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「虚鐸伝記」を読み解く其の四☆寄竹の見た夢「霧海篪 ・虚空篪」伝説!


前回は、法燈国師が虚鐸を携えて、宋から四人の居士と一緒に帰朝。その後、大勢いる弟子の中でも優秀な寄竹という弟子に虚鐸を教え、その寄竹が旅に出るというお話でした。



寄竹の旅はいかに?!


 

寄竹の夢




以下、漢文が「虚鐸伝記」
かな文字入が「虚鐸伝記国字解」です。
その下に簡単な訳です。


 

 

 

山本守秀注釈・河本逸童増補『虚鐸伝記』
  国立国会図書館所蔵


通夜抽凝丹誠脆拝及五更 

つやし、たんせい(丹誠)をぬき抽(抽)んで凝らすとは、こくうざうぼさつ(虚空蔵菩薩)のだうもと(堂本)にこもりて、通夜するなり。丹誠を抽んで凝らすとは、丹はあかきなり人の心の臓は火にたとえて赤しとす。心にまことあるを丹誠といふ。ぬきんでとは心を一しょにして、ぬき出して二心なき也。こらすとは一つにあつむる心、他念なきをいふ。きはいとは拝しおがみてはざし、ざしてははい(拝)する事也。ごごう(五更)に及ぶとは夜もふけて、七つの比迄ねむらでいたりし事なり。

 
寄竹、虚空蔵菩薩のもとで、他事考えずに、心一つにして夜通し拝んでいた。
 

 

将少就眠顕然有霊夢

まさに、すこしねむりにつかんとす。けんぜんとしてれいむ(霊夢)ありとは、夜もふけしゆえ、まどろまんとは、思わねども、少しのねむりのきざしたるに、誠にかんじてや、こくうざうぼさつ(虚空蔵菩薩)の霊夢を蒙るなり。けんぜん(顕然)とは、まさしう夢を見るなり。 

 

ちょっとうたた寝したら虚空蔵菩薩の霊夢を見た!



海上棹小船独賞明月頓朦霧蔽而月色暗暗焉

かいじょう(海上)に小舟さほざし、ひとりめいげつ(名月)をしょうす。とん(頓)にもうむ(朦霧)おほはれて、月色あん/\たりとは、ゆめのていをいふなり。これすなわちれいむ(霊夢)なり。其ていおもしろきことなり。きちくゆめ心に小舟にのりて、海の上にうかみ出たるに折ふし月いと清らかにて(照)りまされり。友もなれども月を賞くわん(翫)して、ながめめ居たるに、にわかにけしき(景色)かはりきり(霧)がかゝりければ、ほのくらく月の色もひかりをかくしてくらく夢心しばらくに、かはり行をかくしるす。

 

その夢とは…、小さな小舟に竿を立て、海の上で名月を見ていたら、突如霧に覆われ月の明かりもほの暗くなってきた。 



霧中管声発而寥々浩々不可言焉湏臾而管声断

むちう(霧中)くわんせい(管声)はつ(発)して、れう/\(寥々)こうこう(浩々)たりとは、其のきりの中に、笛のこゑがして、れう/\とものさみしく、又こう/\とひゞきわたりて、たへ(妙)にめずらしき事、いひものべられざりし事なり。その音いろいふにいはれぬおもしろしという義なり。きちくはあ(飽)かず、耳をすましてをるうちにしばらくしてふえのおとやみしことなり。 


するとその霧の中に寥々ともの寂しく浩々と笛の音が響き渡り、しばらくして止まった。 

 

 

朦霧漸々凝結而爲團々焉一塊塊中又管聲発奇聲妙音世之未可得聞之者

もうむ(朦霧)ぜん/\にこりむすんで、だんだんえん(焉)たる、一くわい(塊)となるとは、そのきりが次第/\に、あつまりよりて、一つの玉の如くにこりて、そのくわいちう(塊中)、またはくわんせい(管声)発して、きせいめういん(寄声妙音)世のいまだこれをきく事をう(得)べからざるなりとは、其丸くなりきたるきりの中よりまたふえのこゑが出る。其音色いまだ人のきゝゑし事もなき珍しくおもしろき調子かなとかんしん(感心)せし事也。 


そして、立ちこめる霧が次第に凝結して一つの塊になって、その塊からまた笛の音が発せられた!その音色は誰も聞いた事が無いような妙音だった。

 



