6-2 疑念大学
「よし。全員集まったな」
……カスガのアホがおかしくなって家から出ていった次の日。
朝イチでセーブカンパニーのスエのところに行ったあと、俺はみんなに招集をかけた。
カスガにも一応メールはしておいた。ここでアイツだけ除外すると余計にムードが悪くなるからな。
と言っても、当分顔出しそうにもねーが……。
「……カスガがまだなようだが」
「アイツはいい。しばらくアタマ冷やしてもらわねーとな」
ピンポーン。
「ん?」
ドアを開けて驚いた。
「いやー。メンゴメンゴー。遅れちゃったー」
そこに立っていたのは……カスガ?
「なにビックリしてんだー? 自分で招集したくせにー」
「……………………」
「あ。ナミ。昨日はゴミンネー。許してチョンマゲー」
「チョンマゲじゃねえだろ! おまえ、よくもオメオメ顔だして……」
「まあまあ。昨日はオレも疲れてたみたいー。今日はちゃんとカツヤクするからさー」
「てめえっ! なにヘラヘラしてやかる!」
思わずカッとなった俺をナミが止めた。
「……い、いいよ。ハヤト。カスガさんもこう言ってるし」
「け、けどよ」
唇をかみながら仲間たちを見る。みんなカスガのあまりに軽い態度に、呆れるというよりどこか怖がっているようだ。
チッ。納得はいかねーが、ここでこれ以上モメても仕方ねえっ。
「え? え? なに? 昨日なんかあったと? ハヤトさん?」
まったく空気を読めてないカワハラを無視し、俺は頭をかきながら、息を吐いた。
「……怒る気にもならねー。まあいいやっ。とりあえず出かけるぞ。悪意退治に行かないとな」
「あー。それでねー。ハヤトとナミに言うことがあったんだー。ここに来る途中、アリバを持っているっぽい人を見かけたんだよー!」
「なんだとっ。マジかよ!? ナミ、どうなんだ!?」
「え。……そんな……そんなはずないよ。アリバはもうみんな集まったし、ボクには何も感じないし……」
「なんか悪意らしき敵に囲まれていたよー。早く助けないとー」
カスガの言葉に俺は慌てる。
「おい、ナミ! 聞いたろ? 悪意とアリバが引き合うってんなら、そのアリバの持ち主は、敵の中に孤立してる状態かもしれねえ! 早く行ってやらねーと!」
「……うむ。正義の使徒を助けにゆくべきであろう!」
「そうだなあ。ひとりで悪意に囲まれるのはぞっとしないぞお」
「東和の乱のとき、おれも孤軍奮闘して大変でしたな。あのときはハヤトさんたちが来てくれたから助かったですな」
「兄貴! そのひと、きっとおれみたいに不安で怯えてるよ!」
「行きましょう! ハヤトさん」
「ムホホ。アリバに目覚めたばかりだとしたら、戸惑っているに違いないですねえ。この天才ですら、すぐには状況がつかめなかったし」
「決まりだな。とにかく行ってみようぜ」
「う、ウン……」
「こっちだよー」
俺たちは、カスガに案内されるまま、真夏の昼の福岡市を駆けた。
◆
カスガに案内されるまま、たどり着いたのは……福海大学?
またここか……。爆弾騒ぎ以来だぜ。
「こっちだよー」
「お、おいっ。待てよ……!」
今日のカスガは変だぜ……妙に強引と言うか……。
けど、昨日の件で反省して、急にヤル気出して張りきってんのかも。
そーいう極端なトコあるからな……コイツは。カラ回りというか……。
「ハヤト……なんかヘン」
ナミが俺のシャツをくいっと引っ張る。
「どうした?」
「この先にアリバの持ち主が居るって話だけど……でもそんなはずは……」
話している間にも、カスガはどんどん先に行ってしまう。
「お、おい待てってば! …………ナミ、とりあえず急ぐぞっ」
夏休みでひとのまばらなキャンパス内を走り、カスガは大学の北西部【文系エリア】へと向かう。
夏の強い日差しに街路樹がキラキラ光っていた。
13人もの大所帯でワラワラ走っていると、先頭のカスガが「こっちー」と有無を言わさず建物に入った。ここは……文系の講義棟?
