6-1 くらい闇
(……暗い闇)
(……オレはこころの中に闇を持っている)
(……その闇を……オレはキライだ)
(ハヤトに言われるまま、オレは悪意という【ひとのこころに棲まう闇】を倒すことになった)
(だけど、オレは思う)
(それは、まるで、自分自身を討つようなものじゃないか?)
(ひょっとしたら…………)
(ひょっとしたら、オレは、アリバなんかじゃなく、討たれるべき悪意そのものなんじゃないか?)
(いつか、その闇は制御不能になって、オレ自身を喰らい尽くすんじゃないか?)
(…………だから…………)
「…………スガさん…………!」
(だからオレは…………)
「…………カスガさん…………!」
(『友情』なんてことばを、ことさら口にするのかもしれない)
「ちょっと、カスガさん! 聞いてるの!?」
ナミが、ずっとオレの名前を呼んでいたのに気づいた。
ここはカタギリ家。ハヤトの部屋。前からちょくちょく遊びに来ていたけど、いまのオレたちにとっては、悪意と戦う拠点みたいな場所だ。
「あははー。ゴメンゴメン。聞いてるよー」
「もう。さっきからずっと呼んでるのに! 今日の戦いのときもそうだよねっ。なんかボーッとして、ぜんぜんヤル気が感じられないよねっ」
「んー。ヤル気って言ったってー。コレがオレだもんねー。仕方ないよー」
コウルサイ女だ。
「だけど、みんな頑張ってるのに…………!」
たしかに今日の戦いはなかなかキツかった。逃げ回っていたカムラとヤギハラ、カワハラ以外はみんなボロボロだ。
「ナミ。カスガは、自分の大切なモノに危害がおよばねー限り、ヤル気出さねーと思うぜ?」
ハヤトがフォローするように言った。それでもナミは納得がいかないらしく、グチグチ小言を続けてくる。
「…………わかってる。けど、これからどんどん戦いは厳しくなってくるんだ。だから、もっと真剣になってもらわないと…………ハヤトも、ちゃんと言ってやってよ!」
ぴーぴーうるさいナミにイラッときた。
オレは微笑みながらナミに言った。
「あのさー。そーいうナミは、みんなに戦いを任せるだけで、自分はぜんぜん戦わないよねー?」
「…………!?」
「!?」
「自分は戦わず、タブレット見て指示飛ばすだけのナミに、グチグチ言われたくないよねー。だいたい、オレたちみんな、お金もらってるわけでもないしー、無償奉仕で手伝ってやってるだけだよねー。なのに、文句言われるのって、筋違いじゃないー?」
アハハーと笑いながら言ったら、ナミはグッと言葉を飲み込んだ。
ハヤトがすごい形相でオレをにらんでいた。
「カスガ……それ以上言うんじゃねえ……」
シーン。
とつぜんのオレの言葉とハヤトの怒気に、部屋中静まり返っている。
「なんだよー。女だから戦わなくていいなんておかしいよー。だいたい、エラそうにアリバアリバ言ってるけど、とうのナミ本人は、アリバ持ってないじゃんー」
「……カスガァッ!」
バキッ!
ハヤトの必殺パンチ!
オレは後ろにふっ飛ばされ、本棚にぶち当たった。
「おつつ…………いきなりなにすんだよー」
「俺のことはいくら悪く言っても構わねえ…………けどな、ナミを責めるんじゃねえって、そう言ってんだよ」
押し殺した声でハヤトは言う。
コイツはぶっきらぼうだけど、決して粗暴じゃない。なのに、ナミが絡んだとたん、いきなり殴りかかってきた。
こんなハヤトは初めてだ。それがますますオレのイラだちをつのらせた。
「あははー。けっきょくは力づくー? そんなリーダーじゃ、みんな付いてこないよー? みんなだって、内心は不満なんじゃないのー」
仲間たちはすっかり言葉を飲み込み、信じられないような顔でオレのことを見ていた。
オレは居たたまれなくなって、みなに背を向ける。
「ハーイ。オレは帰るよー。みんなもこんなバカらしいことにいつまでも付き合うことないんじゃないかなー。チョベリバー」
カタギリ家のハヤトの部屋には外へと続く勝手口が付いていて、オレはそのドアから表に出た。
「おい、待て!」と叫ぶハヤト、うつむいて黙ってしまったナミ、呆然とするヤノやコミネ、オロオロする東和高校軍団を後に残して……。
「…………野郎。出やがったなダークな部分が」
ふと、ドアの向こうからハヤトの声が漏れてきた。
オレは思わずその場に立ち止まった。耳を澄ます。
「は、ハヤトがまえにポロッと言ってた、カスガのダークな部分かよお」
「むう。高校からの付き合いであるが、そんなダークサイドを持っていたとは…………このコミネ、知らなかったぞ!」
「アイツはな、ソトヅラがいいぶん、抑えつけてる本性はかなり黒いんだよ」
ハヤトの言葉にオレは驚く。オレのこころの闇を見抜いてた?
