11-6 クリハラ10番勝負!6
仲間全員とのガチ・スパーリング『クリハラ10番勝負』……
五人と戦い、0勝5敗と全敗だ……。おまけにここから先は、クリハラ・ランキングAランク以上の強者との戦い……。
「クリハラくん。いい調子だよ。クリハラくんのアリバ、どんどん高まってきてる」
インターバル。回復ドリンクを差し出してくれながら、ナミさんが言った。
「……いい調子? だっておれ、無様に負けてばかりで……」
「負けて得られるものだってきっとある。失礼な言い方に聞こえたらゴメン。でも、とくにクリハラくんは、負けたほうが多くのものを得られるタイプなんじゃないかな」
「ナミさん…………」
その言葉は、どんな泣きゲーのテキストよりも、おれのこころにウルッと響いた。
「そろそろ再開するぞ。クリハラ、次は誰に挑む?」
「……ヤノさん! 胸を貸してくださいっ」
「おーう。オレの番かあ? ったく。しょうがない。貸してやるぞお」
広場中央で相対したヤノさんは、じっさい、とてつもない存在感だった。
味方として悪意と戦っているとき、この頼もしい巨体が、おれたちをどれだけ力づけていたかを思い知る……。
「では後半戦だ。クリハラ10番勝負第六番。開始っ!」
ヤノさんの攻撃力はハンパじゃない。ガードなんて無意味だろう。だがその攻撃は、大ぶりで動きも遅い。
ここは引きつけてのカウンター狙いだっ。
……だが、意外にもヤノさんは、脇を締めたコンパクトな構えから、小刻みなパンチを繰り出してきた!?
「フンガッ……なんて言うと思うかあっ!?」
軽く振られたスピーディーなパンチに虚をつかれ、カウンターは不発に終わった。
ガッガッガッ!
鉄球を連続でぶつけられるようなショックで脳みそが揺れるッ……。ジャブみたいな牽制のパンチだろうに、なんだこの重さと威力はッ!
「くうううっ」
たまらずガードを固める。
ヤノさんにとってはジャブでも、その威力は並の人間の渾身のストレートより強力だっ。こんなの食らってたら、あっという間に気絶してしまう!
だが、おれがガードを固めて足を止めた瞬間……
「フンガッ」
ガッと両肩をつかまれ、全身が無重力状態のような浮遊感に襲われた。
これは……投げッ!?
と思った瞬間には、おれの全身は地面に叩きつけられていた……。
「一本! 勝者ヤノ!」
全身の骨がバラバラになったような衝撃……。
完全に予想外だった。メモには「鈍重さと切れ味の鈍さがネック」だなんて偉そうなことを書いていたのに、テクニカルな戦いで完全にやられた……。
「クリハラよう」
ヤノさんがおれを助け起こしながら優しく言った。
「動物園でサユリと格闘ゲーム戦したとき、オレの身体をササハラが操作してよお。オレ自身も知らなかった、オレの上手な使い方を学んだんだ。きっとこのクリハラ10番勝負で、お前も何かつかめるはずだぞお」
「……ヤノさん……ありがとうございます!」
自分の中で何かが変わりつつあるのを感じる……。
この情熱が冷めないうちにもっとガンガン戦いたいっ。
「つぎ! シモカワ! お願いします!」
Aランク・シモカワ。甘いマスクと明るいキャラで、みんなに好かれるリア充野郎……。
まったく気に食わないヤツだが、コイツはこの夏休み、アリバの戦いの日々の中で、あるときいきなり強くなった。
そのきっかけが知りたい……!
