122.「神様の名前などになっているカタカムナの言語について」

 今日は古事記の中に出てくるカ神様の名前などになっているカタカムナの言語について少し解説していきたいと思います。古事記の中ではアマノミナカノシとかタカミムスビ カムムスビなどのカタカムナのヒビキは恒星の神の名として伝えられていますがそもそもの始まりを示すこの48文字のウタのアメノマワリと巡りのサトリは古事記をはじめ恒星の神の名にも伝えられていないのは不思議なことではありますが、これも恒星の人々がカタカムナの真意を失ったからだろうと思われます。
 我々の属する太陽系は、タカマクラの北半球の東側に在り我々の現在の星座のきめ方は、ここ数千年来のたまたま地球からみた形によって、小熊座大熊座等とよんで居るまでですから長年の間には、それぞれの星は、各自の変遷過程をたどって運行し、今、我々の見て居る、熊や白鳥や柄杓の形は、やがて崩れてしまうはずなのですカタカムナの人の観察はそれと異り自分達の目前の星のカタチにとらわれず天体の新陳代謝の相を巨察しすべて、アマの微粒子のマリ(イツノタマ)から始まってココリコゴリてヒとなり(ヒジリタマ)イワネ、エミ、ウヅメ、ナリマと成ると観じたのです。
 そして更に極限をすぎれば崩壊方向に赴くとして、その状態については、次の歌詞で表わしています「オオキ アソフク クシサチタマ」とは、天体が大きくなって爆発する様を述べていますアソフクとは、火山爆発の古語であり、アソとは、阿蘇の名に残るように、火山のことをさしています。万国共通の古代語でありましたクシサチタマとは、天文学で言う巨星現象に当るもので、恒星(アサヒ)が極限状態(ヤ)をすぎると、どんどん大きくなり、あるとき突如大爆発を起して消滅し、構成物質は天空へ飛散すると観じ、その様相を、クシサチタマによって表象しています。という意味をのべた歌詞です。
「アキツ ヤサカノ アラタクラ」とは、巨星の爆発によって飛散した大小の
カケラは、やがて、もとのアメの状態にまで還元し、アマ始元量に収さんされ、そして、又、新たに「イツノタマ コゴリココリミ ヒジリタマ」と生成発展して、新しい星のクラ(アラタクラ)が出現する、という意味です。則ち、宇宙の天体には、崩壊現象に赴きつつある「クシサチ」と、新たに発生して生成途上にある(アラタクラ)との2つの系統の星がある、というのが前述の「フタセクラ」にかけられた、もう1つの意味です。因みに、太陽や我々の地球はクシサチ系に属し、大小の流星群も、かってはその辺に存在して居た星郡の、則ち「クシサチ」の爆発による大小のカケラであり、いづれも崩壊方向にあり、やがてアマに還元される、という観方です同じ星団でも、「ウヅシマヒコユヅ」と言われるものは、「アラタクラ」の新生しつつある系統です。
 この二つの系統は、「生成」と「還元」との正・反を指向し、途中から方向を換える事は無いと観じていましたもとより「生成」と「還元」は常に伴っていますから、その経過に要する時間は一様ではなく、条件によって伸縮され、例えば太陽や地球の年令を定める事はできないしかし全体としての方向性を全く換えて、例えば「クシサチ」が、ある日、アマに還元する方向をやめて、「アラタクラ」になるという事は無い、という考え方です。
 要するに、彼らは、このような長い天体の変遷、則ち、生成発展、崩壊消滅、還元循環という新陳代謝が、宇宙のタカマクラに、「七」の周期性を以て反復されて居ると洞察し、そのスガタを万物万象の原型として、ヤサカのマガタマの七種の単玉で表現して居たのです。
 拙い解説では、カタカムナの人の、まことに雄大なサトリのヒビキを十分に伝えることはできませんけれども彼らの天文に関する直観的な把握が、いかに鋭いものであったかという事は、今日の天文学の知識にてらしても明らかでしょう。後代人が、かかる高度の表象物であるマガタマを曲った玉とか、単なる古代人の装飾品として混同していた事は、甚しい認識の誤りです。
 後世のシナから伝来したマガタマは、宝飾品ではありますが、我が国には、それよりも以前に、カタカムナの表象物としての、「鉄製のマガタマ」があったのです。この事については、鉄の製造方法のところに述べますが、鏡についても、シナの青銅や鉄製品の伝来以前に、特殊な製鉄によるカタカムナのヤタのカガミがあったのです。



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