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Fate/Revenge 10. 聖杯戦争三日目・夜-①──終わりの始まり

割引あり

 二次創作で書いた第三次聖杯戦争ものです。イラストは大清水さち。
※執筆したのは2011~12年。FGO配信前です。
※参照しているのは『Fate/Zero』『Fate/Staynight(アニメ版)』のみです。
※原作と共通で登場するのはアルトリア、ギルガメッシュ、言峰璃正、間桐臓硯(ゾォルゲン・マキリ)です。
※FGOに登場するエンキドゥとメフィストフェレスも出ますが、FGOとは法具なども含めて全く違うので御注意下さい。

     10.聖杯戦争三日目・夜──終わりの始まり

 夜半の孔雀島はヴァン湖の波に洗われて、息をする音も聞こえそうな静寂に浮かんでいる。島の中央に建つ古城は暗く、人がいるようには思われなかった。だが城の大広間を白いホムンクルスの美女がゆっくりと行き過ぎる。
 白い美女の足元には黒い影のような青年が身体を丸めてしゃがみこんでいた。黒く翳るほどの闘気をまとっていながら、彼は穏やかな雰囲気を保っている。だが一言も人語を発することはなかった。彼を縛る狂化の鎖はアインツベルンの魔術によって無理矢理に編まれたもので、彼自身の心の中に自らを狂気に陥れる後悔や恨みはなかった。彼は魔術で強制的に心を駆りたて狂化の鎖に繋がれている。人工的に造りだされた狂戦士バーサーカーなのだ。その鎖を手繰るアインツベルンあるかぎり、バーサーカーに自由はなく心の平穏は訪れない。
 だから美女は痛ましげな眼差しで英霊を見つめる。
 埃舞う広間の大気を震わせるのは透明な美女の声だけだ。
「セイバーが死ななかった理由?」
 美女が問い返すと、バーサーカーが顔を上げた。理性と人語を失ったはずのバーサーカーだが、彼には知性がかいま見える。暗く翳っていながらも気品があり、穏やかな気性──ホムンクルスの美女はただ英霊を語り相手に夜を過ごす。
「それは、彼女の剣の鞘よ。世間で不死郷と謳われるアヴァロンだけれど、それは『約束された勝利の剣エクスカリバー』の鞘のことなの。あれを持つ者はありとあらゆる病を避け、傷ついてもすぐに治ると言うわ。アーサー王は自らが宝剣の鞘たる限り不死身なのよ」
 白い美女はたおやかに髪を梳き、バーサーカーを見下ろした。
「本当よ。世の人々は忘れてしまったけれど、魔術師には古い言い伝えがたくさん残っているの。言い伝えでは王はカムランの丘に赴く前、何故か鞘を返上したそうよ。それでアーサー王は亡くなったの。その後、鞘は失われたと聞くけれど、マキリが探し出したのでしょう。マキリの当主ゾォルゲンは四百年も生きている化けもの。アヴァロンの在処を知っていたとしても不思議ではないわ。もっとも、そこまでしたのなら正式な後継ぎだったブラウエン・マキリが、アーチャーのマスターだったのは解せないけれど」
 バーサーカーが顔を上げると、美女は微笑んで彼の顔を覗いた。
「跡目争い……ああ、そうかもしれないわ。アインツベルンには存在しないことだけれど、マキリや遠坂では起こることでしょうね。それもまた愚かなこと。一度の生命をそんなことに使ってしまうなんて」
 白い美女がドレスの裾を引いてソファに腰掛ける。その隣には燦然と輝く壮麗な器があった。その器はさっきまではなかった物だ。だがライダー、アーチャー二人の魂を回収して実体化した。
 それは小聖杯──本来であれば時空の彼方、大聖杯の懐に還るはずの英霊たちを招き入れ、閉じこめておくための器。七人全ての英霊たちを呑みこんだとき、根源への扉を開くただ一つの鍵。
 聖杯戦争においてアインツベルンに課される義務は、聖杯を開く鍵となる小聖杯を聖杯戦争の地に持ちこむこと。持ちこみ方や誰が●●持って入るかは問われない。
 聖杯戦争の最後に小聖杯を持つ者が大聖杯を起動させることができる。だからマスターたちはある程度、戦いが進展した時点で小聖杯の奪取を試みる。マスターの一人たるホムンクルスがあらかじめ小聖杯を保持しているというのは、大変なルール違反に見えるが、彼女を倒して手に入れればいいというのが聖杯戦争における考え方なのだ。
 古いサンスーシー様式のテーブルの上で、ずっと昔からそこにあるような黄金の器は人々の夢見る万能の釜、まさに願望器たるにふさわしい輝きを放っていた。
 白いホムンクルスの髪が輝きを受けて金色に光る。
 彼女は器に頬をよせて、小さな声で囁いた。
「この中に私たちの祖、全ての根源たるユスティーツァ様がいらっしゃるのよ。私は生きても死んだとしても、永遠に私たちの一部だわ。でも人間は違うのでしょう? もっと有意義に生きた方がいいと思うわ。こんな下らないことに生命を削り落とす必要が何処にあって?」
 バーサーカーがじっと美女の顔から目を逸らさない。付き従う姿は騎士か従者のようだった。
「そうよ。私は絶対に一人になることはないの。この中にはてしなく続く私たち、今まで造られた、たくさんの私たちが住まっているの。永遠に、聖杯の消えるその時まで……」
 アインツベルンは長い歴史の中で多くホムンクルスを造ってきた。その中には失敗作として覚醒することなく捨てられた者もいる。城の背後の山奥にホムンクルスの廃棄場があり、そこには永遠の冬の中で腐ることもない美しい死体が山と積み上がっているのだった。彼女たちの記憶は根源たるユスティーツァを通じて全てのホムンクルスに共有される。だが彼女たちは誰であれ、為すべき役割を定められ、人間よりも遙かに優れた知性と心性を与えられながら、自由に生きることはないのだった。
 彼女たちは皆、待っている。
 聖杯が成り、自らが不要となる時を。さらに不幸な姉妹が増えないことを。その時こそ彼女らの悲願は成り、籠の中の乙女たちが解放されるのだ。
 美女の白い手が差し招くようにバーサーカーの上にのべられた。
「大丈夫よ。私は貴方も一人にしない。貴方の敗れる時は私の死ぬ時。私たちは一緒に聖杯に還るのよ」
 バーサーカーが翳る手を伸ばし、そっと美女の手をとった。美女は優しくバーサーカーの手に手を重ね、薄暗い瞳を見つめる。
「心配しないで。セイバーを倒す方法はあるわ。彼女が不死身の鞘である今、その存在はウロボロスの身となっている。名前の通りの竜の属性を切り離すことはできないわ。貴方にとっては有利な敵よ」
 バーサーカーが低く唸った。
 美女は微笑んでバーサーカーの手を子供にするように揺すった。
「それに彼女のマスターは未熟な魔術師。彼は不死身でも何でもない。私でも仕留めることはできるでしょう」
 だが美女はバーサーカーの手をほどき、そっと窓辺に歩み寄った。
「ああ、でも残念ね。彼が来るわ」
 バーサーカーも美女の隣にすっくと立った。彼はふらふらと頭を振った。
「貴方は彼と戦いたくないのね。でも仕方がないわ。彼は暴風雨ハダトに付き従う雲雨のようなもの。貴方言うところの荒ぶるマルトに他ならないわ」
 限られた目的のためだけに造られ、限られた生命だけを許されたホムンクルスの美女は、血のように赤い目で暗闇に沈む孔雀島を見下ろした。丘裾の岸辺を洗う波の白い波濤は風が吹いていることを示している。嵐が来るのだ。
「行きましょう。聖杯に捧げる次の生命はランサー、かの麗しき星の映し身といたしましょう」
 美女は足音も立てず、素足のまま、埃の積もる階段を降りていった。そしてバーサーカーもその後をついていった。