「ムホホ。この天才の観察眼でも、カスガさんのそんな一面にはまったく気づきませんでしたよ」
「ふだん温厚なイメージなぶん、ギャップがものすごかったですな」
「…………おれ、少し気づいてた……前に、カスガくんのバイト先に遊びに行ったとき、騒ぐ客のほう見て『ウルさい客は死んでくれないかなー』って笑ってつぶやいてた…………」
「だからって、ナミさんにあんなヒドいこと言うのはおかしいやろ!!」
「ヌヘヘ。ひとってのは見た目にはよらないもんですぜ。あのひと、実はアリバじゃなくて悪意なんじゃないすか」
カムラの鋭いひと言にオレは驚く。
「…………アリバだよ」
ナミの静かな声が、ドアの向こうから聞こえてきた。
「カスガさんは、アリバだ。ぜったいに」
「…………ああ。俺もそう思うぜ」
それ以上、ハヤトとナミの声を聞いていられなくて、オレはその場から走り去った…………。
◆
カタギリ家からの帰り道。
暗い路地をトボトボ歩きながら、オレは激しく自己嫌悪していた。
ナミを責めたこと、ハヤトに放った言葉、仲間たちへの捨て台詞。ぜんぶ後悔していた。
まただ。またオレの中の黒い闇が顔を出した。
いや、今までよりもっとひどい。感情をコントロールできず、自分が自分じゃないみたいだった。
どんどん、ひどくなっている……。
アリバとして、無理して悪意と戦えば戦うほど。自分自身の闇を討つほど。
オレの中の闇は膨らんで、どんどん増大して、そしてやがてオレを……。
「……お悩みのようだね」
ねっとりした声がした。
見ると、不思議な風貌の不気味な男が、いつのまにか闇の中に立っていた。
「誰ですかー?」
「……誰でもいいじゃないか」
細身で無機質な人形のような外見なのに、息苦しいほどの威圧感を漂わせている。どう見てもフツウじゃない。
オレはすぐ逃げようと思った。でもすくんだように身体が動かなかった。
「なんなんですかー?」
「……なんなんだろうね」
男は静かに答えた。身体に悪寒が走った。ヤバイ。本能がそう告げていた。
「自分の中の闇……否定することはないんじゃないか?」
「!!?」
見透かしたような男の言葉にオレは凍りつく。
悪意だ。コイツは悪意なんだ。
「もっと楽に生きろよ。本当の自分を否定して、なんになるんだ? おまえは他の誰かになんてなれないんだ。それとも、誰か、なりたいヤツでも居たのか? 自分の闇を否定してまで、なりたいと憧れる相手が」
ハヤト……。
ハヤトー、助けてくれー。
真っ先にその名前が浮かんだ。でも、さっきあんなにひどいことを言ったオレを、いったい誰が助けてくれるんだろう……?
「私の名前はパペットマスター」
「ぱ、パペットマスター?」
ブウン!
パペットマスターと名乗った男が、風呂敷でも広げるように両手を動かしたその瞬間、目の前が真っ暗になった。声も出せない。
「……フワッハッハッハ! ダークカスガか。コイツは私にとって最高の作品になるだろう!」
気を失う寸前、オレは、身体から無理やり何かを引き剥がされるような感覚とともに、その甲高い笑い声を聞いた……。
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