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ウェイバー・ベルベット──生命の礼装③ケントの失踪者

※『Fate/Zero』二次創作です
※『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』『ロード・エルメロイⅡ世の冒険』ともに未読です
※『FGO』は未プレイです
※ライネスは男の子で、名前は同じだけど別人です
※登場するメインキャラクターはウェイバーとイスカンダルです
※時計塔の描写は『Fate/Zero』の説明から逆算できるものにしています
※トップ絵は大清水さちさん https://twitter.com/sachishimizu に依頼しました
前作↓

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     3. ケントの失踪者

 渦巻く埃と蒸気、空気を震わせる振動が消えると、わっと子供たちがウェイバーの元に駆け寄った。
「できた!」
 ミアは飛び上がって喜んでいる。マックスが自分の手を見て、それから背後を振り返り、目を輝かせた。
「先生、これがドクトル・ファウストの術なんですね! ああ、すごい。御先祖様はお一人でこれを撃たれたのか。もっと修練しないと」
 ライネスが手をひらひらさせて灼けた石ころを蹴り飛ばした。
「参ったな、これほどの術だったとは。ちょい俺にもキツイ感じだったな」
「さっきの術は半分ほどお前に比重が行く。むしろ、お前以外には頼めない」
 ウェイバーは淡々と目を伏せる。ライネスがにかっと笑ってみせた。
「今夜は夜食よろー」
「執事に言えば好きなものを出してくれる。肉でも何でも食べればいい」
「Great. 今日は上がらせてもらう」
「Take care.」
 すると、ウェイバーのポケットで携帯が鳴った。ウェイバーがぱっと取り出して携帯を開く。ぱんという音と同時に耳に当てた。
「Who is this?(はい?)」
『貴方、そこ●●で何やってるの』
 電話の向こうはブリギットだ。ウェイバーはおかしくなった。マーリンの強力な結界を携帯の電波は越えられるらしい。
「ちょっとした実験を。大丈夫、結界は統御できています」
『解ってるわ。確認しただけ。家は壊れてないでしょうね?』
「はい。この館は文化財でしょう。気をつけてます。これ以上の術はここではやりません」
『そうして。晩餐会が始まるから。じゃ』
「どうも。ご心配おかけしました」
 ぷつ、とウェイバーは切って携帯をしまう。思わず、堪えきれないほどの笑いがこみ上げてくる。
 ライネスが子供たちに集合をかけている。
「今日は俺が打ち止めだ。夜食にすんぞ!」
「Yeahhhh!」
 ミアとマックスは元気に上階に戻っていく。トリフォンが自分の手を見つめて茫然としている。
「リフ、流石に疲れたか?」
 ウェイバーが歩み寄ると、トリフォンがぱあっと明るい笑顔に変わった。
「先生、できました!」
「君の回路、優秀だからね。さっきの術の出力に耐えられたなら、もっと強くなれるよ」
「本当ですか!」
 真っ白で存在感のない彼が、初めてはっきりと嬉しそうに笑っていた。
「先生のおかげで、なんかやっていけそうな気がしてきました」
「なら、よかった。でも勘違いするなよ。あくまで、僕が制御シークエンスしてるだけで、君自身が使える術じゃないってことは」
「もちろん。分かってます」
 いつも引け目を感じているトリフォンが楽しそうで、ウェイバーも嬉しかった。
「じゃ、夜食の後でミアにしごかれるんだな。あの子についていけば、間違いはないと思うよ」
 ウェイバーが背を向けると、トリフォンが慌てて追いついてきた。


