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コムジョの尺八歴史探訪📖

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尺八の歴史をマニアックに探究中✐ 虚無僧の実態を探ります!
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#一月寺

普化禅宗 虚無僧寺惣本寺 一月寺『探墓行』☆其の二 

菩提寺、萬満寺に一月寺歴代住職のお墓あり! 萬満寺は松戸市の馬橋駅から歩いて5分ほどの、臨済宗大徳派の大きなお寺です。 市指定有形文化財に『一月寺遺石』とあります。 両足の間に四方の隙間があり、これをくぐると病魔災害を防ぎ、丈夫になるといわれ、自然に発した行事だそう。春と秋の御開帳には「仁王股くぐり(病除け)」があるそうです。 本尊は中風除不動尊といわれ、中風や足の病によく効くとされています。 御開帳の時にお参りに来なければ、ですね。 墓地に入ります。 一月寺遺

松戸市立博物館に展示されている「虚無僧寺一月寺」コーナーに行く👣

JR新八柱駅もしくは、新京成線八柱駅から歩いて15分くらいのところに、松戸市立博物館はあります。 考古学から団地まで展示してあり、とても楽しい♪ このように、虚無僧展示が常設されているのは全国でもここだけだそうなので、実際に見に行く事をお勧めしますが、尺八研究家の神田可遊氏に解説をしていただいた部分がありますので、こちらにチラリとnoteしたいと思います。 21世紀の森と広場内に博物館はあります。 〈チェック其の一〉 尺八は鞄に入れて入館すべし まずは、『探墓行』

普化禅宗 虚無僧寺総本山 一月寺について☆其の一 

金竜山梅林院一月寺 場所 下総国葛飾郡早風庄小金宿  一月寺の名前由来 江戸時代の一月寺 1960年頃の一月寺 現住所 松戸市小金町小金242  昭和30年代(1950年代)、日蓮正宗に改宗。 森田洋平著「新虚無僧雑記」によると、創立時には、現在の場所より道路反対側(道路より東側)の、国道6号線寄りで、「旧小字正月」にあったと伝承されており、「小金町屋敷検地帳」には〈小金下町東側〉として、「五間・九間、一月」と記されているとのこと。 番所 浅草東仲町 (現在:

関東系虚無僧寺院☆一月寺・鈴法寺の開創縁起を読み解く!

明暗寺系列の縁起本、『虚霊山明暗寺縁起』(1735)と『虚鐸伝記』(1795)によると、法燈国師とその門下の寄竹(のち虚竹)が普化尺八の元祖となっている。 ところが、関東系虚無僧寺院、一月寺・鈴法寺縁起には、寄竹の名前は一切無い。では誰が開祖なのか?! それは江戸中期の明和年間(1764-72)に宮地一閑がまとめ、文化10年(1813)開版された『尺八筆記』に書かれている。 今回は、その『尺八筆記』から開創縁起部分を抜粋し、読み解いていきます。 著者、 宮地一閑

『仙石騒動』其の六! 川柳、連歌、狂歌特集📖

天保の頃に起きた出石藩による御家騒動『仙石騒動』を探求する!シリーズ其の六です。 『仙石騒動』にまつわる史料は、国立公文書館の『出石紀聞』や、平戸藩の松浦静山が書いた随筆『甲子夜話』に見ることができますが…、 その中に沢山の川柳、連歌、狂歌、ちょんがれ等、風刺に満ちた作品も沢山残されており、「百千を以て算ふべし」で好奇の人が編集して二大冊となったとか。 今回は、川柳、連歌、狂歌をご紹介🎵 「尺八」の文字の入った句や、神谷転は勿論のこと、一月寺の愛璿もひそかに登場しますよ

虚無僧友鵞が捕縛された日本橋横山町にやってきた。

天保五年(1834年)四月二十一日、ここ横山町二丁目で、虚無僧友鵞こと、神谷転は数人の捕り手にぐるりと囲まれた。 要は、指名手配中の虚無僧がお巡りさんに囲まれたのだ。 「奉行の組子等、友鵞を路頭に捕ふ」 とあります。 捕り手に囲まれた友鵞は叫びます。 まさに時代劇のワンシーンのようですが、 今回は虚無僧となった神谷転の足跡を辿っていきたいと思います。 時は遡ること文政の時代に始まる、但馬の出石藩で起こるお家騒動が発端。 出石藩の藩士であった神谷転は、天保5年(18

仙石騒動で暗躍の一月寺役僧、愛璿を追う!!!

町奉行に捕らえられた絶体絶命の虚無僧、友鵞こと神谷転は、一体どうやって救われたのか?! 『仙石騒動』シリーズまだ続いてます。 今回は、 一月寺役僧、愛璿の活躍ぶり、というか暗躍ぶりを解明! 幕末の虚無僧が一体何をやらかしたのか!? ちゃんと内容知りたい方は、 仙石騒動の年表書いてみたのでこちらをどうぞ↓ ささっと知りたい方はWikipediaもおすすめ♡ 非常に簡潔で分かりやすいです。 ついでに転が捕縛される場面の浮世絵などはこちら↓ さて、 まずは、虚無

『仙石騒動』年表と相関図にまとめてみた。

仙石左京が獄門になるまで… 『仙石騒動』とは、但馬出石藩(五万八千石)に起きた藩政改革を巡っての守旧派と改革派の対立事件、いわゆる御家騒動。 このややこしい(く感じる)お家騒動を年表で追うことにしました。 時は文政四年、仙石家九代当主仙石政美の治世下の頃。 1821年 仙石左京が大老兼勝手方掛りに任じられる。 →財政の立て直し。上米、生糸専売、領外商人の領内行商禁止などの政策などを進める。 1823年 対抗する守旧派が左京一派の追い落としをはかる。 →藩士らの不満を

「調子」大研究!

古典本曲では一番最初に覚える『調子(ちょうし)』という曲があります。 虚空や虚鈴の前奏曲とされる、とっても大事な曲です。 が、 意外と詳しくこの曲を語られることが無い…。 しかも曲名が「調子」ということで何となく他の古典の曲よりも重みがかんじられないような…。「このお調子者!」の「調子」ですものね。 別名に、本手調子、竹調べ、明暗調子、京調子、洛陽調子などと呼ばれています。 浦本浙潮師曰く、 「本曲吹きは、先ず竹を手にして最初に吹くのがこのたけしらべであり、またそ