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Fate/Revenge 3. 聖杯戦争一日目・昼-②

割引あり

 二次創作で書いた第三次聖杯戦争ものです。イラストは大清水さち。
※執筆したのは2011~12年。FGO配信前です。
※参照しているのは『Fate/Zero』『Fate/Staynight(アニメ版)』のみです。
※原作と共通で登場するのはアルトリア、ギルガメッシュ、言峰璃正、間桐臓硯(ゾォルゲン・マキリ)です。
※FGOに登場するエンキドゥとメフィストフェレスも出ますが、FGOとは法具なども含めて全く違うので御注意下さい。

 明時あきときが椅子に身体を傾けて、遙か遠くに視線を馳せる。
「私たちの考え方では世界は全て理論のもとに整合性を持って存在しているんです。こうしていても私には見える。世界のありとあらゆるところに生い茂る生命の樹、力の源が。それは死せるものにも生けるものにも同様に存在するのです。なればこそ、聖杯は死した者たちを呼び寄せることができる。私たちはそれを使役できる。何も矛盾はないんです。理路整然と宇宙の果てまで繋がっている」
 数学者のような明時の静かな横顔に璃正りせいは苦しくなった。どうして自分は大地の上であがいているのか。この人はまるで天上にあるかのごとく常に優雅で動揺せず、苦衷を胸にいだくこともないのだろうか。
 きっと、これが魔術師という生きものなのだ。
 全く違う理のもとに思考し、感じ、生きている。
「きっと貴方にとって世界はとても美しいのでしょうね」
「そうですね。美しい世界です。どこまでも一つの統一された論理で完成されている。だからこそ私は聖杯が欲しいのですよ」
 璃正はぎょっとした。聖杯を欲する理由を聞いたことはなかったからだ。聞くまでもなく推測のつく面子、たとえばエヴァ・ブラウンはナチのためだろう、そしてウォルデグレイヴ・ダグラス・カーは大英帝国の威信を懸けて。だが明時は、どうなのだろう。
 司祭は異端という言葉を使ったが、彼らが排除したいのは政治的経済的な敵なのだ。明時は何か現実的な望みをいだいているのだろうか。
 璃正の背をすうっと冷たい空気が流れる。
 明時は視線を空に向けたまま、天鵞絨ビロードのような声で語りだした。
「世界を支える力は世界の外にあります。世界を規定している力と言った方がいいかな。それは何なのか知りたいのです。聖杯を手に入れて私がしたいことは、人の手の届かない神層アツィルトの原理を見ること。誰も見たことのない、知らない世界を知りたいのです。そこはどれほど美しいだろうかと夢に見るほどです。知りたいんです、分かりますか。どうしても学ぶことのできないものを私は手に入れたい! 世界にたった一冊の本を私が読んでみたいのです」
 明時の思わぬ熱弁に璃正は驚いた。この穏やかな人物の中にここまで奇妙な熱情があろうとは想像もできなかったからだ。明時が優雅に手をひらめかせ、それを握りしめて胸に抱いた。
「ずっとずっと焦がれているんです。どこまでも繋がる世界を見たいだけなのです」
 熱弁とつりあわない穏やかな視線が璃正に戻ってくる。璃正は俯いてしまった。
「それでも、もし僕が貴方のように美しい世界を見たとしても、きっと僕は困った人を見た途端、論理とやらは忘れて、助けに走ってしまうでしょう。僕は、達観できていないんです、きっと。まだまだ足りないものがあるんです。清濁あわせて呑みこめてこそ真の人間だと解っているのに、僕は全然たどりつけない」
 すると明時が優しく微笑んだ。
「貴方は本物の神父さまです。そういう方こそ教会にいらっしゃるべきだ」
 璃正は目頭が熱くなった。
 明時は気づかないように明るく言った。
「今日はもう休まれるでしょう、今夜は長くなりますから」
「はい、そのつもりです」
「では構いませんね。飲みましょう」
 すっと明時が手を上げた。すぐに給仕の視線が止まる。
「Herr Ober, zwei Bockbier bitte!  Und als beilage Sauerkraut und Wurstplatte.(ビールを二つ! それからキャベツの酢漬けザウアークラウトとソーセージの盛り合わせを)」
「Ja, Liebden.」
 すぐに二人のテーブルに、色の濃いビールがなみなみとつがれた背高のっぽのグラスが二つ、そしてくすんだ色のキャベツの酢漬けとソーセージの盛り合わせが置かれた。
「さて何にというわけではありませんが、乾杯プロージット
「Salute.」
 グラスを少し掲げると、璃正は飲み慣れないビールを無理に咽喉へと流しこんだ。苦みがきつくてかえって気がせいせいした。キャベツの酢漬けは妙に懐かしい匂いで璃正の涙腺をゆるめそうになった。だからソーセージを囓りとってみる。
 明時は一口、二口ビールを飲むと、ごく普通に食事を始めた。彼は特に飲みたいわけではなかったのだ。でも、きっと自分の気持ちをおもんぱかってビールを頼んでくれたのだろう。
 このどうしようもない苦悩の捌け口を作るために。
 僕なんかよりずっと人のためを思っているじゃないか。ヴァチカンよりもずっと。
 明時がにっこり笑った。
「私はね、七人目のサーヴァントが現れるまで聖杯戦争は本番じゃないと考えてます。だから今日はのんびりしましょう」
「貴方は、本当に魔術師なのですか」
 思わず聞いてしまうと、明時が今度こそ声を立てて笑った。


