉派で、メインが肉料理ヴィアンドゥの日はハイテンションだ。
 時計塔は奇妙な事件に巻きこまれた。
 聖杯戦争後、受肉した弓手アーチャー、英雄王ギルガメッシュによって大規模な内部抗争が勃発。ライネスはこの戦いを通じて、ウェイバーの底知れない力──魔術師以前の、人間としての圧倒的な強さを目にして、弟子入りを決めた。如何なる脅しにも屈せず、淡々と自分のできることを積み重ね、勝利をもぎ取る。異常なまでのしぶとさがウェイバーにはあった。
 だが、この騒動は多くの生徒たちを死に至らしめた。
 ギルガメッシュの残した術により、関係者の多くは記憶を操作され、子供自身の内部抗争で生徒が死亡したことになっている。
 とにもかくにも生徒の急激な減少は時計塔にも対策の必要性を感じさせた。
 将来の世代があまりにも練度が低い状態になるのは避けたいし、世代を支える人数自体が激減したので、術の継承も視野に入れる必要がある。
 というわけで、世界中の魔術家門に時期外れの早期入学が奨められたのである。
 だが事件の影響は大きく、時計塔を避ける傾向が続いている。求めに応じて入ってきた子供たちは少なかった。
 食堂は閑散とした空気が抜けない。
 バロック期の修道院を思わせる天井の高い食堂では生徒の声がよく響く。
 そして聖杯戦争から生還したウェイバーは、特に血の浅い子供たちにとって英雄だった。
「Hi, Scholer.(おはよう、研究生スカラー
「Good morning. How is everything?(おはよう。調子どう?)」
「Pretty good!(ばっちり)」
 そんな挨拶が絶え間なく続く。最初は驚いたウェイバーだが、半年も経つとすっかり慣れた。ライネスと二人で食堂真ん中辺りに席をとると、さっそく人に囲まれた。
「ねえ、研究生スカラー。聖杯戦争で間桐まとうの魔術師に会いましたか」
 聖杯を造ったのは『始まりの御三家』と呼ばれる古い魔術家門である。筆頭は錬金術の頂点に立つアインツベルン、そして聖杯による英霊召喚システムを立ち上げた『魔法使いの弟子』日本の遠坂、英霊を拘束する契約システムを構築したのがマキリの生んだ怪物、ゾォルゲン。この家は拠点を日本に移し、現在は間桐まとうと名乗っている。
 この三家こそが聖杯の本来の所有者ともいえ、聖杯戦争には必ず参加してくる。
 今回も間桐から参戦はあり、ウェイバーもその英霊サーヴァントであるバーサーカーに二回、遭遇した。しかし契約者マスターの方はといえば、
「いや。全く見なかったけど」
「なんか、ゾォルゲン・マキリが生きてるって本当なんですか」
 聖杯設置は二百年ほどの前のことになる。
 だが設置に関わったユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンとゾォルゲン・マキリは存命とのもっぱらの噂であった。眉唾ものの話だ。
「それは分からないな」
 ウェイバーが苦笑すると、生徒の一人が乗りだした。
「ゾォルゲン・マキリの紹介状を持ってきたって生徒が入ったらしいんですよっ」
「まさかあ」
 ウェイバーのみならず、ライネスも半信半疑だ。
「いても、それは間桐の後継じゃないのかな」
「いや。それが全然違うって。ドイツから来たらしいけど」
「へえ」
 こんな噂は時計塔ではキリがない。
 そのとき、背後からざわめきが上がる。
「わあ」
「初めて見た!」
「あれ、ホムンクルス?」
 食堂に不思議な少女が現れた。
 特徴的な青いドレスをまとい、古風な金糸刺繍のあるペチコートが揺れる。15歳前後の少女で髪は月色、三つ編みを巻いた複雑な形に結いあげている。愛らしい顔立ちに輝く瞳は翠玉、だが瞬きがない。その正体を知る者は限られる。
 実はこれ、聖杯戦争において剣聖セイバーとして召喚されたアーサー王をモデルとした人工生命体ホムンクルスである。
 時計塔で生産されるモデルで、宮廷魔術師ダグラス・カー家の名が冠せられる特注品だ。
 彼女はつかつかとブーツを鳴らしてウェイバーの前に来た。ドレスを持ち上げてお辞儀する。
「ウェイバー ベルベット サマ オムカエニ アガリマシタ」
「ランチ食べてからでいいかな」
「カシコマリマシタ」
 このホムンクルスを所有するダグラス・カーの継嗣ブリギットは、龍脈管理人ロンマイ・ケアテイカーとしてのウェイバーにとって上司である。というか、彼が引き受けた龍脈管理人ロンマイ・ケアテイカーとは、マーリン以降、密かにダグラス・カーが継いできた仕事の一つであり、現在、唯一にして史上最高クラスの適格者がウェイバーであった。
 ウェイバーは実質的なマーリンの後継者として彼の庭を継いでいる。
 この人形は、そこからの迎えで、何か仕事があるのだろう。
「ライネスも一緒でいいかな」
「ウケタマワリマス」
 人形は現在、ウェイバーに特別な優遇を示し、平時はブリギットの管理下で働いている。
「今日も可愛いね」
 ライネスはくだんの騒ぎの際、セイバーであるアーサー王と一夜限りの契約者マスターとなり、このホムンクルスを可愛がっている。だが人形の方はあまり反応がない。ライネスはそれも気にしない。
 ランチは本当にラムチョップが出てきた。ちょうどよく焼けた羊は御馳走だ。ヴィネガーベースのミントソースが英国の定番である。さっぱりして羊が食べやすくなる。付け合わせのポテトもクリームみたいに柔らかい。
「美味ーい」
 食事の間、この人形が何くれとなく給仕してくれたので、二人は大変な注目を浴びていた。