 ランサーは飛ぶように屋根を蹴り、大地を走った。その足は伝承のごとく一日に500km進んだとしても不思議はなかった。瞬く間にベルリンの森グリューネヴァルトを越え、暗く銀色に波立つヴァン湖が見えた。その中ほどに島がある。
「どうやって渡るっ」
 担ぎ上げられた姿勢のままウォルデグレイヴが問い質すと、ランサーは含み笑いした。
「案ずるな。我が身は天神アンの映し身ぞ。星の光のあるところ、何処であろうと踏みとどまり、渡りうるのだ。我が友にも羨ましがられたことぞ」
「それは助かる」
 ランサーの足は湖面を波立たせた。彼の足はあまりにも速いので、その姿は見ることができず、湖を渡る一陣の風としか思われない。
 彼は軽やかに岸辺に足を止めると、ウォルデグレイヴをよっと下ろした。ウォルデグレイヴはよれたスーツを丁寧に戻す。
「やれやれ。助かったよ。バーサーカーは好きにしていい。マスターも同じくだ。だが彼女は改造されたホムンクルスで魔術回路を備えている。何か術を仕掛けてくる可能性もあるから、気を抜かずに」
「心得た」
 それからランサーがふわりと背後を振り返った。そこには何もなかったが、彼は微笑んだ。
「出るなと言っておいたんだけど」
「何だって?」
「お前の好きなセイバーが来るぞ」
 ウォルデグレイヴがぐっと言葉に詰まり、それからくるりと背を向けた。
「監督役もすぐに着く。意趣返しなんて考えるんじゃないぞ」
「そんなことはしない。僕は一度呑んだことは蒸し返さない質だ」
「それでいい。何かあったら呼べよ」
「お前もな」
「では」
 ウォルデグレイヴの姿がさっと消える。彼は彼で目的があった。小聖杯の奪取だ。聖杯に繋がる小聖杯を手に入れなければ、勝ち抜いたとしても聖杯を手に入れたことにはならない。
 ウォルデグレイヴはアインツベルンの城に潜入する。
 そしてランサーは顔を上げる。城の尖塔の上に暗い影が立っている。その背後には透ける白いドレスを着た白い女──白銀の髪をたなびかせ、赤い瞳を輝かせる。
「見目よい玩具だが、我が友と同じ目を持つとは罰さねばなるまい」

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