3-6 情熱の火唱シモカワ
放送室に近づけば近づくほど、悪意の生徒の数も強さも増していった。
ヨシオ・クリハラと協力してそんな生徒たちと戦いながら、おれは、どうしてシモカワがこんなふうになってしまったかを考えていた。
『残念ながら東和はレベルが高くない。学歴が誇れるような高校じゃない』
生徒会長選に出馬すると決めたとき、シモカワはおれに言ったんだ。
……でも、とシモカワは瞳の中に炎を宿らせて続けた。
『高校という場所で手に入るものは、知識とか学歴とかだけじゃないはず。僕は、東和高校を巣立った卒業生が、「東和で青春を過ごしたこと」を誇れるような……そんな高校にしたいんだ』
『そうだな! おれも第一志望の公立に落っこちて入学した東和だけど、ここで、おまえとかヨシオとかヤギハラとかの友達と出会えたんだもんな! クリハラやカムラなんかの昔からの友達とも一緒に過ごせてる! おれは東和高校、好きだぞ!』
『そうだ。シンジロー。僕は、生徒みんなが「東和を好き」と言える高校に変えてみせる!』
『「東和革命」ってとこか! おれも応援するぞ!』
……誰よりも東和高校を愛するシモカワが、なんで悪意なんかに取り込まれて、学校をメチャクチャにしてしまったんだよ……。
◆
放送室の前には、まるでシモカワを守る親衛隊のように、各部活動のエース格の生徒が陣取っていた。
そして、その真ん中には……物憂げな顔で椅子に座ってうつむくシモカワの姿!
「ムホホホ。居た居た。ちょっと美形だからって、この天才よりも人気があるのは許せませんねえ……いい機会だ。ぶっ潰してやる!」
「待ってくれクリハラ。ナミさんによると、おまえの風属性は火属性に弱いらしい。おれにはわかる……あの情熱の申し子みたいなシモカワはきっと火属性だ!」
「ムホホ。まったくもっていまいましいっ。なら、電波使いのヨシオさん、氷属性であのイケメン面をズタズタに……」
「それもダメだ。兄貴はシモカワを『倒せ』とは言わなかった。『目覚めさせろ』って言ったんだ。それにナミさんも、『想いをぶつけろ』って……」
「……シモカワとシンジローには、おれたちの立ち入れない、特別な何かがありますな? だったら、シンジローに任せますな。まわりの悪意はおれとクリリンに任せますな?」
「サンキュー、ヨシオ!」
ヨシオとクリハラに親衛隊を任せ、おれはシモカワに肉薄した!
「シモカワ!」
「シンジローじゃないか。ずっとおまえを探してたんだ。さあ。早く悪意に目覚めて僕と東和を支配しよう」
「残念ながら、おれはもうアリバに目覚めちゃったもんね!」
「アリバ……だと? どうしてだ? 生徒会長選挙のときは手伝ってくれたじゃないか。おまえは僕の右腕としていつもついてきてくれたじゃないか……」
「あのときは東和をいい方向に変えようと、おまえも必死だったからな! だけど今はどうだよ! これがおまえの望んだ東和革命か……!?」
「生徒会長として、言うことを聞かない生徒、やる気のない教師、文句しか言わない父兄との間で板挟みされているうちに、気づいたんだよ」
シモカワはスッと立ち上がった。
目がらんらんと赤く輝き、どす黒い火炎が全身から巻き上がる!
「生徒たちの思考を奪い、みんな画一化してしまえば、『東和革命』も実現しやすくなるってね……!」
「それは革命じゃない! 独裁者の考えかただ!」
「……残念だよ、シンジロー。もっと利口なやつかと思っていた」
「残念だったな! おれはバカなんだ! バカだから、おまえに全力でぶつかってやるぞ!」
MOVIE【タイマンモード2】
叫びながらおれはシモカワ目がけて走った。
想いをぶつけるように!
「東和を変えるって言ったおまえはどこへ行ったああああああ!」ボガッ!
「力づくでしか変わらないものもあるんだ!」シュガッ!
「力で押さえられた生徒が、東和を誇りになんて思えるかよ!」グバァッ!
「上に立つ者には責任があるんだ!」ジャギッ!
「自分ひとりでそこまで行ったみたいに言うな! 生徒たちに選ばれたからこそ、おまえは上に立っていられるんだぞ!」ゴンッ!
「その生徒たちも必ず僕に感謝するようになる!」キシャーンッ!
「こんな東和を誰が好きになれるんだ!」ズビシッ!
「それはおまえが悪意に染まっていないからだ! 僕がおまえを悪意に染めてやる!」ズショッ!
「おまえこそ目覚めろ! おまえはアリバだああああああ!」モガッ!
おれたちは、炎をまき散らせながら激しく殴り合った。
小柄なシモカワに比べ、体格はおれのほうがいいけれど、力はほとんど互角だった。あとは気力の勝負だ!