 ウェイバーは流石に緊張して、せっかくのラムチョップが楽しめない勢いだったが、デザートのエクルズケーキをつまむ頃には多少、慣れてきた。
 どうにも聖杯戦争から帰ってきてから、注目されることが増えた。
 もともとウェイバーは時計塔で注目されるような存在ではなかったので──というか、むしろ、あまりよい目で見られていなかったので──この視線の束には気疲れすることもある。
 食事を終えると、二人は時計塔の中庭にある結界をくぐった。
 時計塔の中庭は不思議な場所だ。学園のど真ん中にあるにもかかわらず、誰も入ろうとしない。何故なら、ここにはマーリンが残した結界が張られているからだ。招かれざるものは入ることができないし、入ろうとも思わない。また結界の存在自体、認識できない。
 ウェイバーはアーサー王の姿を持つ人形に先導され、ライネスを連れて、すうっと結界の奥に消える。
 これで誰も、二人がどこにいるのか分からなくなるのであった。
 そこには目を疑うような美しい庭が広がっている。冬の庭園はヒマラヤ杉の枝下に広がり、クリスマスローズが群生している。ランズヘッドには気の早い節分草が元気に黄色い花を揺らす。
 白いガーデンテーブルにブリギットが座っていた。
「急に悪かったわね」
 ブリギット・グレイン・ダグラス・カー、英国王室付首席魔術師。いわゆる宮廷魔術師である。ダグラス・カーの一族は治癒魔術に優れる。アーサー王とマーリン亡き後、政治と外交、戦場で暗躍し、ブリテンひいては大英帝国の威信を支えてきた。
 ホムンクルスが無言で彼女の元に戻る。
 ブリギットは年齢不詳の女性である。見た目は三十代半ばだが、実のところ、よく分からない。豊かな波打つ長い黒髪とヴィクトリア時代のような黒と灰色の地味なドレスがトレードマークだ。この庭にいるときは古い杖を手にしている。
 ウェイバーは椅子を引いて、向かいに座る。ライネスは黙って隣に立った。
「いいえ。仕事ですか」
「仕事というより、お願いかしら」
 ブリギットがライネスを見上げて笑った。
「貴方、お弟子さんを、あと二人ばかりとる気はない?」
「は?」
 ウェイバーは眉を寄せて訝しげだ。慌ただしい年末年始を超えて、やっと研究の虫に戻れると思った矢先だった。
「なんですか、その話」
「ドイツから古い友人のお孫さんが二人、時計塔に入学してきたの。だけど、もう突き抜けていてね。ここの講師にどうにかなる器じゃないのよ。教えられるとしたら貴方だけだわ」
「……僕、魔術師としては、そのう、自分で言いたくはないですけど、レベル低いですよ……」
 口元を歪めてウェイバーが吐き出してしまうと、ライネスが覗きこんだ。
「なんで。師匠マスターの術式展開、すげえじゃん。あんなの誰にもできないよ」
「そうは言うけど。僕は実践は教えられないし」
 腕組みして背中を反らし、ウェイバーは目を眇める。ブリギットがにこっと笑う。
「貴方と、全く所縁ゆかりがないとも言えない子供たちなのよ。聖杯戦争の生き残りの血を引くんだから」
「!」
 ぱっとウェイバーが身体を起こすと、扇のように黒髪が広がり、それから彼の透徹した眼差しがブリギットを突き刺していた。
「どういうことですか」
「第三次聖杯戦争から生還した魔術師は三人。一人はわたしの父ウォルデグレイヴ。遠坂とおさか明時あきときも帰ったけど、無事とは言えなかった。わたしの父も腕を失って再生せざるを得なかったわ」
「何言ってんの」
 ライネスがぎょっとした顔で乗りだしたが、ブリギットは構わない。ダグラス・カーにとって、その程度の治癒魔術は特別ではない。
 ブリギットが黒髪を揺らして微笑んだ。
「貴方と同じように、何も失わず、帰ってきたマスターがいる」
「誰です」
「わたしの幼馴染み。アン・マルガレーテ・ファウストよ」
 ウェイバーは目を見開く。
 ドクトル・ファウスト。
 それは魔術師にとって燦然と輝く名前だ。衝撃の召喚術で大地霊メフィストフェーレスを呼び出し、運命を懸けて取引した。それはゲーテの作品のモデルとなり、歴史に名を残さしめた。その実体は歴史上、数えるほどしかいない五重複合属性アベレージ・ワンの超絶の魔術師だ。
 その血統は失われたと思われていた。
「その孫が先生を捜しているのよ。出てらっしゃい、マックス、ミア」
 ヒマラヤ杉の影から、二人の子供が現れた。
 一人はライネスより背の高い少年だった。年頃は同じくらいで、ゲルマン系らしい、かっちりした気難しげな顔立ちだ。ゆるいウェーブのかかった純粋な金髪フェア・ブロンドが光をはじき、深い琥珀色の目は光の角度によって茶色に見える。すらりと均整のとれた身体つきはライネスより薄く、成長期の危うさを残している。時計塔では一般的なモーニングを着けて、古い革装の本をかかえていた。
 彼の後ろから現れた少女にはライネスも、えっと声をあげて目を丸くした。
 年の頃は十一、二歳。準備学校プレップを出るか出ないかくらい。だが、その顔立ちはまあ、映画の子役も霞むだろう華やかさであった。ぱっと目を惹く鮮やかすぎる金髪碧眼、その青い目はサファイアのように透き通り、燦めいている。ゆるく波打つ金髪も眩しいほどで、愛らしいのに美しく、質素な黒いドレスまで輝くように見えた。
「ひえー、すげえ」
 ライネスが呟いてしまうと、彼女はふふん、と小さなあごを上げた。
「あたしくらいで驚いちゃダメなのよ」
 彼女はテーブルの横に走ってくると、ポケットからぱっと携帯をとりだした。
