3-7 仰げば尊し放課後のボス戦
「ったく。うるせーな……!」
俺は大音量の校内放送に、耳を押さえながら顔をしかめる。
「こ、鼓膜が破れるかと思ったぞお……!」
「フッ……若いな……!」
「弟、うまくやったみたいだね! シモカワくんもアリバに目覚めたみたい!」
『ハヤトさーーん! 聞こえとりますかーーーー!』
廊下のスピーカーからいきなり俺の名前。しかも、シモカワのやつ、博多弁になってやがる。入ったみてーだなっ。『情熱スイッチ』!
『シンジローにすべて聞きましたーーー。悪意の大元は体育館。おそらく相手は教師です! ハヤトさんが大元を倒すまで、なんとかオレたちでしのぎますけん!』
「……てことだ。シモカワの放送で、正気に戻った生徒も多いが、多勢に無勢だ。急ぐぞ!」
俺たちは、旧校舎から渡り廊下を抜け、体育館へと急いだ。
『高校の体育館』なんて場所に来るのも久しぶりだ。
ワックスの匂い。高い天井。キュッキュッという足音。相変わらずだぜ。
そこに居たボスの悪意は……超高速で腕立て伏せをしていた……。
あの筋肉のカタマリみたいな姿……ありゃ、『東和の鬼教官』として恐れられている名物教師『妻元《つまもと》』先生じゃねえかっ!?
「は、ハヤト……信じられない……あの悪意、特訓してる! 悪意を使いこなすため、トレーニングしてるっ」
「体育教師だもんなあ。イメージ的に生徒からバカにされがちだけど、実際は、トップクラスのアスリートばかりだぞお」
「ぬ。なんだおまえら……ここは部外者立ち入り禁止だぞ!」
腕の力だけでぶうんと三メートルくらい飛び上がった妻元先生は、フンッと着地。パンプアップした筋肉で、赤いジャージもはち切れそうだ。
「おまえら……」
妻元先生の目が俺とナミに向く。
「……近い、近い、ちかいぞーー! 不純異性交遊だっ。男女は二メートル以上離れるべしっ!」
「な、なんだよそれ。どんな校則だ? それに俺たちはそんなんじゃ……」
「そ、そうだよ! 別に付き合ってなんかないもん!」
「そ、そうだ! このコミネの目の黒いうちは、ユリアをハヤトの毒牙にはかけさせぬうぅぅ!」
「……もういいから、はやく戦うぞお」
「教師に内緒で校内恋愛している不良には、愛のムチが必要のようだな……」
ゆらり、と妻元先生が俺たちに近寄ってくる。
「き、気をつけて! 今までの敵とは違う! 属性自体は火なんだけど、必殺技に属性がふたつある!」
なぜか少し顔が赤いナミが、いつもより早口で言った。
「ヨシオみたいな電波か?」
「ちょっと違う……このひと、自分で必死に鍛錬を積んで、疑似的な氷属性の必殺技を身につけたんだ!」
「わ、わざわざ練習してかよ……?」
「ふたつの属性を使いこなす! 体力的にもヤノさん並みの強敵だよ!」
「チッ……そんなマジメで実直なアンタが、なんで悪意になんかに取りつかれてんだよ……メンタルのほうの鍛錬は、おろそかだったんじゃねえか!?」
「……メンタル……そうだ。ワシはバレー部顧問として、そして生活指導の教員として、生徒たちの精神を鍛えるために、愛のムチを振るってきた。
なのに、PTAはそれを問題にし、上の連中からは厳重注意され、同僚の教師はワシを煙たがり、愛する生徒は陰口をたたいてワシを吊るし上げた……」
はれぼったい一重まぶたの目に、暗い炎が灯る。
「……だから、ワシは考えた! 体罰……じゃなかった、愛のムチを振るっても問題にならない理想の学校を作り上げると! それが、きっと、生徒たちの未来に繋がるのだ! 学歴が武器にならないこの高校で、巣立つ生徒にワシがしてやれることは、社会の荒波にもまれても負けない強さを身に着けさせることだけなのだ!」
「……結局、アンタも、シモカワと同じなんだな。東和を愛し、生徒を愛しすぎたってわけか……たいそうな理想だが、押し付けはよくねーな」
ヤノ、コミネに目配せ。
俺たちは、横一列に並び、妻元先生と相まみえた。
「時代錯誤もはなはだしいぜ……いまどき体罰なんてよ。……けど、俺はあんたみたいに本気で生徒と向き合う教師、嫌いじゃないぜ?」
「ハヤトも高校時代は教師とよくやり合ってたもんなあ」
「うむ。不良でもないのに、やたらと教師に目を付けられていたな……」
「……まあな。よく殴られ……いや、愛のムチもらったよ……けど、ひょっとしたら、今の俺たちがアリバに目覚められたのは、アンタみたいな時代遅れの熱血教師が、本気でぶつかって、真剣に怒って、鍛えてくれたからかもな」
スーッと俺は深呼吸して、自分の意識の深い場所へと沈降する。
パンッ! ……集中!!
