「彼氏は安心できる存在。でも、安心だけじゃ生活できない」カナミ(企業受付、パパ活)

セックスはセックスでも、彼氏とするセックスと、お金をもらってするセックスの違いってなーんだ?と聞いてみたくなったのは、カナミが、欲望だらけの野暮な女には見えなかったから。
カナミは、パパとのセックスで生計を立てている。

金、金、金で動く女は、どう取り繕っても何かが汚い。メイクだったり、持ち物だったり、所作や言葉遣い、お顔もスタイルもエレガン、、と褒めようとした女でさえ、言い切らせてくれない何かがある。

カナミにはそれがなかった。
まず、彼女はハイブランドを持たない。自意識の湯気なんか漂わせないで、ノーマルな物をきちんとキレイに身につける。もちろんオシャレ意識がないわけじゃない。FURLAのバッグを持ち始めたときなんか、いかにもカナミらしいと思った。

性に対してオープンかといえば、決してそうじゃない。オープンな子は、お手並み拝見!なスポーツノリでセックスに挑む。金銭の有無は二の次で、むしろ外的なメリットがあっても、セックス自体のレベルが低そうなら誘いに乗ってこない。動機が陽だったり正だったりして、彼女たちもピュアなんだけど、それでいうとカナミは、文化系だってことかな。

見た目はアイドルグループに1人はいそうな、長身でキレイ系なんだけどほんのり甘い美女って感じ。
そのアイドルがグループを離れたピン仕事で出すちょっと固い感じっていうのかな、ちゃんとしなきゃって一本芯が入ってるような、カナミは不器用で、ちょっぴりアルデンテな女の子。

その芯は、男ができるとより一層固くなる。
手始めに、ラインが来なくなる。ラインのアイコンがフェレットから彼女の姿に変わったら、それは恋の始まり。別れるまで一通も返事が来ないという、重厚な恋が始まる。

街で会えば、カナミは僕に駆け寄ってきてくれる。それがひとたび恋に落ちると、僕を見つけるなり体で合図を出してくる。
控えめに、深呼吸の間で手のひらを突き出し、ジッと力強いお目目で「近づかないで」と訴えてくる。マジなラブをたぎらせ歩く彼女。そのサインに、僕はゆっくりと頷く。

不思議と、拒否されたような嫌な後味は残らない。「ワタシ、恋してます」という健気な態度は、見ていて微笑ましい。
でもなぜか、カナミの恋は一年と持たない。はるか前の内容に返信が来たかと思うと、アイコンがフェレットに戻ってる。
毎回、写真の彼女は系統が違った。都度、相手の好みに合わせてるんだろうけど、合わせすぎも良くないってことなのかい?恋の神様よ。

そんなカナミがいつしか性を換金し始めるわけだが、何も、彼女が汚れてしまったというわけではなさそうだ。



出会いは、カナミが19歳のときだった。
専門学生だった彼女は、ガールズバー希望の4人組のうちの1人として現れた。
19歳ですから、そりゃ、自分を過大評価してしまうお年頃です。例に漏れず、彼女たちも注文が多かった。安いのヤダ、長いのヤダ、辛いのヤダヤダ、オジサン?ヤダヤダヤダヤダ。ただでさえ4人よ、話なんてまとまるわけがなく、オーダーを聞き終わる頃には、提案できる店がなくなっていた。

ねえキミたち、わかる?

仕事だよ?

金くれる場所じゃないよ?

相手を楽しませて、気に入られて初めてお金が貰えるんだよ?

キミたちは、選ばれるだけの何かを持ってる?

キミたちが嫌で嫌でしょうがないオジサンたちは、キミたちが尊くて尊くてしょうがないから来てるんじゃないんだよ?

昼間に汗水垂らして働いて、ゴマすって、愛想笑いして、なのに怒られて、評価もされなくて、疲れ切ってストレスだらけで、オジサンたちは癒しを求めてる。

敵意のない場所と、盛大な拍手を待ってる。

不安なときほど性欲ってこない?

自信ないときに限って背伸びしない?

誰だって、生きてる証が欲しいんだ。

オレはすごいんだって思いたい。

だから、オジサンたちは夜の店に来る。

キミたちをエロい目で見にやってきて、上から目線でこう注文する。

包容の天使、笑顔マシマシ。

オリジナルの人形でも買い求めるみたいにね。

受け入れるかどうか、それはもちろんキミたちの自由だよ。

でもね、高い時給はその値段の内ってこと。

わかる?つまり今のキミたちはね、決して選ぶ側の人間じゃないんだよ、と言ったところで、彼女たちは耳を貸してくれなかっただろう。

「そっかあ、そうだよねえ」と僕が愛想笑いをしている間、マックのレジ横みたいなノリで、カナミ以外の3人が雑談を始めた。学校の話とか、化粧品の話とか、男の話とか、内容はとっ散らかっていて仕事に関係なく、僕の葛藤は完全に無視されていた。

数百円あれば、お腹と時間と友情がどこでも満たされると思っているのか、永遠に伸ばしたカウンターで「高給NO辛イケメンバーガー」を待ってる。でも、待てど暮らせど商品は来ない。だって彼女たちは、値段を間違えてる。