 それは異常なことだった。
 一般に魔術師は電子機器などを軽蔑し、使おうとしない。魔術で解決できることは、なるべく魔術を使うという古風な習慣──ウェイバーは大いに軽蔑するところだが──がある。だが彼女はまだ幼いにもかかわらず、左手の親指一本ですばやく写真を呼び出した。ウェイバーとライネスに見えるよう、テーブルの上で画面を開いて持つ。
「Whew! What a fabulous.」
 ウェイバーが思わず口笛を吹く。ライネスは声も出ず、小さな画面に見入った。
「ほらあ、おばあさまはスゴいのよ! お若い頃は国で一番の美人だったんだから」
 ミアが彼女の名前だろう、胸を張って得意満面だ。
 そこには彫刻のように美しいセピア色のポートレイトがあった。ゆるやかなウェーブの髪を垂らし、落ち着いたワンピースでポーズをとる女性。二十歳そこそこに見えるが、その顔立ちときたら寒気がするほど美しく、しかも感じのよい控えめな笑顔だった。
 ミアより美しいと分かるのが驚きだ。
「おばあさまは使える魔術は少ないけど、それはそれは強くてらっしゃるわ。三重属性で治癒から錬金術まで、いろんな種類が使えるんだから!」
「こら、ミア」
 少年、マックスがたしなめると、ミアはぺろっと舌を覗かせた。
「おばさんのお友だちは大丈夫でしょ」
「おばあさまのことだけじゃない。口を滑らせるなと言われてきただろう」
「だってえ」
 マックスは、テーブルに座ったままのウェイバーに、本をかかえてお辞儀した。
「マダム・ブリギットから学ぶべきは貴方であると勧められました。御教授願います」
 真っ向、こう言われると、ウェイバーも無碍には断れない。
 テーブルの端を掴んでミアがドレスの裾を揺らす。
「ねえ、本当に貴方はスゴい魔術師なの? なんか、そんな感じしない」
 君の勘は正しいよ。ウェイバーは心の中で呟いてしまう。
 だがマックスは頓着しない。彼はテーブルの上にかかえていた古い本を置いた。
「貴方は魔術理論の専門家だとお聞きしました。我が家に伝わる魔導書ですが、理解できない魔術もありまして、長年、一族を悩ませているのです」
そっと差し出された本は、ウェイバーの興味を引いてあまりあるものだった。
 とてつもなく古い本だということは分かる。表紙には何も文字がない。魔導書には、よくあることだ。本を開けるかが、力を量る目安となる。
「こちらを解読していただきたく。内容次第によっては、こちらで刻印を引き出せると思いますので」
 ウェイバーは思わず見上げた。
「もしかして、ゾォルゲン・マキリの紹介状を持ってきたというのは君たちか」
「Ja.」
 マックスが素直に頷いた。
「我が家は魔術師としては一時、断絶した状態にありまして。ドクトル・ファウストの魔術刻印はこちらに預けられているのですが、どれがどれやら。誰が受け継げるものなのか、判らなくなってしまったのです。御先祖様の術はあまりにも高度で刻印管理課では判断がつかないと言われました。それを貴方ならば解読できると聞きました。ミアはまだ幼いですが、ぼくは継承の準備ができています」
 ブリギットがウェイバーを見つめた。
「この子たちが間違いなくファウストの一族であることを証明してくれたのがゾォルゲン・マキリよ。彼、知り合いだったみたいね。ドクトル・ファウストと」
「……マジなの」
 いつもは饒舌なライネスが口数少ない。
 ウェイバーの手が動いた。絶対に見逃せないものが目の前にある。胸が高鳴る。
「これを開いても?」
 ウェイバーが鉄色の瞳を上げると、マックスが緊張した顔に変わった。
 何故なら、ウェイバーの空気が全く変わっていたからである。ウェイバー自身は自覚がない。だらけた雰囲気だったのに、触れれば切れる刃のように収束する。
 マックスは息を呑んで頷いた。
 魔導書はつりあわない魔術師が開くと、防御機構が発動し、魔術が展開される場合がある。
 ウェイバーの細い指先が表紙に触れる。
 その瞬間、本がぼんやりと光を放った。
「うそ」
 ミアがテーブルに張りついたまま、サファイアの目を丸くした。
 事もなげにウェイバーは開いた。
 さっと手にとって、ゆっくりとページをめくる。ぱあっと埃が舞い散った。長く誰も読んでいなかったことを示している。ウェイバーにとって、それは宝の山だった。見たこともない術式。どれも壮大で、とてつもない攻撃魔法の連続だ。
「すごい。こんな術式、見たことない。展開してみたいな、なんとかして」
「おばあさまだけが開けたのに。なんで、あんたは開けるの」
 怒ったようなミアをブリギットが優しく笑って覗きこむ。
「言ったでしょう。ウェイバーはマーリンの後継者なのよ。魔術回路は弱いけど、それ以外は特級どころじゃない魔術師よ」
「ブリギットさん、ひとこと余計です、それ」
「あら、ごめんなさい」
 ブリギットが声を立てて笑う。ウェイバーはそれも聞こえないほど魔導書に集中していた。彼は無意識に手を動かし、術式をなぞる。
「ああ、なるほど。そういうことか。へえ。これは今では途絶えていたやり方だ」
「分かりますか」
「うん、すごく面白いよ。貴重なものを見せてくれて、ありがとう」
 ウェイバーが知的好奇心を刺激された人間特有の高揚した表情で見上げると、マックスは恥ずかしそうに俯いた。
「できたら、その術式をどう展開すればいいのか、教えていただきたいのです」
「いいよ」
 あっさり受けてしまったことにウェイバーは気づいていなかった。
