森家ファイト__ver1

1-13 夕暮れのエピローグ

風景 (14)


 眠るように気を失ったマユを抱いて、半壊した遊園地の、まだかろうじて形を保っているベンチに連れていった。

 あたりは、巨大な竜巻でも通り過ぎたあとみたいにめちゃくちゃだ。

    こりゃしばらく営業は無理だろうな……。 

 ベンチに座ったナミが、柔らかそうな太ももを閉じて、マユを膝枕していた。


 優しい面持ちで、マユの汚れた顔を拭い、髪を梳く。

 ……そういや、鴻巣山で、俺にもこんな風にしてくれたんだっけな。


「…………ん」


 やがて、かすかな吐息と共に、マユが大きな瞳を開いた。


キャラ (1)

「マユ。大丈夫か?」


キャラ (10)

「……おにい……ちゃん? ……おねえちゃん……?」


キャラ (1)

「よかった。気がついた?」

 ナミが優しく微笑んだ。

「……あれ……? マユ、どうしたの……? なんでこんなところで……」




 マユは夢うつつのまま身を起こした。

 ベンチにナミと隣り合って座る。

 俺は、マユの目の高さまでかがんで、声を掛けた。


「なにも覚えてないのか?」


「おにーちゃんとハピネスでわかれてから……アピロスにむかってたら、なんだかすごくサビシクなっちゃって、そこからキオクがないの……」



「……きっとそのときだよ」


 ナミが俺にだけ聞こえるようにささやいた。


「……ナミ。悪い。ちょっとマユとふたりで話、させてくれねえか?」


「……………………」


 冷たい目でジロリとにらまれた。

 戦闘中は、俺への態度も変わって、まるでパートナーのように接してくれてたのに……

 終わったら、もう元のツンケンな態度かよ。

「ふん。好きにすれば?」

 ナミは少し離れた街路樹にクールにもたれかかった。

 俺はナミと入れ替わるように、マユの隣に腰掛けた。

 よく見るとマユは小刻みに震えている。

 震える小さな手を握った。


「ごめんな。俺は、もっとマユの話を聞いてあげるべきだったんだ」


「……おにーちゃん……」


「聞かせてくれるか? マユの話を」


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 ……そうしてマユは聞かせてくれた。

 両親が離婚し、マユをどっちが引き取るかで夫婦がモメたこと。

 父親は女と一緒に出ていったこと。

 結局引き取ることになった母親が、仕事で大変だからって、マユを邪魔もの扱いしたこと。

 そのせいで、自分の存在が他人の邪魔になると怯えたマユが、うまく笑えなくなったこと。

 そんなマユを、学校の同級生たちは「ロボット」と言ってバカにしたこと。


「ずっとひとりで、寂しかったんだな。いっぱい我慢してたんだな。辛かったな……」


 俺はマユの頭をポンポンと撫でた。

「………おにーちゃん……。おにいちゃーーーん!!」

 マユは突然俺の身体にしがみついて号泣し始めた。


キャラ (10)

「マユ、ひとりぼっちで、じゃまもので、だれもマユのことわかってくれなくて!!」


 ダムが決壊したかのようにマユは泣く。

 今までずっとこらえてきたんだろう。

 ふと街路樹のナミのほうを見ると、ハンドタオルで目頭を押さえていた。

 俺の視線に気づくと、慌ててぷいっと顔を背ける。


「……ウチもな。お父さんとお母さんが大ゲンカしてた時があったんだ。だから、マユがどれだけ辛かったかよくわかるよ」


「……おにいちゃんも……同じ……」


「実は俺には弟が居るんだ」


シン立ち絵 (3)


「お兄ちゃんって、本物のお兄ちゃんなの!?」

「はは。そうだよ。んでな、俺も辛かったけど、ソイツはもっと辛そうだった。……だから、俺は『ツライ』なんて言うわけにはいかなかったんだ」

「………………」

「コイツのためにも、弱いとこは見せられないって思った」

「……お兄ちゃん」


キャラ (1)