それからもおれたちは互いの意地と主張と情熱をぶつけ合った。
お互い、もうボロボロだった。
顔も、身体も、服も、焦げたようにススまみれになっていた。
「……し、シモカワ……なんで、おれを狙った……? シンジローを捕らえよって」ガッ。
「そ、それは……おまえと……一緒に居たかったから……」ザッ。
「……おれはいつだっておまえについていくよ……けど、それは……おまえが正しい道に進むなら、だ」ペコっ。
「……………………」
「おまえは……やっぱりアリバだよ……殴り合ってわかった。ふだんのおまえのほうがずっとずっと強い。いまのおまえは弱い!」
「な、なにを……」
「だから、これで決めるぞ!」
おれは身体に残った最後のエネルギーを爆発させて、叫んだ!
「ねえええええっっっっけえつつつぅぅぅぅぅぅ!」
ぼかーん! 目の奥が赤く熱く爆ぜる!
「やあってやるぜえええええ! 食らえオラぁ! おれの渾身の超熱血技!」
全身が火のカタマリになったようだった。おれは無意識にその技の名を叫んでいた。おれのレベル3必殺技【バーニングシンジロー】!
「バぁぁぁぁぁニぃぃぃぃングぅぅぅぅぅシンジロおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
全身に火炎をまといながら、おれは親友めがけて渾身の体当たり!
火炎が収まったとき、
ブスブスと煙を上げる放送室の前には、気を失って倒れたシモカワの姿があった。
◆
「こっちも片付きましたな」
「ムホホ。天才には朝飯前ですねえ」
戦いを終えたヨシオとクリハラもそばに来る。
「……ん、んん……」
「シモカワ! しっかりしろ! 大丈夫かっ」
「シンジロー? 僕は? ここは……?」
長い眠りから覚めたような顔でシモカワが頭を振った。
「うっ。なんだ? この学校の騒々しさは!? しかも、生徒が大勢倒れてるじゃないか! 熱中症か!? 食中毒か!? シンジロー! 副生徒会長ともあろう者がなにをボケッとしてる! はやくみんなを救助しないと……」
「シモカワ……おまえ、何も覚えていないのか……?」
そして、おれたちはシモカワにすべてを話した。
何も包み隠さず、ありのままを告げた。
シモカワという男にはそれがいいと思ったから。
「……な、なんてことだ……」
シモカワは絶望のどん底だった。自分の愛した高校を、生徒たちを、自分が傷つけ苦しめたのだから無理もない。
おおおおお、とシモカワは綺麗な顔を歪めて嗚咽した。
「……ぼ、ぼくは……なんてことをしてしまったんだ……会長失格だ……なにが東和革命だ……なにが生徒が誇れる高校に、だ……」
ははは、と涙を落して自嘲するように笑うシモカワ。
「……ここからじゃないか?」
「え?」
「おれたちの東和革命をなすのは、今じゃないか?」
「シンジロー……?」
「おまえの『声』で生徒たちは我を忘れた。だから、もう一度、おまえの声で生徒に語り掛けるんだ。今度こそ、この学校に平和をもたらすんだ!」
「僕が……か?」
「ほかにだれがやるんだよ! 生徒会長サマよお!?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
シモカワが吠えた! 立ち上がる火炎の柱! 目覚めるアリバ! そしてオンになるシモカワの『情熱スイッチ!』
「オレやってやるけんなあああああああ! 東和に革命を起こしちゃるけんなあああああああ!!!」
「あ、熱チチッ! ムホホ。急に博多弁になったぞ?」
「入りましたな。シモカワの情熱スイッチが!」
「シモカワ! おまえいつのまにかアリバに目覚めてるぞ!」
「あったりまえやんか! オレやぞ!? 全校生徒に号令かけて、起こすぞ今こそ!」
「「東和革命!!」」
おれとシモカワはふたりでガッツポーズをとりながら、放送室へと駆けこんだ!
「ムホホ。東和革命か。センスは悪いが、その勢いだけはこの天才も認めざるをえない」
「懐かしいですな。ああやって、アイツらは選挙に圧勝したんですな」
放送室に飛び込むなり、おれたちはすぐに全校放送のスタンバイ。
「シンジロー! 準備はよかかーーーー!?」
「オウヨッ! 校内放送すべて準備よしッ! 隣の筑紫丘高校まで響き渡るほどのフルボリュームよっ!」
放送室のマイクを握りしめ、シモカワは叫んだ。
おれはいまはっきりと、シモカワのアリバが声に宿るのを感じていた!
『生徒諸君よ! 会長のシモカワです。さきほどまでのわたしの放送にミスがあったことを深くお詫び申し上げる! 敵は悪意! ひとの心に棲まう闇! だが、心配はいらない! いま、校内で戦っている生徒たちが何人か居る! この放送を聞いた生徒は、彼らの元に集え! 体育会系の部活動の生徒は日ごろ鍛えた成果を見せるときだ! 男子生徒は女生徒を守れ! 女生徒も自分の持てる力で立ち上がれ! 全員落ち着いて行動するんだ! 正気を失った生徒もただ操られているだけだ! 今こそ、みんなで東和革命を起こすときだ!』
マイクを握るシモカワが、燃える瞳でおれを見た。
おれもまた、マイクにかじりつき、シモカワと同時に叫んだ!
「「オレたちの高校は……オレたち自身が守る!」」
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