「ありがとうございます」
 さっとウェイバーの足元にマックスがひざまずいた。
「ぼくはマキシミリアン・ファウスト。妹はミア-マリー・ファウスト。これより貴方を師と仰ぎ、従うことを誓います」
「い」
 ウェイバーは、そのときになって、やってしまったことに気がついた。慌てて両手を開いて振ってみせる。
「ああ、そんなに畏まらなくてもいいんだけど」
「ミア、お前もきちんと師礼をとって挨拶しなさい」
 マックスに言われると、ミアは憤然と胸を張った。
「おばあさまよりスゴい魔術師じゃないとイヤ」
「ミア!」
 まだ若すぎるほど若い兄に叱られると、ミアはぷんと不機嫌な顔を隠さず、ドレスの裾をちょっと持ち上げた。
「よろしく、ウェイバー・ベルベット」
「ミア! 先生になんて失礼な」
 マックスが立ち上がり、ミアの手を握る。ウェイバーは反射的にマックスの手に手を置いた。
「いいよ、僕は気にしていない」
「Nein.  先生、そういうわけには」
「やだやだやだあ」
 ミアが暴れて兄の手を解く。金髪を振り乱して甲高い声で叫ぶ。
「あたしはおばあさまだけを尊敬してるのー」
「それでいいよ、ミア」
 ウェイバーが苦笑してしまうと、彼女は唐突ににこっと笑った。
「あんた、分かってるじゃないの。ウェイバー・ベルベット」
「どうも」
 要するにミアは周囲の反応を見て、演技しているのだ。この年頃の女の子は普通にやることだ。
 ウェイバーから見ると、ミアは実に子供らしい子供だった。
 時計塔育ちのウェイバーにとって、年下の子供の相手は当たり前だ。だが魔術家門の子供は、ウェイバー自身も含めて、どこか歪んでいる。生まれながらに押される魔術回路の数と質、属性という烙印。選民思想や偏見に満ちた古い環境で繰り返される激しい競争、魔術回路を励起する際の独特の感覚や一般人とは違う疲れなど、魔術師には不機嫌になる要素がいくらでもある。そのうえ、現代では一般教育機関にも通わなければならない。
 ライネスのように屈託なく朗らかに育つ子供は稀少であり、これはアーチゾルテ家の卓抜した教育の成果なのである。
 ウェイバーも非常に屈折した子供だったのだが、聖杯戦争で契約したライダー、イスカンダルの一方的な再教育により、すっかり魂が洗われてしまった。死地を二人で切り抜けた経験が子供っぽい甘えや自意識過剰を焼きつくした。
 そして本来の、非常に上昇志向が強く、目的を定めると揺らがない本質が迷いなく現れるようになったのである。
 もともと注目されたり、賞められたりする立場ではなかったので、普段のウェイバーは物腰も柔らかい。
 だが、その下にはイギリスらしいしたたかな精神が横たわっている。
 彼から見れば、ミアは魔術家門らしからぬ子供だ。
 携帯を使いこなし、周囲の大人を試す言動は家庭環境を透けてみせる。
 魔術家門にありがちな古い常識に囚われず、開かれた家庭。素直に自分の容姿に溺れられるほど安心して育っている。それはファウスト家が古い家門にもかかわらず、病の少ない精神を保っていることを示す。
 むしろ変わってるんだけどね。
 ウェイバーはマックスに目配せした。
「ちょっと頼みたいことあるんだけど」
「なんでしょう」
「君たち、二人とも火の属性を持ってるね」
 さっとマックスの顔色が変わる。ミアも打たれたように凍りついた。
 魔術師の世界において、属性を見破られることは時に危険だ。だが、それは通常、術を使うところを見られなければ判らないはずだ。
「何故、それを」
「見れば判る」
 ウェイバーはセーターの肩をすくめる。細身の彼が椅子の中で片膝を上げてかかえ、鉄色に冷えた瞳で二人を見やる。その視線はナイフのように鋭かった。
龍脈管理人ロンマイ・ケアテイカーになってからかな。魔力の波動や伝播エコーに敏感になってね。何もしなくても強い魔力の持ち主だと解るんだ。何か変かな」
 横目で笑うウェイバーの後ろで、ライネスが腰に手をあててマックスとミアを見据えた。
「舐めない方がいいぜ。魔術回路はアレだけどさ、マジでこいつはすげえから」
「ひとこと余計」
「すみません、師匠マスター
 頭をかかえるライネスにマックスがくすと笑った。


 
ウェイバーはライネス、マックス、ミアを伴い、西棟の自室に戻った。
 ミアは扉の前に立っただけで、ちょっと嫌がる素振りを見せた。
「ここに入るの?」
「今はここに住んでるんだ。Come in.」
 ウェイバーが扉を開けて一同を招き入れる。
 マックスが茫然と部屋を見回し、ミアは意を決したように部屋に飛び入ると歓声をあげた。
「あらあ、貴方、意外とちゃんとしてるじゃないの。ウェイバー・ベルベット。これだけの結界が組めるんだったら合格よ」
「ああ、残念だけど」
 ウェイバーがデスクの椅子を引き、ライネスが暖房のスイッチを入れる。
「この結界は俺の叔父上が組んだままだ」
「誰よ、それ」
「ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。時計塔の『神童』と謳われた魔術師だ」
「知らなーい」
 ミアは無邪気に言い放ったが、これはますますウェイバーを安心させた。一時、断絶状態だった家門。それは古い、小うるさい一族たちとの付き合いが少ない、もしくは全くないことを示唆する。
 ロード・エルメロイを知らないなんて、ますます、これは当たりかな。
 ウェイバーはデスクの天板を触らないように、二人に手で示した。