夢中大感之欲将虚鐸模倣之則忽焉眠覚霧塊船棹盡無迹唯管聲之認于耳而己

むちう(夢中)、だいにこれをかんじて、きょたくをもって是をもほう(模倣)せんと欲す。すなわちこつえん(忽焉)としてねむりさめたり、むくわいせんとう(霧塊船棹)こと/\くあと(迹)なしたゞくわんせい(管声)のみにとゞまるのみとは、きちくが其音色をかんずるのあまり、きょたくにうつそうとおもふたけれども、はやつひに一時のゆめなればたちまちに、さめて目があいてみたれば、こくうざうだう(虚空蔵堂)にて、きりもふねも棹(さほ)も、皆きえ/\となりて、たゞ笛の音が耳の根にのこりて、聞きおぼへたるのみ也。
 


夢の中で、これは虚鐸でこの音を真似して吹いてみたいと思った。にわかに目が覚めた時には、ただ虚空蔵堂にいて、霧の塊も船も無く、ただ笛の音が耳に残っていた。
 

 

寄竹大奇之調弄虚鐸模擬夢中所聞二曲大得其音

きょちく大にこれをき(奇)として、きょたくをていろう(調弄)してむちう(夢中)きくところの二曲をもぎ(模擬)すとは、きょちく(寄竹)ことの外ふしぎに思ひてきょたくをしらべて、ゆめの中にきゝたる所の二度の音をうつしてみるに、おほいに其のいんをゑたりとは、ついに其ふきようをおもひ出して手に入れし事なり。


寄竹は不思議に思って夢で二度聞いた音を虚鐸でうつしてみると、聞いた通りの音がでた。



(今まで虚鐸伝記国字解の寄竹のよみは「きちく」であったのに、突然「きょちく」となる?!)
 

於此直帰于紀州告夢及所得音于師且請命此二曲

こゝにおいてたゞちにきしゆう(紀州)に帰り、ゆめおよびうる所のいん(韻)を、し(師)につぐ。かつ此二曲にめいぜんことをこふ(請う)とは、きょちくはこくうぞう堂より下向(げこう)して、外へ行かず。ふたゞび紀州に帰りて、ゆめのおもむきをつまびらかに咄(はなし)て其のふきやうを師しゃう学心禅師に告げ曲の名を附せられん事を請いしなり。



 寄竹、直ぐに紀州に帰って師である法燈国師に夢の話をして、その吹き様を告げ、曲の名前をつけてほしいと請うた。
 

 

師曰(学心禅師徳義宗乗みちしかば、後に法燈国師と称せられし事なり)仏授哉先所聞號霧海篪後所聞號虚空篪 

しの、いわく、ぶつじゅ(仏授)なるかな。さきに聞ところをむかいじ(霧海篪)と号し、のちに聞所をこくうじ(虚空篪)とごうすとは師匠きちくが咄し物語りを聞て、きどくに思ひて、すなわち吹せて聞たまふと云をりゃくすさき(先)へ聞きたるをむかいじと名付けよ、後に聞きたるをこくうじとなづくべしとのたまふ。ぶつじゆなるかなとは、是こそが汝が信心のこりたる印にて仏菩薩の授けであろうと給う。

 
【徳義】道徳上の義務・義理。
【宗乗】自宗の教義。 もと禅宗で、禅門の宗義や禅の極致をいった語。
 


これは仏の授かりじゃ、最初に聞いた曲を霧海篪、後に聞いた曲を虚空篪と名付けなさい、と法燈国師。
 


 

自後寄竹往復通行之路弄始所伝虚鐸或應世人強請奇曲則弄今所得之二曲

自後きちくわうふくつうこう(往復通行)の道にははじめにつたふるところのきょたくをろう(弄)し、あるいは、せじん(世人)のしゐて、奇曲をのぞむときは今うるところの二曲をろうとは、其後はきちくしぎょう(修行)に出るには、きょたくをふいて聞せ、人の何ぞおもしろき事を聞せ玉(給)へと望むときは、むかいじこくうじ(霧海篪虚空篪)の二曲をふきしとなり。


その後、寄竹は修行の時は虚鐸を吹いて聞かせ、人に何か面白い事を聞かせろといわれたらこの「霧海篪虚空篪」の二曲を吹いたそうな。 

(「きちく」に戻った...)