「お、おい。カスガ。こんなところにアリバが居るのかよっ!?」
まっしぐらに走るカスガの大きな背中に叫ぶ。ここまで全力疾走で、まともに話す余裕さえなかった。
暑い日差しの外から、ひやりとした建物の中に入る。
カスガは階段めがけて廊下を走っていく。
突然悲鳴が上がった。見ると、目の赤い大学生の男女が、正気の学生相手に襲いかかるところだった。
「…………は、ハヤト! あ、悪意だ!」
ハアハアと荒い息混じりにナミが叫ぶ。
「出やがったな!」
すぐに臨戦態勢になる俺。が、カスガが妙に慌てた声で言った。
「ハヤトー。アリバの持ち主もきっと上で襲われてるよー。急がないとー」
「チッ。忙しいこったな!」
俺はすぐに判断をくだした。
「仕方ねえ! ヤノ、シンジロー、クリハラ! ここは任せるぜっ」
「ったく。ひと使い荒いぞおっ」
「うん、わかったよ兄貴!」
「ムホホ。天才にはうってつけのトレーニングですねえ」
三人を離脱させ、俺たちはカスガの後をついて二階へ向かう!
「うっ」
そこには、一階よりもさらに多い悪意がひしめいていた!
「ここもかよっ」
「ハヤトー。先に行くよー」
カスガは炎の張り手で敵をなぎ倒し、勝手に先に進む。
見ると、ここにもまだ正気の学生が数人居た。
くそっ。放っておくわけにはいかねえかっ。
「コミネ、シモカワ、カワハラ! ここ頼めるか?」
「心得たぞ、戦友《とも》よ! ゆくぞっ。シモカワ! モヨハラ!」
「はい!」
「カワハラっす」
三人を残し、俺たちは階段で三階へと駆け上がる。
ふと横を見ると、ナミはフラフラで、なんとかついてきているって感じだった。ここまで走り詰めだもんな…。
「ナミっ。大丈夫か……?」
「……………………」
真っ赤な顔で、ナミは何か言いたそうに口をパクパク。
そうこうしているうちに、文系棟三階へ着いた。このあたりは法学部の講義があるから、俺もよく来る場所だ。
そしてここでも教授が悪意に襲われていた。
「ハヤトー。アリバはこの上だよー」
カスガが屋上を指す。ふとそこで違和感を覚えた。
なにかがおかしい。なにかが引っかかる。ここに来る前、カスガはなんて言ってた…?
「オワアーーー」
とつじょオッサンの悲鳴が聞こえてきた。
見ると、悪意に憑依された学生たちが、年配の教授に襲いかかるところだった。厳しいと評判の偏屈教授で、思わず見捨てたくなったが、目が合ってしまった。
「お、オイっ。そこのキミィ。見覚えあるぞ! 法学部の学生だなっ。助けなさい!」
チッ。顔見られたからには、見捨てたらあとあと面倒なことになりそうだぜ……。
「ハヤトー。アリバを助けないとー」
しかしこの期に及んで、先を急ごうとするカスガ。
「は、は、はやとっ。おかしいよっ。ぜったいへんだよっ」
……そうだ。たしかにおかしいぜ。カスガはこう言っていたはず……。
『ここに来る途中、アリバを持っているっぽい人を見かけたんだー!』
そしてこうも言っていた。
『なんか悪意らしき敵に囲まれていたよー。早く助けないとー』
大学の屋上なんて、来る途中にたまたま通りかかる場所か?
しかも、悪意に囲まれていた?
どう考えても、今の状況に対して不自然じゃねえかっ。
思わずカスガを見る。
「……どういうことだよ、カスガ」
「ハヤトー。信じてくれー。ホントに上にアリバが居るんだー」
「は、ハヤト! ボクの話も聞いて! ……そ、そんなはずないんだ。だって……アリバはハヤトたちしか居ないはずで……」
「……どうしてナミがそんなことわかるんだー?」
カスガがナミをじっと見た。無表情だったが、角度のせいか、その顔は不気味に微笑んでいるようにも見えた。
「……ナミって、もしかして……敵のスパイー……?」
「!!?」
息を呑んで硬直するナミ。
そこでまたしても、「オワワワアアァァー」という悲鳴。
見ると、嫌われ者の教授に悪意の学生がワラワラたかっていた。
「くそっ。この忙しいときにっ!」
仲間たちを見る。が、ササハラとカムラの姿はなく、そこにはヨシオとヤギハラしか居なかった!
「あ? アイツらどこ行った!?」
「気づいたら居ませんでしたな」
くそ。カムラの野郎、ドサクサにまぎれて逃げやがったな……。
ササハラも、狭い場所での乱戦ということで、足手まといにならないよう離脱したのだろう。
「……とりあえずハヤトさんっ。ここはおれとヤギちゃんに任せるですなっ」
ヨシオが、全身からピリピリ電波を発しながら、頼もしいことを言った。
「……すまねえ。頼めるか?」
三属性を使えるヨシオなら、ヤギハラと二人だけでもなんとか大丈夫だろう。
「にぎゃっ……また勝手にそんな…」
「くそっ。今はとにかく上だ!」
俺は、ナミとカスガを引き連れ、屋上への最後の階段を駆け登った!
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