「実は、このデスクに仕掛けられた術式に悩まされててね。今は消えているけど、不用意に触ると明かりがつきっぱなしになってしまうんだ」
 ウェイバーがデスクの下を覗きこむと、揃えた黒髪が扇のように広がり、彼の横顔を隠す。
「ここにね、何かあるんだけど、僕じゃ手に負えなくて。君たちのどっちかが解除するなり、修理するなりできないかと思ってさ」
「これは試験でしょうか」
 マックスがきちんと姿勢を崩さずに立ってウェイバーを見つめる。ウェイバーは微笑んで肩をすくめた。
「君はもう僕の弟子なんだろ。試験なんて必要ない。ちょっと助けてほしいだけだ」
「分かりました」
 ライネスより少し背の高いマックスがごそごそとモーニングを引きずって、デスクの下に入る。彼は上を見上げると、あっと声を漏らした。
「……初めて見ました。まだあったとは」
「解る?」
 デスクに手をついてウェイバーはマックスを覗きこむ。ぱっと明かりがついてしまった。彼は琥珀色の瞳を冬の薄い光に揺らして頷いた。
「これはランプの術式なんです。いま使われる新しい照明の魔術が現れる前のものです。我が家の書庫で見たことがあります」
「ランプ!」
 ウェイバーとライネスは思わず顔を見合わせた。
 一度つくと、なかなか消えない理由。それはランプを模していたからだ。油が切れるまでは切れないというわけだったのだ。
先生マイン・マイスター、これをどうなさりたいのですか。外せばいいのでしょうか」
「そうだね。消すのが一番いいかな。新しく明かりを入れるにしても電気で充分だよ」
 魔術師らしからぬ言葉にマックスはただ頷いただけだった。
「では、消してしまいますね。他の魔術装置とも繋がってはおりませんので、大丈夫だと思います」
「ありがとう、それは僕も確認してるからやっちゃってくれるかな。頼むよ」
 ウェイバーが見つめると、マックスは突然、はにかむように微笑んだ。
「お役に立てれば幸いです」
「あたし、あたしがやってあげる! あたしにできないことなんて、ないんだから!」
 ミアがちょんとデスクの前に押しかけた。
「お兄ちゃん、代わって」
 するとマックスは困ったような表情を一瞬、浮かべた。だが、そうっとゆっくりデスクの下から出てきた。ミアがデスクの下にドレスを引きずって座りこむ。
「簡単なのよ、こんなの」
 その一瞬に起こったことは、普通の魔術師であったなら、全く理解できなかったと思われる。
 だが、ここに揃ったのは、アーチボルトの後継者と史上最強レベルのドクトル・ファウストの直系であった。
「ミア!」
「おい、こら、師匠に何しくさる!」
 ミアは凄まじく大きな攻撃魔法を発動させようとした。時計塔を吹っ飛ばす気だったのかもしれない。
 だが、ウェイバーがその手をつかんでいた。
いけない●●●●、ミア」
「!」
 ミアは小柄な黒髪の青年を茫然と見つめた。


「ミアはすごいのねえ」
「この子はまさにドクトルの再来だ」
 生まれてこの方、ミアは賞められたことしかないと言ってもよかった。非常に質のよい魔術回路を血統における限界値に近い数で保有し、地水火風の四重属性。身体も丈夫で容姿にも優れ、魔術師として、栄えある家門の娘として、望まれる全てを身につけて生まれてきた。
 小さい頃から彼女の前には祖母がいた。
 幼い頃に魔術修行をしなかったので、彼女は多くの魔術を行使することはできないが、およそ魔術師としての素質はミアに伍する唯一の血族で、ミアは彼女の言うことだけは聞いた。
 だって、おばあさまだけが、あたしを止められるのよ。
 貴方はいつから記憶がある?
 あたしは三つにならないうちに、母さんムッターの手を焼いてしまった。
 ほんの小さな●●●炎だったのよ。
 だけど誰も消せなかった。母さんムッターの手は痣が消せない。ブリギットおばさんでも治せなかったの。あたしの炎が強すぎたから。
 あたしは絶対、間違っちゃいけないの。
 自分が何をしていいか、どのくらいしていいか、分からないとしても●●●●●●●●●
 おばあさまは、あたしより危ない魔術師と過ごして無事に生き延びた。聖杯戦争の英霊サーヴァントだったキャスターよ。おばあさまはキャスターが誰だったか、絶対、教えてくれないの。キャスターはとても強かった。おばあさまはキャスターを御して戦争に生き残られた。
 おばあさまなら、あたしを御せる。
 あたしはおばあさまの言うことだけは絶対、聞かなきゃいけないの。
 だって本気を出したら、あたしは、おばあさまさえ殺してしまう●●●●●●
 あたしは絶対、本気になっちゃいけないの。何をするにも、やる気半分。テキトーテキトーにこなしていなきゃいけないのよ。
 あたしは知ってる。
 だって、あたしを止められる人は世界のどこにもいないんだもの。
 どうして皆、信じてるのよ。十歳そこそこのあたしが何も間違わず●●●●●●に、安全に過ごしていられるわけがないでしょ。
 あたしより強い魔術師なんて、あたしの前に現れてくれるわけがない。
 でも、おばあさまさえいてくれたら、あたしは、あたしのままでいられる。
 それなのに。
「ミア、お兄様と一緒にロンドンの学校に入りましょう。いい機会だわ」
「待ってよ、あたし、まだ十一歳だよ」
「オリエンテーションは終わったでしょ。もうギムナジウムに入る歳ですよ」
「やだやだやだ、おばあさまから離れない!」
 時計塔に入りたいなんて言ってない。パパもおじいさまも通ったところよ。いつかは入らなきゃいけないわ。だけど、それは今じゃないでしょ!?
