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天才はいる 悔しいが ※下ネタ注意

「ああ、この人にはどうしたって敵わない」
まだ二十代、生意気盛りだった私の高く伸びた鼻を
見事にへし折ってくれた人がいた

ふっくらと白く丸い顔立ち
小柄でちんまりと可愛らしい女性
柔和な見た目そのままの穏やかな人柄
ご主人とお子さんを愛する二児の母
例えるならば、夕方のスーパーで豆腐の賞味期限を確認しながら
お買い物をしているごく普通の主婦といった感じ
しかし、トウカイさん(仮名)は本物中の本物である
彼女は、下ネタ界の帝王(女性だけどね)だった

下ネタと言っても、
誰かを傷つけたり貶めたり、
性的に値踏みをしたりといったようなものではない
「セクシャルハラスメント」という概念は当時からあったが
トウカイさんの話す内容に「ハラスメント」要素は全くなく
ただ純粋に「セクシャル」なだけ

凡人である我々が声を顰めたり、
何かの拍子にたかが外れて
思わずうっかり口にしてしまうような内容を
躊躇う事なく言葉にできてしまう特別なお人であった
「こんな事を平気で言えちゃうワタシカッコイイ」系の
安っぽい偽物とはまるで違う
生まれながらの天才であった

ーーーーーここから下ネターーーーー
「ねえ、雲子さんは好きな体位とかある?」
職場で朝の挨拶を交わした後の軽い雑談、
トウカイさんはいきなりぶっ込んでくる
まだ彼女のことを特殊な才能の持ち主と
認識できていなかった私は混乱した
……タイイ? 大尉? 退位の事?……
……小野田さん? いやあの方は少尉か……
……体位? まさか!……
自分の頭に浮かんだ邪な発想を慌てて掻き消す
やはり私の知らない謎の「タイイ」の話だろうと思い、
「タイイってなんですか?」と問い返した
「ああ、ほら〇〇」
両手で何やら怪しい動きをしながら、
彼女はごく軽い調子で答えた
表情には少しの翳りもない
その答えを耳にして、私の頭はますます混乱した
当時二十数歳の私の人生において
朝一番に・職場のデスクで・同僚から
「〇〇の体位について」の会話を振られるというのは
想定外の出来事だったのだ
タイイ=体位だと分かってもなお、
頭の回転が追いつかず答えに窮する私を見て
トウカイさんと仲良しのミホさんが助け舟を出す
「ちょっと、嫁入り前のお嬢さんに何聞いてんのよ」
 ※当時はそういう概念があったのだ 懐かしいね
「そうか、ごめんね、あまり〇〇に興味ないタイプだった?」
トウカイさんは申し訳なさそうに言い、さらに続けた
「最近、私おんなじ体位ばっかりだから、何かアイデアを貰おうと思って」
テヘヘとばかりに私に謝り、彼女は手元の書類に目を落とした
想定外の質問に続く、ご自身の性生活マンネリ化というカミングアウト
私はあっけなくノックダウンした

トウカイさんに慣れ親しむうちに、
私は彼女の感覚を理解し始めていた
人間の三代欲求「食欲」「性欲」「睡眠欲」
トウカイさんの中では、他の二つの欲求と性欲が同等で同質のものなのだろう
前出の会話、〇〇=料理・食事、体位=メニュー・献立と置き換えてみると
ごく普通の世間話として成立してしまう
しばらくすると私もトウカイさんの豪速球を受け止められるようになり、
かつてのミホさんのごとく、
「トウカイさん、今のはちょっと火の玉ストレート過ぎますよ
 急速落として行きましょう」
などとキャッチャー役を務めるようになっていた
ーーーーー下ネタ ここまでーーーーー

トウカイさんは、求道者であった
日々研鑽を怠らず、どう見ても格下である私に対して教えを乞うような
謙虚な心の持ち主であった
他の天才たちとそうであるのと同様に

下ネタというのは、
選ばれた才能の持ち主のみが口にすることを許された
危険物なのではないだろうか
そこいらにいる才なきものがそれを口にしようものなら
怪我をするのが関の山
なんなら、国家資格にしてしまっても良いと思う

トウカイさんのことを思う時、
私の心にはこの言葉が浮かぶ
“天才はいる 悔しいが“


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