「シモカワ……どうしておまえは急に強くなれたんだ……? その……よかったら、おれに教えてくれないか……」
「……クリハラ。おまえ、僕のこと、キライじゃなかったのか?」
「正直、合わないとは思ってる。それをキライだと言うんなら、おれはおまえがキライかもしれない……」
「……………………」
「……だけど、おれたちは福岡ファイターの仲間だっ。だから、おれが強くなるために、シモカワの力を貸して欲しい。どうしておまえが強くなれたのか、教えて欲しいんだ……このとおりだっ」
おれは深々と頭を下げた。
シモカワはじっとおれを見る。
腹立たしいほど美しい顔だが、その中には不思議な憂いを感じる。この夏で、シモカワは急に大人になった気がする……。
「……好きな子が居たんだ……」
シモカワがささやくように言った。
「……だけど、僕はその子を守ってやれなかった。弱かったから。だから、強くなるって誓ったんだ」
「………………シモカワ……」
おれはそこで、シモカワが味わい、乗り越えようとしている悲しみに気づいた。それがシモカワを強くした。強くなって当然だったのだ。
「10番勝負第七番! シモカワ対クリハラ。はじめっ!」
そしてシモカワとのスパーリング。
当然のことながら、おれはシモカワの炎に、手も足も出なかった。
だけど、シモカワの強さに触れるほど、そのアリバを全身に受けるほど、シモカワが乗り越えたものの大きさを感じずには居られなかった……。
『フフフ……女子よ。男の強さには、いろいろあるのだぞ……?』
……高宮八幡宮でハズキたちと出会ったとき、コミネさんが口にしていた言葉。強さにはいろいろな種類がある。
おれにも、おぼろげながら、その意味がわかり始めている……。
おれの中でなにかが吹っ切れていた。
おれなんかまだまだだ。コミネさんの言う通りだった。クリハラ10番勝負は負けるための戦い……。
ランキング最下位は、おれだ。
その事実を受け入れたとたん、気持ちがスッキリした。一番下なら、あとは登っていけばいい!
「そこまで! 勝者シモカワ!」
おれは地面から起き上がりながら、シモカワに頭を下げた。
「ありがとうございました!」
くすぐったそうな顔のシモカワ。
そして、おれは次の相手を指名する。
「ヤギちゃん! つぎの相手、お願いします!」
「拙者の番でゴザルか。クリハラ……なんだか、スッキリしたいい顔になったでゴザルな。これは気を引き締めねば」
「よし。クリハラ10番勝負もいよいよ佳境……第八番、はじめるぞっ」
おれにとってはるか上の存在……Sランク・ヤギハラ。
そんなヤギちゃんもまた、シモカワ同様、ある日を境にとつぜん強くなった。
くわしくは聞いていないが、きっとそれだけのキッカケがあったのだろう。今ならわかる。
……開き直れたからか、事前に必死で研究したからか、意外にもおれは最強クラスのヤギハラ相手に善戦した。
ヤギハラの必殺剣・夜羽の剣……。
【水の太刀】旋風水馬斬りは、滑るように疾駆して連続で剣撃を見舞う技。だが、一発一発の威力はそれほどでもない。しっかりとガードを固めて致命打を避ければ耐えられるっ。
【空の太刀】疾風蜻蛉突きは、ジャンプして鋭く急降下する突き。だが、空中での方向転換はできないから、引きつけて大きく動けばかわせる!
そして【舞の太刀】蝶舞裂風斬……。アリバを爆発させ、激しい乱舞を叩き込む必殺奥義。だが、発動直前『溜め』の時間が一瞬ある。その瞬間を見逃さず、おれはクリンチでヤギハラに抱きつき、その出を潰した……!
「む、ムウ……やるでゴザルな、クリハラ!」
「……ハアッ……ハアッ……こっちも……必死ですからねえ……!」
その攻防に、まわりのギャラリーのメンバーたちも大いに湧き上がる。
「……ならば見せよう。イオリさんが目指した夜羽の剣の到達点。拙者もいまだ習得できておらぬが、いまこの瞬間こそ、試すにふさわしい」
ヤギハラもまだ習得できていない未完の技……? ゴクリとつばを飲み込み、おれはしっかりガードを固める。見てみたい!
「ムホホホ。いいですねえ。実にいいですねえ。ヤギハラ! おれがその実験台になってやる!」
「よくぞ言ってくれた。参るッ」
ヤギハラが竹刀の切っ先をおれに向けたその瞬間……ブンッとヤギハラの身体が霞み、目の前に緑の閃光が輝いた!
