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ヤンキーに怯えているそこの学生!社会人になったらヤンキーもなんもかんもあんまり関係なくなるから、あまり怯えるな!

どうもカテナジです。

今回は、陰キャまたは学生時代陰キャだった方への朗報です。

特に、今学生でヤンキーや陽キャにビクビクしている子達…

ローホーです。

タイトルにある通り、

社会人になったらヤンキーに怯える必要はありません。

なぜなら、日本社会というのは、割と礼儀正しく、互いが互いの関係性を崩したくないが故に、案外、人に干渉してきません。
(ブラック企業、体育会系業は除く)

稀に見る過去の栄光を語るヤンキーという種族は、疎外されてしまう対象になってしまう。

そんな風潮がしっかり漂う時代になってきました。
(令和サイコ〜)

今、ヤンキーや陽キャに虐げられている陰キャのキミ!

大丈夫!

社会人になれば巻き返しなどいくらでも出来る。

というよりかは、社会人は、基本的に「有能」か「無能」かでしか評価されない。

そこに、「陰キャ」か「陽キャ」はあまり関係ない。

「でもコミュニケーション重要じゃな〜い?」

という意見に対して、

「重要に決まってんだろ、タココラ。」

と返答しておく。

当たり前だ。コミュニケーションなど重要に決まっている。

違うんだ。

オレはただ「ヤンキーに怯える必要はない」と言っているだけだ。

言い換えれば、社会にヤンキーは必要とされていない。

つまり、社会において「ヤンキーである」という市場価値は極めて少ないと言ってもいい。
(ヤンキー優位性のある仕事はチャンプロードくらいだ)

だから、意外に社会に出て、ヤンキーに怯えることは少なくなったという大人は多いのではないだろうか。

それは、「ヤンキーであるか」より、やはり「有能」か「無能」かの方がよっぽど重要だからだ。

かくゆー、ボクは学生時代、割とヤンキーとか陽キャ側のカーストに属していた。

陰キャに対し、イジって笑いをとった事ともあった。
(ヤマダ、「目と口までの距離長すぎ!」とか言ってごめん、今は本当に反省している、もうしないからまた仲良くしてくれよ。)

でもね、そんなヤンキーだの、陽キャだのは通道しないのが「令和の社会」なのだ。

別に、「令和の社会」がストイックで厳しいと言うわけではない。

むしろ令和になって、互いが互いを傷つけないように適度に距離を置き、共生しあっているようにも思える。

つまるところ、昭和、平成に比べ、多様性を認め合い、時代は良い方向に向かっていると言うコトだ。

だからこそ、ヤンキーやらDQNやら陽キャやら、そのような過去のレガシーには、周りが興味を示さない。

もう一度言う、ヤンキーに怯えているそこの学生、そんな奴らの行動や言動に対し、何も動じる必要は無い。

そんなものに怯えている暇があったら、将来君が社会に出て、どんな場所で活躍したいか、結果を出したいか、そこに注力している方がよっぽど良い。

社会には思ったより良い大人たちが多い。
(ブラック企業や体育会系企業は除く)

今の現状が嫌で、ふさぎ込んでいるそこの君。

意外に社会と言うものは明るいものだ。

明るいといっても、キンピカに明るいかどうかは君の能力次第だと思う。

しかし、想像以上に暗くはないだろう。

不要な怯えや恐怖について動じる必要はなく、

君が大切だと思っている人と今を楽しく過ごし、

割と明るく意外に暗くは無い将来の社会に向けて、自分がどう生きていきたいかを考えたら良い。

おいヤンキー!廊下で陰キャをニラむな!

おい陽キャ!盛り上がるのはいいが陰キャを巻き込むな!

おいあの頃のオレ!陰キャ顔とか体型とかで笑いを取るな!

もっとさまぁ〜ずやサンドウィッチマンみたいな人畜無害な笑いを取れよ!

センスを磨け、センスを。

以上、ハイパーメディアクリエイトポエマーのカテナジでした。

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