 森の中の小屋に人影はなかった。セイバーはあれきり出てこない。必要なとき以外は霊体化しているのが英霊サーヴァントの基本とはいえ、カスパルは不満だった。あのさやかな金の髪の輝きを、柔らかく光る翠緑の瞳を、小さな顔、ほっそりした身体をずっと眺めていたいのに。
 しかし自分の魔力では、ずっと彼女を実体化させておくことはできないのだ。
 それが悔しくてならない。
 だが今、カスパルの胸は躍っていた。
「セイバー、聞いてよ! 出てきて、セイバー!」
 すると小屋の中央にふわりと金の光が舞い散り、かのセイバー、アルトリアが現れた。白銀の鎧はなく、清楚で高貴な青いドレスをまとっている。詰め襟だが胸元は開いており、浅い谷間と白い肌がかいま見える。腹の部分はコルセットのように紐で縛られており、細腰を見せつける。開いたドレスの間から恐ろしく上等の麻で織られたペチコートが見え、裾は豪奢な金糸で教会の窓を思わせる模様が縫いとられていた。
 彼女が緑の瞳を開くと穏やかな声がもれた。
「どうしたのですか。カスパル」
 彼女は自分を拒絶したわけではなかったのだ。
 分かった途端、カスパルは叫んでいた。
伯林ベルリンなんだよ!」
「はい?」
「今度の聖杯戦争は伯林で行われるんだ!」
 アルトリアが訝しげに眉を寄せた。
「聖杯戦争は日本の冬木ふゆきで行われるはず。何故、変わるのですか」
「難しいことはよく分かんないよ。でも館に帰ったら、兄さんがいないんだ。おじいさまにお尋ねしたら伯林に行ったって言われた。なんか大聖杯が地脈を移動して伯林に向かっているって。大聖杯がこっちに現れるのは四日後ぐらいだろうって。だから今度の聖杯戦争は日本じゃなくて、伯林に変わったんだよ」
 アルトリアがため息をつく。彼女は残念がっているように見えた。確かにカスパルも少し残念ではある。遠い国に行ってみる機会がなくなったのだから。
「でも、これで簡単に館を抜け出すことができるよ!」
 カスパルが上着のポケットから小切手帳を取り出した。
「ほら、これがあれば列車だって何だって乗れるし、向こうでだって困らない。おじいさまのだけど、決済がくるのは月末だから、しばらくはバレないよ」
「黙ってそんなものを持ち出すなんて。貴方のしていることは間違っています。おじいさまに断った方がいい。ちゃんと聞きましたか。ついでに御継嗣のこともお話しあいなさい」
「聞かないよ。いいかい、セイバー」
 カスパルがずいと顔を寄せると、アルトリアはさりげなく下がる。だが目を逸らしたりはしなかった。
「言っておくよ、俺が今回の聖杯戦争に参加することは、あくまで内緒なんだ」
「貴方のおじいさまは大魔術師でしょう。とうに察知していると思いますが」
「それでも!」
 カスパルはアルトリアの手を握りしめる。彼女は何も言わなかったが、カスパルの手の中で彼女がその手を握り返すことはなかった。
「いいか、俺を子供扱いしたら許さないぞ。俺のすることは結局、最後はこの家のためになるんだ。おじいさまはそれが分かってらっしゃるから俺を泳がせてるのかも知れないだろ。お小言なんてたくさんだ。君は俺のために戦うんだろ、違うのか」
「戦います。聖杯の寄るべに従い、その理のもとにある限り」
 アルトリアは観念したような顔をした。落胆したような表情がカスパルの気に障った。
「なんだよっ」
 カスパルは体格差にものを言わせて無抵抗のアルトリアの襟をつかんだ。

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