「……だから、俺たち相手には、好きなだけ体罰してくれていいぜ? 訴えたりもしねー。……けどな、俺たちだってもうガキじゃねえ。反撃はさせてもらう。これが俺たち、最後の体罰世代からの、お礼参りだ!」
「エラそうにぬかすなああああ! 校長かおまえはああああーーーーーー」
ゴファアア!
ダッシュしてきた妻元先生がウチワのような巨大な右手を振るってくる!
炎をまとった灼熱のビンタ!?
「うおう!」
ヤノがまともに被弾! 巨体がくるくる回転しながら数メートルぶっ飛んだ!
「ヤノ!」
「……き、効いたあ……ゴリラよりパワフルだぞお……」
頭を振りながらヤノが起き上がる。火に強い氷属性補正があるはずだってのに、なんて威力だっ。
俺はとっさにポケットからレッツプルを出してヤノに投げた。
ヤノはキャッチしてすぐさま飲み干す。
「気を付けて! 次は氷の攻撃が来る!」
「おまえらを必ず全国に行かせてやる! 歯を食いしばれえええええ」
フォォオン!
妻元先生の左手が氷の結晶を散らしながら迫ってくる! お次は氷結ビンタかっ。
「ホゥアチャオッ!」
ガッとそのビンタをコミネが受け止めた!
「ぬっ! いい動きだ! バレー部に欲しいくらいだぞ! 80点だ!」
「ホキョエアアアアアアア!!!」
雄たけびを上げながらヤノが飛び掛かる!
「うぬぬっ。いい連携だっ! うまく相手のスキを突いたな! 90点やろう!」
「……ハヤトよ!」とコミネが妻元先生の腕を拘束した。
「今だぞお!」ヤノも先生を羽交い絞めにして叫ぶ!
「三人がかりで悪いが、バレー部顧問だ。チームプレーは認めてくれるよな?」
俺は言いながら、一気に間合いを詰める。
パパン! 集中の重ねがけ!
そしてさらに意識の奥へ。
高校時代の放課後の、あの夕暮れを思い出す!
ズパンッ!
最後の集中が完成。コンセントレイトモード発動!
「……ご指導いただき、ありがとうございましたああああああ!!!」
叫びながら……
俺は渾身の必殺パンチを、妻元先生の顔面にぶち込んだ!
「ぐっ、ぐふっ……いいパンチだ……惜しみなく100点をやろう……教師生活15年。おまえらのように活きのいい生徒は、久しぶりだったぞ……!」
妻元先生は、ガックリと膝をつく。
「……おまえらのような気持のいい生徒と青春が謳歌できて、悔いはない。……合格だ。……ワシがおまえらに教えることは……もう……」
「いまだ! ヤノ! コミネ! やっちまえーーーー!!」
妻元先生をぶん殴りながら俺は叫んだ!
「教師にボコられた高校時代の恨み、アンタで晴らさせてもらうぜええええ!!」
「うしっ。やったるぞお……!」
「正義は時として非情なのだ……!」
「お、おい……ちょっ……待ッ……もうッ……試合は……終わッ」
「うっせえええ!! こっちが抵抗できない高校生なのをいいことに、一方的に体罰してきやがって! このクソ教師どもがッッ!!!」
バキ! ドカッ! ゴスッ! グシャッ! メチョッ!
「……オイオイ」
ナミの呆れる声を聞きながら、俺たち三人は心ゆくまで妻元先生をフクロにし続けたのだった。
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