そんな中、カナミだけが僕を見ていた。
ダントツで美女だった彼女は、ダントツで無口だった。名前を聞いて以降、彼女だけが発言していなかった。僕の目つきや手ぶりを静かに追う彼女は、きっとこのとき、僕の話に従うべきかどうか判断していたんだと思う。
その姿勢はすごく正しい。嘘をついていないかどうか、信用に値する人間かどうか、それは人の細部に現れる。4人のうち、カナミだけがひとり大人びていた。

当然、4人一緒の提案はできなかった。
次第にひとり、またひとりと連絡がつかなくなり、最後に残ったのが、カナミだった。

しばらくしてカナミは、ガールズバーではなくキャバクラを始めた。ただ、容姿の割に店から評価されなかった。たしかにカナミは夜っぽくない。キャバクラは店内が少し暗いため、素材の良さに加えてデコレーションの出来も重要になってくる。
一目で味の想像がつくキャッチーなもの、アメリカンな料理みたいにドーンッとインパクトがあるといい。違いがわかる男は、そうはいない。この肉はアメリカ産だね、オージーだ、和牛だよなんて区別できないし、中身の差異を楽しみに来たわけじゃない。

美味しそうなビジュアルと匂い、基本的にその余韻が印象の大半を支配する。生肉を見せてもよだれは出ない。黒髪、ノーファンデにシンプルメイクのカナミは、貸ドレス程度の味付けでは注目を作れなかった。
何より接客が固かった。体験入店の日、元の性格に緊張も相まって彼女は表情が強張り、喉が締まった。その真面目さゆえに、彼女は無機質な女になっていた。

それでもカナミは逃げ出すことなく、文句を垂れることもなく、なんとか採用をもらって入店を決めた。
入店初日、静かに笑顔を浮かべながら彼女は店に向かった。反面、その背中には緊張が詰まっていた。入学式でガッチガチに固まった小学生を見ているようで、僕は温かい気持ちになった。

店まで彼女を送り届けた帰り道、今ごろ待機しているであろうカナミを想像しながら、

「いつか彼女は風俗を始める」

となぜか思った。そういう算段を取ろうと考えたわけじゃない。彼女との間で、それは話題に上がったことすらなかった。
あくまで直感だった。そしてその直感は、半年後に当たることになる。



「キャバクラ以外って、何がありますか?」

半年後、カナミから連絡があった。
一通り仕事を説明すると、ソープがいいと言った。すぐさま彼女は、高級店に採用されることになった。心なしか、キャバクラで働いていたときよりも顔色が明るくなったと感じたのは、僕の気のせいだろうか。

でも、カナミはやはり不器用だった。
彼氏ができると、あからさまに出勤が滞った。ロマンス中は連絡がないものだから、その葛藤は察するしかほかない。
お別れすると出勤が増え、新たに出会うと減り、または辞め、別れて出戻る。そんなことを繰り返すうちに客の何人かがパパとなり、彼女はソープを卒業した。

それから1年ほど経ったある日、久しぶりに街でカナミに会った。しかし僕は、目くばせだけしてその場を去ろうとした。ラインのアイコンが彼女の写真だったことを思い出したからだ。
なのに彼女は、僕に近づいてきた。今思えば、その恋はすでにエンドロールが流れ始めていたのかもしれない。

昼職を転職したこと、トンカツにハマり出したこと、少し太ってジムに行き始めたこと、僕たちが出会ってもう5年経つことなど、カナミは色んな話をしてくれた。
彼女は、あれから夜の仕事はしてないらしい。ただ、今でも月に何日かは昔からのパパと会うそうだ。それには食事だけでなく、セックスも含まれていた。

「お小遣い」というぼやかし方をカナミはしなかった。パパ活の収入は、昼の給料の約3倍らしい。だが、その佇まいに変化はなかった。バッグはFURLAのままで、内面の固さも、アルデンテのまま火が通っていなかった。

だからこそ、僕は気になった。
パパとのセックスと彼氏とのそれは、もちろん違うだろうけど、何か折り合いもなしに分けられるほどカナミは器用じゃない。その違いは何だい?と、僕は彼女に聞いてみることにした。

「彼氏は安心できる存在。
でも、安心だけじゃ生活できない」


カナミの答えはこうだった。だってそうじゃーんみたいに茶化すでもなく、ちゃんと理由はあるんですと慌てて正当化するでもなく、ただまっすぐに、カナミは現実を見定めて言った。

それから30分ほど談笑し、僕たちはそれぞれの予定に向かった。だが、しばらくして再びカナミの姿を見かけた。隣には男がいた。彼女と同世代であろうその若い男は、おそらく当時の彼氏だろう。
彼は、カナミの全てを知らないはずだ。女の嘘と本音を見抜くのは難しい。仮に、パパ活の事実に直面したとき、彼はカナミに何を言うのか。

ほとんどの場合、男は激怒するだろう。
でも、彼は知らない。
ふたりの愛が、どこかのオジサンによって支えられているということを。そしてその憎悪は、不埒な彼女にではなく、自力で彼女の全方位を支えられない無力な自分自身に向けられたものだということを。

彼は、選択を迫られる。
安心は与えられているんだと納得して彼女の全てを受け入れるか、自分の面子を優先して彼女を縛り、安心まで手放すか。
恋の神様、愛とは何ですかね?
修羅場はきっと起きなかっただろうけど、ほどなくして、カナミのアイコンがフェレットに変わっていた。


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