 皆、分かっていないのよ。
 あたしがどれだけ危ないか●●●●●●●●
 ミアはテーブルの下に入ったとき、唐突に誰も止められないと分かっている術を手に昇らせた。
 昇らせようとした。
 だが。
 見慣れない黒髪が刃のように視界に入った。
 あの人の手があたしの手から呪文を奪う。組み上がろうとしていた術がすばやく、そうと分からないほどのスピードで解体される。
いけない●●●●、ミア」
 大地のように揺るがぬ瞳があたしを見つめた。
 行きなさい、ミア。
 おばあさま……この人だわ。あたしを人間でいさせてくれる、魔法の人だ……


 
ライネスが右手に魔力を集中させて、得意の術をかけようとしていた。
「ウェイバーがいたからよかったようなものの、お前、何するつもりだったんだ!」
 怒鳴りつけるライネスを無視して、ミアがデスクの下から飛び出した。彼女はいきなりウェイバーの足元にドレスを引いてひざまずいた。
「Sie sind die Person gesucht, mine Meister!(貴方をずっと捜してた)」
 ミアが慌てて英語に戻る。彼女は一生懸命、母語ではない言葉で丁寧に話そうとしている。金髪を揺らし、真っ青な目が必死に見上げた。
「生きている限り、貴方に従います。あたしを止められる唯一の人」
 ウェイバーははっとした。
 彼女の掛け値なしの表情を初めて見たと思った。純粋さが眩しいほどだ。
「発動してしまっていたら、とうてい僕に止められる術ではなかったけどね。発動する瞬間に気づいたから。流石に少し疲れたよ」
 ウェイバーが引いたデスクの椅子に腰を下ろす。彼は何度か息を切らせて、それからミアを見つめた。
「怖いのか、自分が」
 それを見抜いたのはウェイバーが初めてだった。
 ミアはただ、頷いた。マックスがぎょっとしたようにウェイバーを見つめる。
 ウェイバーはミアの前に片膝をつき、同じ高さで真摯に視線を受け止めた。
「大切だよ、その気持ちは。魔術師はその気になれば簡単に人を殺してしまうことができる。それを知っていることは悪いことじゃない。君はすごいね。まだ小さいのに。僕がそれを悟るには聖杯戦争に行かなければいけなかったのに」
「貴方はどうして生き残ったの」
 ミアは床にひざまずいたまま、立とうとしない。
 ウェイバーは微笑んだ。
「ライダーがいたからだよ。僕の力じゃない」
「おばあさまも魔術師キャスターがいたから助かったとしか言わないわ。英霊サーヴァントって、そんなに大切なものなの」
「少なくとも、僕にとっては、自分の生命より大切だよ。今もずっとね」
 ウェイバーは足に手をついてため息をつく。その視線は黒髪の向こうで、この世のどこにもない場所を見つめている。
「あの人に連れていってほしかった。でも、僕は生きろと命じられた。何があっても生き残る。そうしないと、あの人に合わせる顔がないんだ」
「あたしも、おばあさまを悲しませたりしたくない」
「だったら頑張れる。そうだよな」
 穏やかなウェイバーと視線が合うと、ミアは火がついたように泣きだした。慌ててマックスがミアを抱き上げる。子供のように縦に抱いて、彼はゆっくりと窓辺に移動した。
 ライネスがウェイバーの横に膝をついた。気遣わしげに覗きこむ。
「身体にきてるんじゃないか、ウェイバー」
 本来であれば、ここには均衡結界──ある一定以上の術式が発動すると相殺する特殊結界が存在する。だがウェイバーは結界への影響を考慮し、それよりすばやく術を解体しえた。それは恐るべき技倆であり、また魔術解析の頂点でもあった。
 ほんの数秒の間に、彼は凄まじい魔力を消費したはずだった。
 ウェイバーはライネスと目が合うと疲れた様子を見せた。頬に影がある。ライネスに横目で笑う。タイに指を差しこんで、少し緩めた。
「ちょっとな。大丈夫。後で庭に戻る●●●●よ」
「分かった」
 ライネスにも分からなくはない。アーチゾルテの家の中で、ライネスより強い魔術師はいない。ただ俺にはおじさんがいたからな……今更ながらにケイネスの偉大さを感じた。彼がいつも近くにいた御蔭で、ライネスは思い上がったり、逆に自分を過小評価したりせずに済んだ。魔術の行使を目の当たりにして育ち、術式の影響を見誤ることはなかった。
 ミアは泣きやむと、真っすぐウェイバーの下に走ってきた。
 床にすとんと座りこんでウェイバーを見上げた。
「あたしが貴方のサーヴァントになってあげる。貴方を守ってあげる。あたしより強い魔術師はどこにもいないのよ」
「おい、こら。てめえ、ぶっ飛ばすぞ」
 ライネスが凄んでみせると、ミアはふふんとあごを上げた。
「じゃあ、やってみる? 先生を守るのは、あたしよ。あたしが一番お役に立つんだってところをお見せしないとね」
「この部屋ではやめて」
 ウェイバーがごろんと床に腰を下ろして、がっくり肩から力が抜けた。とたんに彼は普段のだらけた様子に戻った。
「何なんだよ、もう。ランプの術、なんとかして」
「あ、そうでした」
 マックスがごそごそとデスクの下に入って、天板の裏に手をあてた。ほどなく、ぼんやりとした光が天板を走り、静かになった。
先生マイスター、解除しました」
「ほんと? 助かるよ。じゃ、ティにしようか」
「やったあああ」
 ミアが飛び上がって満面の笑顔だ。ドレスをパンとはたいて元気よくドアに向かう。
「先生、早く!」
「待って。ちょっと疲れちゃってさ」
「すみません」
 マックスが高い背を歪めるように頭を下げた。ウェイバーは黒髪を鳴らして首を振る。なんとも歯がゆい瞬間だ。
「ごめん、僕、あまりいい回路じゃなくて。毎度のことだから気にしなくていいよ」
「そうではなくて」
 ライネスが意外と面倒見よくミアを連れて廊下に出た。マックスはそれを確認して、ウェイバーに囁いた。
「ミアのことです」
 ウェイバーは無言で視線を向けた。
「家族は、アンおばあさまを除いて皆、彼女をどう扱っていいのか分からなくて。僕も彼女には勝てないと思いますし」
「魔術って勝ち負けのためにあるものなのか?」
 肩をすくめるウェイバーの言葉にマックスが打たれたように背筋を伸ばした。
「イギリスのケーキも美味しいよ。行こう」
「はい」
 四人は連れだって時計塔を出た。こんな集団はめずらしいので──ことにミアの華やかさは普通ではない──学園棟ではかなり見られた。
 時計塔の周辺は落ち着いた住宅街だ。周囲には学園関係者を狙った小さな商店が点在する。
 ウェイバーとライネス、二人のお気に入りは黒猫亭。日替わりケーキが充実した昔ながらのティールームだ。
 その日は窓辺の見晴らしのよい席に案内された。
「ああ、やっぱ女の子いると違うわー」
 ライネスが奥の席に入って肘をつく。テイルコートの尻尾を丁寧にさばく。
「この席、座ったの初めて」
「だな」
 ウェイバーはライネスの隣。ミアがライネスの向かいに座り、マックスが店側に座った。マックスのモーニングも椅子からあふれて、はみ出してしまう。時計塔周辺ではよくある光景だ。
 ウェイバーがメニュウを手にとる。
「二人とも好きなスイーツは」
「Streuselkuchen und Linzertorte !」
 元気よくミアが答える。ライネスは眉を寄せた。
「ん?」
「クランブルと木苺のタルトです。ぼくは何でも。好き嫌いはないので」
 マックスが言い添えて、ライネスは瞬きした。
「あ、ドイツ語か」
「何よ、お菓子の名前くらい分かりなさいよ」
「はいはい」
 三人のやりとりにウェイバーは微笑んでしまう。そして、そんな心の余裕があることに自分で驚く。死地をくぐって、人が笑ったり安心できることが本当に素晴らしいと思うようになった。
 ふうー、どえらい別嬪べっぴんになるぞ、この娘は!
