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Fate/Revenge 8. 聖杯戦争三日目・朝から昼-①

割引あり

 二次創作で書いた第三次聖杯戦争ものです。イラストは大清水さち。
※執筆したのは2011~12年。FGO配信前です。
※参照しているのは『Fate/Zero』『Fate/Staynight(アニメ版)』のみです。
※原作と共通で登場するのはアルトリア、ギルガメッシュ、言峰璃正、間桐臓硯(ゾォルゲン・マキリ)です。
※FGOに登場するエンキドゥとメフィストフェレスも出ますが、FGOとは法具なども含めて全く違うので御注意下さい。

     8.聖杯戦争三日目・朝から昼

 カスパルがホテルに帰り着く頃には東の空が明るんでいた。監督役が介入してきた時分には、とっくに終電が出てしまって、カスパルはとぼとぼと8km以上も歩いて帰らなければならなかった。
 何もなければ、カスパルは森で鍛えた健脚で少しはアルトリアの歓心を買うことができたかもしれない。
 だがアルトリアのはらわたは煮えくり返り、頭は怒りで赤く染まっていた。
 ホテルの部屋に帰り着くや、アルトリアは実体化した。
 カスパルは振り返りもせず、ベッドにごろんと横になる。その枕元に怒りも露わなアルトリアが立つと、カスパルは笑いかけた。
「どうしたの、セイバー」
「どうしたのではありません。それは私の言葉です」
 アルトリアの眉はつりあがり、その目は怒りで眩いばかり。正義の青い炎をまとうアルトリアは実に美しかった。白い頬は戦うときの横顔のように引き締まり、冷たい表情は彼女の清廉さをいやがおうにも高めてみせた。
 カスパルはにやにやとセイバーを見つめる。彼女は自分の物なのだとカスパルは理解した。
 令呪れいじゅひとつで、このセイバーを言いなりにできるではないか。
 身をもって、それを学んだのだった。
 セイバーは輝く怒りの火花を散らして怒鳴りつけた。
「恐れげもなく兄を殺すとは! 貴方はいったい、どうしてしまったのです、カスパル」
「どうもしてないよ。俺は分かっただけさ」
 カスパルは起き上がりもせず、ベッドの上で顔の真上に手をあげ、しげしげと見つめる。彼の令呪は二画を失っていた。簡単な命令に二画も使ったことは想定外だったが、結果は全てよし、だ。赤い色を失った令呪がカスパルにとっては勝利の証だった。これさえあれば、どんな願いだって叶うんだ。俺にはセイバーがいる。無敵のセイバーが!
 カスパルの頭に『令呪が一画しか残っていない』危機感は浮かばなかった。
 むしろ、まだ一画は残っていると考えた。あと一度はどんな命令でもセイバーに下すことが出来るのだった。
 カスパルは唐突に腹をかかえて、げらげらと笑いだした。
「見ただろ! あの無様な最後を! 俺を裏切った報いだ! 俺という生徒がありながら放り出すからだ! 罰を受けたんだ! 君はそれを代行しただけ! 全てを決めるのは俺だ!」
「カスパル!!」
 叱ろうとするセイバーにカスパルは長い手を伸ばした。
「分かったんだよ。聖杯なんかなくたって後継ぎになれるって。だって、そうだろ。おじいさまが期待なさった兄上は死んだ。俺しかいないよ、おじいさまは俺を大切に大切にしてくださることだろう。だって俺しかいないんだから!」
 けたたましく笑いつづけるカスパルの腕を押さえつけ、あぜんとする顔をセイバーがはたいた。
「黙りなさい! 兄の喪に服す気もないのですかっ、せめて祈りを捧げたらどうです!?」
 カスパルははたかれた頬を横目で見つめ、それから昏い目でセイバーを睨みあげた。
「いきがるなよ、サーヴァントのくせに! 君なんか令呪でどうにだってできるんだぞ」
「どうにでもすればいい。できるのならやって御覧なさい。私がいなくて聖杯戦争を勝ち抜けるというなら。全ての令呪を使いきったとき、貴方は私のマスターではなくなる。それでいいならやって御覧なさい」
 べったりと血の跡の残る胸をセイバーが張った。両手を広げた姿勢はカスパルを侮っているからだが、カスパルには分からない。さっと恐怖が胸に入った。冷たい恐怖の匂いにカスパルは竦みあがった。
「だって、だって、兄さんがいたんだもん。チャンスだよ、そうだろ。チャンスをつかめる人間だけが成功するんだ。違うのかい」
「貴方のしたことは成功でも何でもありません。人としてあるまじき卑劣な行為です」
実行したのは●●●●●●君だ●●。セイバー」
 カスパルが変貌する。恐怖から優越へ。彼はふたたび子供から危険な人間に戻ってしまった。ベッドの端に腰掛けて肩をすくめる。
「俺の手は何も汚れていない。汚れたのは君だ、セイバー。違うのかい」
 にやにやするカスパルにセイバーは言葉に詰まる。カスパルは得意気に話しつづけた。
「だって君が言ったじゃないか。私は流血の代行者だって。その通りだよ。君は俺の命令ひとつで邪魔なものは何だって殺してしまえるんだ。俺はそれに気づいただけだよ。とりあえず兄さんが邪魔だから殺してもらった。それのどこが悪いの」
 アルトリアはあまりにも激しい怒りで何を言っていいのか分からなかった。言うに事欠いて、よくぞ言ったものだ。あんなことをしたくなかったのはアルトリア自身に他ならない。アルトリアは精一杯逆らおうとしたのだ。
 だが令呪の力は英霊サーヴァントの身に対して絶対だった。
「貴方の手は汚れていないかもしれない。だが心は私の手の何倍も血塗れて汚れていることでしょう」
 凜と言い放つセイバーにカスパルが口元を歪めて笑った。
「そんなことないよ。アーサー王は円卓の騎士を率いて戦った。じゃあ、たくさん人を殺したはずだよね。人殺しのキャリアにおいては英霊の中でも抜きん出ている。だから君はセイバーなんだ。俺はたった一人、しかも自分では殺していない。戦場で人を殺してた君に責められる筋合いはないよ」
「あの時代と今は違うはずです。それに戦乱の中で身を守るのと私利私欲のための殺人は違う!」
「違わないよ。戦争なんて、どっちの国が得をするかって話だよ。勝てば儲かる。負ければ破産。俺たち独逸ドイツ人は嫌ってほど分かってるんだ」
「違います。戦いは身を守るためのもの。私は自ら打って出たことはありません。他国を侵略したことはありません」
 アルトリアの脳裡にあの顔が浮かんでくる。この手の中で恨めしげに見上げていた我が子モードレッドの最期の顔が。我が子の血に汚れた手甲の赤が。
「同じだよ、セイバー」
 カスパルがぬっと起き上がり、セイバーを見下ろした。
「聖杯戦争なんて自分の願いだけは叶ってほしいという我欲の戦いじゃないか。君はそれに参戦している。同じだよ、セイバー。俺たちは同じだ。そうだろ」

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