……自分のためには頑張れなくても、誰かのためにならけっこう頑張れるもんさ


「……だれかのため……?」


「マユ……。俺のために、頑張れないか?」

「………………」

 マユは両手の拳でグシグシ目をこすった。

「……うん……やってみる。お兄ちゃんのためにも、もうツライなんていわない」

 マユは健気に笑うと、ぴょんと元気にベンチから立ち上がった。



「おにーちゃん」


「うん?」


「マユね……ねむってたとき、ユメをみたの。すごくこわいユメ」

「……ああ」

「……風の妖精が、バケモノみたいになって、世界中をコワして、たくさんの人たちを傷つける……そんなユメ……」


メインキャラ (12)

「……断片的な記憶が残ってるのかも……ね」


 いつのまにかそばに来たナミが、そっとささやく。


「でも、風の妖精にさらわれたマユをね、誰かが助けてくれたんだよ。………あれ、おにーちゃんだったような気がする……」


「はは。そいつは光栄だな。夢とはいえ、な」

「えへへ。……ホントにゆめだったのかなあ」


「……夢さ。ぜんぶ、悪い夢だよ」


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 マユは、頬を染めながら俺の腕に力強くしがみついた。

「ありがとう。あれがゆめだったのか、ほんとうのことかはわからないけど、おにーちゃんが来てくれたことはホントのことだもん。マユ、今日のこと、ゼッタイに忘れないよ」

 決意に満ちた顔で俺を見上げる。


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「……いつか。いつか、おにーちゃんが大ピンチのときは……マユが、ゼッタイに助けてあげるからね……」


pナミ

「ハヤト」


 沈みかけた太陽をバックに。ナミが俺の名を呼んだ。

「あのとき……ハヤトが痴漢行為を働いたとき」

 それ、もしかして俺がマユを抱きしめたときのことか? なんて表現しやがる……。

「あの時点で、『あの子』はレベル4の必殺技【メイルシュトローム】をすでに覚醒させていた」


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 ナミは、いつのまにか出したタブレットを見ながら、言葉を繋いだ。

「威力255。命中精度100%。使った本人ごと、このアピロスの遊園地を壊滅させられるほどの、最強の悪意にふさわしい、超威力の技だった。でも」

 ナミは、子猫のように俺にしがみついたままのマユをじっと見る。


「……あの子は使わなかった。使う気配すら見せなかった。ただ、じっとして、ハヤトのされるがままになっていた。……なんで?」


「おまえにわからないことを、俺にわかるわけねーだろ?」


 ここ数時間の出来事はあまりに情報過多で、俺の脳みそはパニックを起こしてるぞ。

「ハヤト、あの時、悪意を"倒す"んじゃない。"救うんだ"って言ったね」

「え? おれ、そんな事言ったっけ?」


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「そして本当にあの子は救われた。予想もしなかったカタチで」

「予想?」

「こんな展開は誰も想定してなかったよ」


「展開? 想定? ナミ……お前は何を知ってる!? 悪意ってなんなんだ!」


イレギュラーが生じた。シナリオが、予想もしない方向に進み始めた。これなら……変えられるかもしれない


 答えになってねえ。聞いてやしねえ。

「『誰かのためになら頑張れる』……だって」

 俺がマユに言った言葉か? ふ、不覚……。聞かれてやがった。

 マユ相手なら平気だったのに、ナミだと無性に恥ずかしいぜ……。

 けれど、ナミは真剣な表情で、茶化してる感じはまったくない。


キャラ (1)

「とにかく。おつかれさまでした」


 そう言って、スカートのポケットから取り出したレッツ・プルを渡してくれた。

    それは、ナミの体温で少しぬるくなっていた。


キャラ (1)