気がつくと、おれは神社の地面に転がっていた。痛みはない。
「……いじょうぶか? クリハラ」
コミネさんがおれを抱き起こしてくれた。いったいなにが……
見ると、ヤギハラも力を使い切ったようにガックリひざをついている。
「数分ほど気を失っていたのだ」
コミネさんの声に驚く。食らったことすら気づかない剣撃……これがヤギハラの未完の究極剣……。
「……夜羽の剣【輝の太刀】『一閃』……おぼろげながら、輪郭が見えてきたでゴザル……これもクリハラ10番勝負のおかげ」
「ありがとうございました……!」
ヤギハラとガッチリ握手する。
「さあ。いよいよ第九番だな。次は誰だ?」
そう言うコミネさんに、おれは深々と一礼して……
「コミネさん。どうかおれと戦ってくださいッ!」
「……フフフ。ついにこのときが来たな。クリハラ10番勝負第九番。審判などもはや不要! クリハラよ。おまえのすべてを、このコミネにぶつけてみせろっ!」
クリハラ・ランキング一位。SSクラスのコミネさん……。
「ホウアチャオッ! 正義のコミネ神拳、見せてやろう……!」
福岡ファイターの戦闘の要にして、まだ未熟な東和高校生軍団を、陰ながらずっと守ってきてくれた、心優しい兄貴分……。
「フフフ。やるではないかっ。相手の攻撃をちゃんと見て冷静にさばいているなっ。毎朝の鍛錬も無駄ではなかったようだ!」
……毎朝毎朝コミネさんはおれのためにトレーニングに付き合ってくれた……。
「オアタッ! アタタタタ!」
おれは、福岡ファイターの誰よりもコミネさんに憧れたのだ。
その巌のような強さに。
決して曲がらぬ信念に。
そして、心から仲間を想う、その純粋さに。
「どうした! おまえの力はそんなものではあるまい!? どんどん攻めてこいっ。遠慮は無用だ!」
……コミネさんがおれのために発案してくれた、このクリハラ10番勝負のおかげで、おれは仲間たちの素晴らしさと、自分の矮小さに気づけた。さまざまな強さの有り様がわかった。
「うぬう……! いまのコンビネーションは効いたぞっ。その呼吸を忘れるなっ」
おれは一心不乱にコミネさんにパンチを繰り出した。
朝の高宮八幡宮で、コミネさん相手に毎日何百何千と繰り返してきたコンビネーションを。限りない感謝とともに!
「フッ……すっかりふたりの世界だな……」
どのくらい経っただろう。実はそれほど経ってはいないかもしれない。
永遠のように感じられたおれとコミネさんとのスパーリングも、ついに終わりが訪れた。
手抜きとは違う、おれが一番力が出せる状態までもっていってくれたコミネさんがついに本気を出したとき、決着はあっさり着いた。
「…………ハアッ…………ハアッ…………ハアッ。どうやらおれの負けのようです…………」
「……フフフ……このコミネ、死力を尽くさせてもらったぞ……」
「……ムホホ……こ、光栄ですねえ……さあ、コミネさん……トドメを……」
「……強く、なったな……クリハラよ」
「……おれなんて……まだまだですねえ……でも……コミネさんのおかげです……」
そしてコミネさんの全力の『コミネ神拳百烈拳』が繰り出されたとき、おれは地面に突っ伏していた……。
「……いい勝負だったよ。ボク、なんだか熱くなっちゃった」
「とはいえ、これで決着だな。九番勝負はコミネの勝ちだ」
「あ、もう九番めだったのか……。あれ? てことは、10番勝負の最後の相手って……?」
「……同門対決ってわけだ! なあ、クリハラ!」
「………………………………」
クリハラ10番勝負。最後の相手……。
おれたち福岡ファイターのリーダー。そして、厳冬流の兄弟子でもある無敗の白帯。
おれはあえて最後の相手をハヤトさんに選んだ。
なんとなく……なんとなくだけど、ハヤトさんと戦い、これを乗り越えれば……
おれにとって大切ななにかを見つけられるような、そんな気がする……。
アリバに目覚める前、厳冬流のスパーリングでは、何度挑んでも一度も勝てなかった……。だからこそ。
「……ハヤトさん! 今日! ここで! あなたを超えさせていただきますっ!!」
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