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Fate/Revenge 3. 聖杯戦争一日目・昼-①

割引あり

 二次創作で書いた第三次聖杯戦争ものです。イラストは大清水さち。
※執筆したのは2011~12年。FGO配信前です。
※参照しているのは『Fate/Zero』『Fate/Staynight(アニメ版)』のみです。
※原作と共通で登場するのはアルトリア、ギルガメッシュ、言峰璃正、間桐臓硯(ゾォルゲン・マキリ)です。
※FGOに登場するエンキドゥとメフィストフェレスも出ますが、FGOとは法具なども含めて全く違うので御注意下さい。

     3.聖杯戦争一日目・昼

 アンは家の中を誰かが動き回る音で目が覚めた。家族がいる気がして、はっとした。
 皆、死んでしまったではないか。父さんも母さんも。貧しさとスペイン風邪には逆らえなかった。死んだのは、うちだけじゃなかった。近所中の家で毎日がお葬式。それでも今よりよかったかもしれない。食べる物はあったもの。
 そこまで思ってはっとした。
 そうよ、誰もいないんじゃなかった。
 キャスター、あの悪魔……メフィストフェレスだわ!
 アンは毛布一枚のベッドから飛び起きた。慌ててヘッドボードにかけたドレスを着込む。台所に行くと、キャスターが何やら探し回っているようだった。
「何してるの。あんたのような大悪魔でもお腹が空くの」
「違う。ラジオはどこだ。世の中のことが知りたい。確か、どこの家にも支給されたはずだろう」
「そんなもの、パンと交換して食べちゃったわ」
 アンが肩をすくめると、キャスターががっくりと肩を落とした。
「なんということだ。そこまで窮乏しておるのかね」
「悪い? これが独逸ドイツの現実よ」
 アンは水道から水を汲むと、乱暴に椅子を引き、昨日のライ麦パンの残りをかじった。
「そういえば、あんたは宝石とかじゃらじゃら出して御先祖様を騙そうとしなかった? 今やってくれてもいいわよ」
 嫌味たっぷりにアンが言ってやると、キャスターが穏やかに微笑んだ。
「宝石などというものはな、衣食足りて初めて人の心を動かすものだ。今のそなたには何の役にも立たぬ」
「あら、そんなことないわよ。あたしが役立てる方法を教えてあげるわ」
「聖杯を手にするのではないのか」
「そんなことより今日食べるものよ」
 アンがちらりと横目で窺うと、壮年の紳士に見える悪魔はふむふむと頷いた。
「よかろう。少しは私の力を見せてやろうか」
「やったー!」
 アンが両手を上げて喜んだ。するとキャスターもにっこりと笑った。
 アンとキャスターは連れだって市場に向かった。いくら物資がないといっても、あるところにはあるのである。クロイツケルンの一角に小さな市が毎日立つのだ。ただ物価の高騰は深刻で、アンはここでまともな買いものをしたことがない。
 キャスターはいくらか店を見てまわると、アンの鼻先にぴらりと札束を突きつけた。
「そら、これだけあればよいだろう。何でも食べたい物を買うといい。今宵から寝る暇はなくなるだろうからな。しっかり食べておくといい」
 アンはキャスターの持つ札を一瞥するや、札束越しに睨みつけた。
「あんた、あたしを馬鹿にしてるの。これは魔術で造った偽札じゃないの。こんなものでどうしろっていうのよ」
「買えばいい」
 キャスターがインバネスの袖をひるがえして市場を指した。
「苺にオレンジ、肉にパン。何でも」
「あんた、あたしの良心を試してるの? 何、もしかして、その札であたしが買いものしたら、あんたの勝ちとか。あたしの魂があんたのものになって、あたしは地獄に落ちるとか、そういう話?」
 腰に両手をあててアンがキャスターを睨み上げる。ヘッドドレスが頭の上に影を作る。真っ青な目がぱっちりとして怒ってもアンは可愛らしかった。キャスターは疑いもあからさまな娘に微笑んだ。
「命題の繰り返しだな。生命の保全が難しい状況に陥ったとき、良心はどの範囲まで機能させうるべきか。他者の常識はどこまで当事者を規定しうるか。ふむ、これは確かヴィクトル・ユゴーが論議したテーマだな」
「あたしが可哀想だとか思ってるの?」
 肩を怒らせるアンの後ろから思わぬ声が響いた。
「おーい、アン! ちょうどよかった!」
 人混みの向こうから駆けてきたのは娼婦宿の同僚、シェフの青年だった。アンは慌てて顔をつくろい、振り返った。
「あら、ギルベルト。どうしたの、こんな時間に」
「あんたに母さんから伝言だ。ていうか、とんでもないことになりやがったぜ」
「何が」
 シェフの青年はアンが集中しないと聞きとれないほど声を低めた。
「昨日の客が居座りやがってよ。家がまるごと貸切になった。お前は出番がないから今日からしばらく休みだとさ」
「ホント!?」
 アンは予想外のニュースに胸が高鳴った。あの女を捜さなくてもいいじゃないの! だが、すぐに違う心配が頭をもたげた。
「ちょっと待ってよ。それって体のいいクビってことじゃないでしょうね」
「おい、分かってんのか、そんな話じゃねえんだよ。来なくていいお前は生命が全うできるだろうぜ。でも俺は生きた心地がしねえ。今日だって、いい飯を作れってことで俺が買い出しに来てるくらいなんだぜ。羽振りがいいんだ。そんなことありゃしねえよ」
「どっちにしても休みの間は食いっぱぐれるじゃないの。どうしてくれるのよ」
「俺に言われても、そりゃなんともな。いいか、俺はちゃんと伝えたからな」
「……仕方ないわね。分かったわ」
 アンが頷くと青年は燕のように去っていった。
 すると後ろからキャスターがアンの目の前に、また札束をひらりと垂らした。
「ほら、これが要り用になったのではないかね? 私にとっては簡単なことだが、そなたにとっては随分と重大な問題になってはいないかね?」

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