 


後世僧徒不知之妄弄二曲以爲常虚鐸爲曲名不爲之器名加之以器相似轉鐸爲鈴称虚鈴爲曲大失古義

こうせいのそうと、これをしらずみだりに二きょくをろうして常となす。きょたく(虚鐸)をきょくめい(曲名)として、是をきめい(器名)とせず、しかのみならず、器(き)のあいに(似)たるをもって、たく(鐸)をてん(転)じてれい(鈴)となし、虚鈴と称してきょく(曲)となす。おほひにこぎ(古義)をうしなふとは、世が末になるにしたがひて、そうどもがこのようすをしらずつねにむかいじ、こくうじをふいて修行し、きょたくといふう、ふえの名なる事をうしいける也。其上にたく(鐸)とれい(鈴)とよくにたるものゆへにたくとれいと取りちがへて、きょれいといふて曲の名吹きようの名にしてしまひたり。大いにいにしへのわけをうしなふなり。


後世の僧がこれを知らずに、虚鐸を曲名にして、その上鐸を鈴と転じて虚鈴として吹いている。本来の意味が無くなってる。
 


 

且後世僧徒各自爲新爲奇千曲萬手隨意発音張伯志忽焉絶矣悲哉

かつ、こうせいのそう(後世の僧)と、かくじ(各自)にしん(新)をなし、きをなし、せんきょばんしゆ(千曲萬手)、意にしたがってこゑをはつして、ちゃうはく(張伯)がこゝろざし、こつゑん(忽焉)としてたえぬ。かなしひかなとは、後世の僧たち、各自とは、われも/\といろ/\のきょくをふきいだし、各自のおもふ様に音をいだすゆへ、いにしへ、ちゃうはく(張伯)が鐸の音を、ふくためにこしらへしものにて、外の事を吹かぬというて、法度をたてゝおきし事たちまちにたへたり。是をかなしみ申されし事也。寄竹後称虚竹先生者是也。高徳の人なり。 


その上、後世の僧は、我も我もと皆好き勝手に色んな曲を吹出している!張伯が鐸の音を吹く為に、他の曲は吹かないという掟は絶えてしまった。悲しいかな!寄竹は後に虚竹先生のこと。
 

 



今回はここで一旦終わり。
 

 


 
寄竹が最初に聞いた音が、 

寥々ともの寂しい笛の音 → 霧海篪むかいじ
 

次の音が

朦霧が次第に凝結して一つの塊になって、その塊からまた笛の音 → 虚空篪こくうじ
 

 

 


次の音が霧が塊になって笛(篪)の音なんだから、曲名逆にしたほうがしっくりくるきもしますが...。

【篪】とは笛のこと。 

これは命名した法燈国師に聞かないとわかりません…

 

 

そして、ぼやきが…。

 

 
霧海篪、虚空篪が大事だってのに、今時の若いもんは好き勝手に色んな曲を吹きよる!
 

 

との事です。

 

 
さらに、
 

「虚鐸」というのは尺八のことなのに、曲名になってるし、しかも鐸の字を鈴として「虚鈴」となっておる!全然違うわい!
 
 
 
 
 
との事。

  

 


「虚鐸伝記国字解」より前に書かれた「虚霊山縁起並びに三虚霊譜弁」(1735年)筆者、京都妙心寺の禅倘和尚によると、

 
 

一、霧海篪、二、嘘鈴、三、虚空 を三虚霊と呼ばれる

 

 
と書かれています。 
いわゆる「古伝三曲」。



因に、「虚霊山縁起並びに三虚霊譜弁」には「虚鐸」と言う言葉は一切でてきません。
そもそも『虚鐸伝記』の筆者は、何故尺八の事を「虚鐸」と呼ばせたのでしょうか。そして、重要な曲をなぜ2曲にしたのか。さらに、寄竹は、「きちく」なのか「きょちく」なのかどっちなのか?


謎です...。

 

この霧海篪 は中世から吹かれていたとも言われます。

尺八研究家神田可遊著『虚無僧と尺八筆記』の尺八古典本曲解説「鈴慕・霧海篪」によると、「『霧海篪』は「恋慕」の異名であるということになっている。」とのこと。


詳しくはこちら↓



 


次回は元祖虚無僧?!楠正勝登場です!



参考文献
中塚竹禅 著『琴古流尺八史観』
神田可遊 著『虚無僧と尺八筆記』


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