 頭の中でライダーの声がする。ウェイバーには普通のことだ。地下の龍脈を通じて、聖杯の裡に潜むイスカンダルと自在に話せる。最初は妄想だと思っていたのだが、間違いなく彼だと分かってからは絶えず心の裡をさらせる話し相手だ。
 驚くなよ、ライダー。この子のおばあちゃん、この上、行ってたぞ。
 うほォ、ヘレナの再来か。あの娘でさえ、成長した暁には国を傾けるであろうよ。貴様、今から粉をかけておけ。ほれ。
「ばあか言ってんじゃないぞ、ライダー!」
 思わず声が上がって、ウェイバーははっとした。メニュウの向こうに見えるマックスとミアがきょとんとしている。
 ライネスがテーブルの上に手を広げて指をぱたぱたと泳がせた。
師匠マスターは今もライダーと話せるらしいんだよ」
「……分かるわ」
 ミアがすとんと肩を落としてウェイバーを見つめる。
「おばあさまはたまに、キャスターに勝手に話しかけてるの。あたしが意味ないんじゃないって言ったら、おばあさまは向こうが聞いてるからいいんだって仰った」
 ウェイバーは柔らかい笑みで頷いた。
「ま、そんな感じで思っててくれるといいかな。さ、頼もうか」
 坊主、こういうときはな、皆で同じものを食すのだ。心が近くなるぞ。
 そのつもり。
 ウェイバーが視線を上げると、メイドが来て注文をとってくれた。ミアは可愛らしいメイドの制服に釘付けだ。
「わあ」
「アップルクランブルのホールと、ティはそれぞれ頼んで。僕の奢りだ」
「ありがとうございます」
 控えめなマックスに対して、ミアは目を輝かせた。ライネスにはいつものことだ。
「わーい。あたしね、ホット・ショコラーデン!」
「ぼくはハウスブレンド」
「俺、アッサムでいいや」
「僕はダージリン、セカンドフラッシュで」
「かしこまりました」
 ウェイバーがぱんとメニュウを閉じてメイドに渡す。彼女は注文票を書きながら戻っていく。
 メイドが見えなくなると、ライネスが真面目な顔でテーブルに乗りだした。
「なあ、ミア。女子寮ってどんなとこ」
「はあ?」
 ミアが小さな肩を怒らせる。
「あんた、何の目的があるの」
「いやあ、一回も入ったことないからさ。興味はあるよ、な、ウェイバー」
 ウェイバーは一瞬、固まり、それから謹厳そうな様子を装って目を伏せた。
「全く興味がないと言ったら、嘘になるな。確かに」
「ほらほら、お前の大切な先生も知りたいってよ!」
「ミア、同室のお友だちとは仲良くできているのか」
 マックスも心配なようだ。
 魔術師の世界は血統主義だ。魔術回路が血脈で発現する以上、仕方のないことだが、それだけでなく刻印の扱いに要因がある。魔術師が研鑽を積み、ある一定の練度に到達すると、術式は魔術刻印と呼ばれる特殊な神経接続を可能とする装置に集約される。これは術の発動を加速し、さらなる洗練を可能にする。この刻印を一人に集中して継がせることで、より強い魔術師を造りだし、さらによい魔術回路とより多い属性を持つ子孫を生みだそうとするのだ。
 そのため、魔術家門の女性は子供を生みだすための土台として、非常に重要だ。
 母体の血統によって、後継者の資質が左右されると言っても過言ではない。
 ミアのように全てを兼ね備えた娘は非常に危険な存在でもある。
 孕ませて子供を奪えば、血の浅い家門でも一気に家格を上げられる可能性があるからだ。
 というわけで、時計塔の女子寮は難攻不落。トップクラスの魔女、寮母長ダームが守る鉄壁の城なのであった。
 当然、男子生徒は血縁であっても入寮不可。
「届け物も寮母長ダームに預けなければならなくて。ミアがちゃんとやっているのか不安です」
 マックスの愚痴も当然の結末なのであった。
「お兄ちゃんは心配性なの。あたし、ちゃんと皆と仲良くしてるよ」
「そうかな。そうとは思えない」
 マックスがふらふらと額に手をあてる。
「別に女子寮だからって特別なわけじゃないわよ。部屋は全部、二人部屋。だけど自分の部屋に戻るのは寝るときとか荷物を取るときとか。皆、ふだんは集会室ジュビリールームで遊んでるわ。いろんな集まりがあるの。お菓子作ったり、刺繍をしたり。ぬいぐるみを作る会もあるわ。月に一回、お化粧の講座もあるって。楽しみだわ」
「お前に化粧なんか要らねえだろ」
 ライネスが突っこむと、ミアは憤然と眉を吊り上げた。
「女の子は誰でもお化粧するのっ」
「まあ、あれだね。男子寮とそう変わるわけなかったか……」
 ウェイバーが淡々と呟いてしまうと、ライネスが腕組みした。
母さんマムが言ってたぜ、女子寮にはエステルームがあるって」
「嘘だろ、それ」
 ウェイバーが流石に笑ってしまうと、ミアが人差し指を立てて揺らす。
「あるわよ。お風呂上がりに皆で順番を待つの。マッサージとか、頼むとしてもらえるの」
「何だ、それ!」
 ライネスが両手を小さく上げて口を尖らせた。
「俺たち、そんなのねえぞ」
「男は耐えるものなんです、ライネスさん」
 マックスの言葉に男性三人はため息しかない。
「お待たせしました!」
