私は割と宮沢章夫でできている、と思う


桑原茂一・海賊船PirateRadio
追悼選曲 彼岸からの言葉 宮沢章夫

https://twitter.com/moichikuwahara/status/1573260263985655808?s=20&t=lRWGFE2wUQzCP0mVvburuA
(桑原さんの本当に神妙なというか、心から宮沢さんを愛していて
心から残念がっているのがよくわかる・・・・)


「宮沢章夫の才能に惚れた」「宮沢がいなかったら、俺たちが今ここでくだらない話をしてるなんて有り得なかった」(キタロウ)
https://youtu.be/WYMPjBXKgHI


+++

つぶやきもしましたが、作家の宮沢章夫さんが亡くなりました。
私はさぁ・・・もうね、嫌いになるくらい宮沢さんに影響を受けたんです。
80年代に小劇場を見始めて。
ラジカルに憧れて。
当時大好きでこちらもまた多大な影響を受けたケラの劇団健康や松尾スズキの大人計画にも夢中になって、でも彼らだって宮沢さんに影響を受けていて。
あの頃の小劇場の芝居はみんなみんな多かれ少なかれ宮沢さんを意識していたと思います(多分)。

宮沢さんの芝居も本も、
単細胞な私には、難しかったり意味がわからなかったりすることもたくさんあったけれど、それを上回る刺激だったり脳細胞が沸き立つ感じ、
そして何よりも面白くて面白くて、笑って笑って。
もう、何から何まで大好きでした。

自分が芝居をするようになって、ある時、宮沢さんのWSに参加する機会に恵まれて。
そりゃもう緊張するわでも楽しいわ刺激的だわで、宮沢さんの芝居を観ている時と同じ感覚を得られました。
いつか宮沢さんの舞台にでてみたい!なんつー夢を抱きつつ、

でも私は才能もないし努力嫌い、その上当時は超絶自意識過剰のお子ちゃまだったので叶わず、それでもずーーーーっと追いかけていました。

大人になって子育てや生活に追われる中で、宮沢さんは小説の執筆をされるようになったり、感性豊かな若い方々とクリエーションをするようになられて
私は若かった何にもなれなかったかつての自分を振り返り、宮沢さんのそばで学ぶ人たちと比べてしまいうらやましくてうらやましくてうらやましくて、
そして哀しくなって宮沢さんを追いかけるのをやめました。
最後に観たのは2013年の新作歌舞伎だったでしょうか。

さらに大人になってからは、ようやくそんな気持ちも消え(笑)
たまーにTwitterで情報を入手していました。
例の最後のツイートも目にして、ちょっと気にはなったけれど
まさか本当に亡くなられるとは思わなかったです。。。

色いろなものに影響を受けて今の私はいるのですが、
その多くの部分を宮沢章夫さんが占めています。
宮沢さんをご存じない誰かも、例えばお笑いやバラエティに出ている
芸人さんの源流をたどっていくと
宮沢さんに影響を受けている方に辿り着くはずです。

そういう方でした。
うん、それくらいの方なんですってば。

私はもう人生の後半戦に入ったけれど
そんな自分をもっともっと使って死ぬまで遊ぼうと思いました。
「わからないってところが面白いね」
WSでのあるテーマで私が発表した時に言っていただいた言葉。
そうだよ、私さ、そういうところに影響受けたんだよ、
わからないものを面白がれるんだ。
わからないことをわからないまま、死ぬまで生きていきます。


実家にあるかなぁ・・・・死ぬほど読んだ宮沢さんの本。

しりあがり寿さんの絵とタイトルも宮沢さんの本って感じがします。

ここから先は

0字
赤裸々な告白とかではありません。

齢50を過ぎた女が自分の愚かさと間違いとまあいっかをつぶやく日記

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?