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コム活日記☆高幡不動の初不動🎍

28日はお不動さんの縁日。


高幡不動とは、成田山新勝寺などとともに、関東三大不動の一つとされる都内でも大きなお寺。



寺内は、巨大不動明王像をはじめ、色んな仏さんたちに会える。


境内は広く、五重塔やお宝物殿があったり、裏には紫陽花の咲く散策できる山があったりと、一日過せる都内の癒しスポット。



寺伝によれば平安時代初期に円仁(慈覚大師)が清和天皇の勅願により東関鎮護の霊場を高幡山山上に開いたのが始まりとされる。




円仁さんといえば、尺八を日本にもたらした第一号の僧侶、慈覚大師です。




実は高幡不動尊を調べるまで、円仁さんとの縁起を知らなかった...。




こちらは2年前のコム活日記@高幡不動↓







最近のコム活の印象では、反応してくださる方がお年寄りがグンと減った気がしておりました、



が、



やはり、お不動さんのある高幡不動は違いました。




いい音ね〜と三人ほどのご高齢の方々が声をかけてくださった。



何かと忙しい世の中、人の多い街では偈箱にチャリンと入れるとサッサと行ってしまわれますが、この駅前では色々話しかけてくれます。


お不動さん効果でしょうか。



行きと帰りに「ご利益りやくありますように…」と立ち寄ってくださったご婦人。



色々聞いてくださった老紳士は、虚無僧の曲は風前の灯なんですなんて言ったら、「おやおや」なんて驚かれ「んんー、そうですか」神妙な面持ちに。きっと多くの色んな文化、歌や流行り物が消えていった経験は、私よりもずっと身に沁みて経験しているのだろうなと想像します。




そして、暫くして。 




とある男性が、少し離れたところでずっとこちらを向いて立ってます。


待ち合わせとかではなさそうだ。


 

もしや、尺八奏者かな。 
年齢層からして、きっとそうだ。



この寒い中、10分以上。



んん、これはちゃんと吹かねば...




なんて、思いながら「虚空」を吹いていた。


ちょうど曲が終わる頃にその男性は近づいてきた。




やはり、終わる頃を知っているということは、古典本曲奏者だったか。
 



案の定、私が吹き終わり一礼した後に話しかけてきました。




と、その男性が私に話すには、




 
聞いていて涙が流れました。
私はあと5年かそこらで死ぬでしょう。
その時こんな気持ちになるのかなと、
こんな音楽を聞きながら死ぬのかなと、
そんな風に思いながら聞きました。
聞いたことのない尺八の曲ですが、それはどういう曲なんですか?
民謡とは違いますよね?




と、
本当に涙ぐみながら話してくれた。




おお、それは予想外なことで、びっくり。 
恐縮すぎる。



私がこの曲は江戸時代虚無僧が吹いていた曲で、お経の代わりのようなものですと簡単に説明すると、ああやっぱり、と納得されて、またお礼を言って立ち去ってゆきました。




なんという嬉しい出来事。


古典本曲を聞いたことが無い人に、感動してもらえるなんて感無量だ。


何よりも嬉しいのは私が何者であるか関係なく音だけを聞いてくれたこと。




そんな人がたまたま通りかかるとは。


吹いていた甲斐があるってもんです。




感謝感謝🙏




この古典本曲にハマって20年以上。習い始めた時から、同年代に尺八をやっている人は皆無。


中々共感してくれる人もいない。




本曲奏者は減少する一方。絶滅危惧種とまで言われている。


もう、路上で吹いて不特定多数の人に聞いてもらうしかないと思い立ち、始めたのがコム活(虚無僧活動)。時代遅れも甚だしいこと承知でやっている。




道行く人は多けれど、そうそう反応してくれる人はいない。  
 

虚無僧の曲は、現代の音楽のような旋律やリズムとはだいぶ異なり、聞き慣れないぶん共感も少ないのだ。
  



そんな中、今回も出会いに感謝。
お不動さんに感謝🙏





コム活終えて、まずお参りに。


 

手を清めて、お線香をあげる。   


相変わらず、でっかい不動明王さん。



「のーまくさんまんだーばーさんだんせんだんまーかりしゃーだーそはたやうんたらたーかんまん」


ご真言を唱える。 



実は、お不動さん大好きで、ファンともいうべきか、都内のお不動さんの祀ってあるお寺はほとんど参拝したし、護摩焚きもよく行った。護摩焚き後のお説法がまた楽しみなのだ。確か高幡不動では、掌にお香をのせてくれて、本尊のすぐ目の前を通ることができたような。久しく護摩焚きに行っていない。

もう護摩焚きは夕方で終わっており、境内の出店も奥の方はほとんど片付いていた。


また今度来よう。




お、「鐸」の文字が。

高幡山金剛寺第三十三貫主
川澄祐勝貫主の句

鐸とは、寺の堂や塔の軒の四隅につり下げて飾りとする、鐘形の鈴のこと。

普化禅師が振っていたのも「鐸」。
お寺の屋根にはずっとぶら下がっていたものなのね。



夕闇迫る高幡不動。

五重塔に提灯が灯っている。




綺麗ですなぁ。




お腹が減ったのでたい焼きを買って食べて帰る。 





立春もすごそこです。


 
まだ寒いけど、がんばろ。



お不動さん、ありがとう🙏


古典本曲普及の為に、日々尺八史探究と地道な虚無僧活動をしております。サポートしていただけたら嬉しいです🙇