 その夜、子供たちが寝静まった後、ウェイバーは自室を抜け出した。コーデュロイのナイトガウンを羽織り、足は天鵞絨ビロードのパンプスに突っこむ。極上の海島綿アイランド・コットンのパジャマが肌にさらりと気持ちいい。二階の奥にある図書室ライブラリーで魔導書を探す。明かりはつけなかった。書架に腰掛けて、月明かりに本を開く。
 僕の頭に最初に浮かんだのは、『この子たちの生命を絞りきれば、イスカンダルを呼べる』だった──
 馬鹿げてる。
 ウェイバーの目は本の上にない。月明かりの指す窓辺でどこにもない場所に結ばれる。
 そんなことをして、何の意味がある。
 益体やくたいもない妄想だ。
 坊主、えらいことになったな。こりゃ戦場が変わるぞ。
 頭の中のイスカンダルの口調が滾って早い。実に彼らしい。
 そうだな。イスカンダル。これが皆に判ってしまったら、大変なことになるかもしれない。
 およそ魔術の誕生から、魔術家門はすべからく、よりよい血統の積み重ねに腐心してきた。良質な魔術回路と属性獲得のために文字通り、血道を上げてきた。
 しかしウェイバーが生みだしてしまった禁断の術式シーケンサーは全てを崩壊させる可能性を秘めている。
 これがあれば、実質的に魔術回路の優劣や属性の多寡は意味がなくなるとさえ言える。
 イスカンダルが腕組みして地図でも見るように視線を滑らせる。
 余も集団戦を洗練させることで東征を安定させたのではあるが。だが貴様の場合、少々、厄介だな。
 そう。僕以外の人間に数人の魔術師を同時に展開オペレイトするなんて無理だろうね。
 実際にはウェイバーの頭脳をもってしても、同時に展開オペレイトするのは4~5人が限界だ。属性や魔力量の違いを考慮して術式を分解し、それぞれから引き出すのはウェイバー自身だけなので、どうしても数的限界は発生する。
 また、ある一定以上の実力を持つ魔術師を連携させることで、実現不可能域の術式を顕現させることが目的だから、誰でもいいわけでもない。
 だが、この術式を知れば、普通の人は天真爛漫に誰もが凄まじい術を使えるようになると勘違いするのが目に見えている。
 イスカンダルがにやりと口元を歪めて笑うのが見える。
 要するに坊主が戦況を左右するということか。
 そんなの、このあいだから変わらないよ。僕はいつでも英霊サーヴァントを召喚できる個体なんだ。それが判ってみろ。馬鹿どもが集まって、あっというまに悲劇の再開だ。
 ふふん。面白くなってきたではないか、坊主。
「僕はとうとう、自分の武器を手に入れた」
 後は東を目指すのみ、ではないのか。
「しばらくは術式の洗練に費やしたいところかな。まだ無駄が多すぎる」
 兵糧の準備とな。それは賢い選択かもしれん。
「だろ」
 古い館の美しい図書館には見たこともない魔導書が多くあり、ウェイバーの気を惹いてやまない。次の本を取り出そうとしたときだった。
先生マスター、ここにいたんですか」
 弾かれたようにウェイバーは梯子の下を見た。
 解らなかった。
 何故。どうしてだ。僕が解らないなんて、どういうことだ。
 ぎょっとしたようなウェイバーにトリフォンが困った顔で微笑んだ。
「これは我が家に伝わる術でして。隠身の術です。左右は皆の部屋が並んでいたので、起こさないように」
「ああ、そうなんだ」
 ウェイバーは本から手を離して書架を降りた。とたんにトリフォンがぐっと寄ってきた。
「先生、本当にありがとうございます。どうしてもお礼が言いたくて」
「そんな立派なことじゃない。僕が君を利用してると思わないのか」
「全く。むしろ貴方に身を委ねることで、おれは魔術師になれる。それが分かったんです」
 突然、ぎゅっと抱きしめられた。
 倍はありそうなトリフォンの胸に閉じこめられて、ウェイバーは硬直した。
「先生、おれ、先生が大切すぎて。どうしていいか分からない」
「……」
 ほう、こりゃ失敬。
 彼が気配を消そうとしているのに気づいて、ウェイバーは慌てた。
 ラ、ラ、ラ、ラ、ラ、ライダー! ちょっと待て、待て、待て、待てってば!
 なんじゃ、坊主。据え膳食わぬは男の恥。抱いてやれ。
「はああああ!?」
 なんだあ、貴様を慕う目下の者が現れたわけだろう。導いてやらんで、どうする。
 こんな、僕の倍もありそうな男、押し倒せるかよッ!

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