 メイドがどーんとホールケーキを真ん中に置き、丁寧に切り分けてくれる。それぞれ取り皿に1ピースずつ。たくさんのティーポットとカップ、まとめたミルクピッチャーと砂糖入れが並ぶ。
「ミルクが足りない場合はお申し付けください。では、ごゆっくり、どうぞ」
「ありがとう」
 ミアがさっそくフォークを取り上げる。
「Hmm, lecker!(美味しーい)」
 マックスがケーキを一口呑みこむと、意を決したようにウェイバーを見つめた。
「あの、先生」
「何」
「もしかして、先生はもうあの魔導書の術式をほとんど解読なさってしまったのですか」
「だいたいね。頭の中には入ってる。今は解析中。なんとかして展開できないかと思って」
 ウェイバーは事もなげにティーカップにミルクを注ぐ。
 マックスが唖然とウェイバーを見つめてから、そっとケーキをフォークで割った。クランブルがこぼれ落ちる。
「やっぱり、先生は本当にすごい」
「あの魔導書はドクトル・ファウストの秘術だろうね。そもそも彼以外が使うのは難しい術式が揃っている。全て三重属性以上の術式だからね」
「あたし、使える!」
 フォークをくわえてミアが手を上げる。
「あたしだったら一人でできるよ、先生」
「僕が考えてるのはちょっと違うんだよね」
 ウェイバーにはミアの中で多くの違う波長が干渉しあう様子が見える。三重、いや四重属性か。本当にすごい子だな。でも、まだ子供だ。作り出せる魔力の絶対量に限界がある。ライネスみたいにはいかないはずだ。
 ライネスは成人前だが、異常なほど繊細な魔力のコントロールと圧倒的な魔力量を誇る。
 このメンバーの中でも図抜けたタフネスなのは間違いない。隣にいると、よく分かる。
 マックスはおそらく、魔力量はミアとライネスの中間程度で、風と火の二重属性だ。特有の熱風のような波動が彼の身体の中で渦巻いている。それは周囲に小さな揺らぎを生みだし、ウェイバーに伝わってくる。
「あの術式を一人で発動せしめるには、とてつもない魔力量がいる。そんな術師が出てくるのを待つより、皆で同時に起動すればいけるような気がしてるんだ」
「合体技ってこと!?」
 幼児番組のようなミアの言葉にウェイバーはきょとんとし、それからああと頷いた。
「そういうこと。莫大な魔力量がなくても使えないと、せっかくの術がもったいない。誰も使えないことになってしまう」
 ウェイバーはこぼれたクランブルを器用にフォークですくう。ミアはクランブルにたっぷり生クリームをのせて頬張る。マックスは上品にカップに口をつける。ライネスは天井を見上げて気難しげに眉をしかめた。
「要するに、足りない属性とか魔力を皆で補い合って術、撃とうって話か」
「そう」
「出るのか、それ。なんかタイミングとか連動とか、調整つくのか。全員で同時にやるってことか?」
 ライネスは訝しげだ。
 ウェイバーはフォークを置いて何か組み立てるような仕草をした。
「構築された理論を順に実践すれば顕現するはずだろ。とにかく帰ったら、実験しよう。あそこだったら最悪、均衡結界が発動して防いでくれる」
「ちょっと待って!? そんな危ねえ術で実験すんのかよ!? もうちょっと大人しいやつでお願いプリーズ
 茶化すようにたしなめるライネスに、ウェイバーがフォークをぴっと立ててみせる。
「あの魔導書は壮絶な魔術戦を想定した破格の攻撃魔法しか載ってない。一番大人しい術でも確実に均衡結界が発動するレベルだ」
「だから鍵がかかっていたんですね」
 マックスは大人しくフォークを置く。
 ウェイバーも最後のひと切れを口に押しこんで、ティを流しこむ。さっきの騒動で胃が空っぽだ。ケーキくらいでは空腹が収まらないが、今はドクトル・ファウストの術式で頭がいっぱいなのだ。
「とにかく実験あるのみだ。魔術は理論なんだから。実践してこそ意味がある」
「また、やばいスイッチ入ったな。まあ、いいや。付き合うよ」
 こざっぱりした様子で笑うライネスを、ウェイバーが鉄色の視線で突き刺す。揃えた黒髪がさらりと鳴った。
「お前は必須。この中で最強の水だ。お前がいないと物質界アッシャーでは話にならない」
「頼ってくれていいぜ。どんと来いや!」
「あたしも水、持ってるのに」
 ミアが椅子の中で身体を揺らす。ウェイバーは宥めるように覗きこむ。
「君にはもっと強い風を用意してほしい。お兄さんより、君の方が風が強いんだろ」
「どうかな。瞬間出力はお兄ちゃんの方が上よ」
 無邪気なミアにマックスが天を仰ぐ。
「ミア、だから、あまりそういうことを……」
「I see. 術式展開ディプロイメントを考えるよ。なんとかしてモノにしたいんだよ、あの術を」
 じっと理論の地平を撫でるウェイバーの瞳にマックスは震撼し、ライネスはため息だ。
 このスイッチが入るとウェイバーは止まらない。
 きっと今回も、彼は成し遂げてしまうだろう。

『ウェイバー・ベルベット──生命の礼装』②黄金都市プラハの迷子 に続く

マックスとミアの兄妹に関係するエピソードはこちらから。

アルトリアさんとギルガメッシュも好きという方は↓


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