「お、おう。サンクス」


 ごきゅっと一気に飲み干す。そういや、俺、自分がボロボロだって忘れてた。HPもたぶんギリだったはずだ。

「……そんなハヤトなら……」

 ナミが夕日に向かってぽつりとつぶやいた。

 巨大な太陽は地表に沈む寸前だ。


「……すべてを、ひっくり返せるかもしれない」


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 踊るようにくるっと俺に背を向けたナミの言葉は、オレンジ色の光に溶けて、よく聞こえなかった。

 ナミは、唐突にこっちを振り返った。

 そして、力を込めて言った。


「敵は悪意。……人の心に棲まう闇」


 その表情は……逆光で見えない。

 もう何度聞いたかわからない、そのフレーズ。

「立ち向かうはアリバ。心の力、アリバ……!」


「…………アリバ……」


「いま、この街が、福岡市が、悪意によって侵略されようとしている。ボクの使命は、悪意と対抗できるだけのアリバを持つ戦士を探すこと。そして、アリバと共に、悪意に立ち向かうこと」


「戦士……」


「どうやら、ハヤトがその最初のひとりみたい……。ウソみたいだけどね」

「俺が……」

 口を開きかけた瞬間、『ウーーーーー』とあまり聞きたくないサイレンが遠くから聞こえてきた。

「ゲッ!? この騒ぎで警察が来やがった!」

 冗談みたいな数のパトがアピロスの周囲を取り囲み始めてやがる!


pハヤト

「お、俺、防火シャッター何枚もぶち破ったぞ!? しかもエレベーター落下させたし!」


pナミ

「罪もない一般人をぶっ飛ばしたり、小学生の女の子にセクハラもしてたよ!」


 セクハラはともかく、このアピロスの惨状、どさくさに紛れて全部俺のせいにされかねん!


「ナミ! マユ! とりあえず非常出口から逃げるぞ!」


「らじゃー!」


「え? ちょッ……」


 問答無用でマユとナミを両脇に抱きかかえ、非常階段を駆け下りる!

 女の子とはいえふたりを軽々と抱えられるのも、アリバの力か。


「どさくさに紛れてドコ触ってんだー!」


e_23_boss_23_リン

「うっわーい! はっやーい!」


 やっとナミが核心めいた事を話し始めてくれたが、今はそれどころじゃねえ! 法学部の学生が逮捕されてたまるかっ。

 俺たちは夕闇迫る野間の住宅地を走り、アピロスを後にした。

 そして、元気に手を振るマユと別れ、家路についたのだった。


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 ……199X年7月22日。

 こうして俺たちの最初の事件が終わった。

 それは、俺と、ナミと、悪意と、アリバと、福岡市と、11人の仲間たちをめぐる、

 長い長い物語の、最初の一ページに過ぎなかった。

 ……夏が始まろうとしていた。

 その裏で、とてつもなく大きな陰謀が、着々と進行していた。

 ……なのに俺は浮かれていたのだ。

    マンガの主人公にでもなった気分で。

 ちゃんと冷静に考えるべきだったのに。

 もっと注意深く、慎重になるべきだったのに。

 なんの変哲もない平凡な大学生である俺が、どうして主人公として選ばれたのかを。

 俺に、そんな器があったのかを。その理由を。


 ナミを失った今……

 激しい後悔と共に、はじまりのこの日を振り返る。

 俺は、どこで選択肢を間違えた? 

 どうすればナミを助けられていた?

 俺ならば運命を変えられると……

 すべてをひっくり返せるかもしれないと……

 ナミは信じてくれたのに、

    俺はその期待に応えられなかったのだ。

 このあと、最悪な形で、この物語はラストを迎えることになる。

 だが、それはまだ先の話。

 

 とにかく、この時の俺は、ただ、浮かれていたのだ。

 ……この俺を「偽りの主人公」とした、

【福岡ファイト】という、

「仕組まれた物語」の始まりに……。



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プロローグ2 (28)


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