見出し画像

英雄の魔剣 14

 マルシェリア姫はと言えば、魔剣を持つ王子の傍(かたわ)らに立ち、臆(おく)する様子はまったくない。マリース王国の高貴な身分の者には、魔術の心得のある者が多かったとアレクロスは聞いていた。身を守る鎧も身に着けず、簡素な白い衣装だけでは危険であろうとも思った。

「王女殿下は後ろに下がっていてください。ここは俺が」
「大丈夫ですわ」
 マルシェリア姫は、自らの体を白い半透明の光の鎧で覆(おお)った。背後でサーベラ姫が、まあ、と感嘆の声を上げる。
「そちらの姫君はお使いになれませんの」
「はい、王女殿下。身を守るのはこの革の鎧のみでございます」
 ただし、それはただの革鎧ではない。魔術により強化された物だ。これもまた、第一公爵家の研究の成果である。マルシェリア姫は、それに気が付いたであろうか、とアレクロスは思う。マリース王国の時代の魔術の品は、表面に複雑な文様が描かれている。今はどこの国でも簡素な物が主流だ。マルシェリア姫は気が付かなかったのかも知れない。

 薄暗がりの奥から唸(うな)り声が近付いて来た。アレクロスはマルシェリア姫を庇(かば)うように前に出る。抜き放った魔剣は、闇より濃い漆黒(しっこく)の刃を空(くう)に晒(さら)す。
 姿を現したのは、魔剣と同じくらいに黒い一頭の雄の獅子であった。同時にアレクロスたちは背後に立つ一人の若い男に目を留めた。マルシェリア姫以外の三人には、その若い男に見覚えがあった。

「これはこれは。遍歴(へんれき)の騎士どのか」
 若い男はアレクロスに目を留めた。アレクロスは彼を知っていた。向こうは気が付かない。
「このような場所にようこそ。だが、ここは君の墓場になるんだよ」
 若い男は、他には見たこともないほどの美貌の主であった。アレクロスたちがこの男と会ったのは、まだ少年であった頃だ。今でも、若く美形の青年のままである。そのはずである、その男は人間ではない。
「お前たちを冥界へと見送る前に一度名乗っておこう。我が名はアンフェール。人間はわれを《奈落の侯爵》と呼ぶ」

 《奈落の侯爵》。そうだ。俺はその名を知っている。
 アレクロスは跳躍した。《研究所》と異なり、ここはそれほど天井が高くはない。頭上高くに跳び、振り下ろす技は使えないだろう。跳んだのは背後で、まだ空中にいる間に身をひねり背後から斬(き)りつけた。アルフェールは振り向かずにかわした。背中に目があるかのごとき動きである。
「そんな手はわれには通じないよ」

 言うなり、四方八方に閃光が散った。閃光は衝撃をもたらした。背後のアレクロスにも、前方にいる三人にも強い痛みが走る。
「それ以上は。させない」
 マルシェリア姫は前方に駆け出した。すぐに黒き獅子まで肉薄する。獅子は後方に弾き飛ばされた。《奈落の侯爵》に向かって。《侯爵》はかわした。
「なかなかやるね」
 余裕たっぷりの微苦笑。
「笑うでない」
 王女は鋭く叫ぶと、獅子がいた場所に立ち、鎧と同じ半透明の投槍を飛ばす。これも《侯爵》には当たらずに消えた。

「利(き)かないな、そんなものでは」
 アンフェールはふっと姿を消した。声だけが聞こえてくる。
「マルシェリア姫、貴女は封印として利用されてきたのではない。貴女自身が、封印されていたのだ。ここは奈落への入り口。ここを開ければ数多(あまた)の魔物が解放されて地上へとやって来る。だが貴女は、この地上にあって、王家の娘でありながら危険な存在とされた故にここに封印されていたのだ。ごまかしても無駄だよ。それが事実だからね」

「違う。違うわ」
 マルシェリア姫の声は震(ふる)えている。
「いい加減なことを言っているのではあるまいな」
 アレクロスには、一方でさもありなんという思いもある。魔物と混血し、同時にそこから得た力をより強化して使いこなしていた国の王女。身内からさえも、危険とされる存在も当然いたとしてもおかしくなどはない。身内での争いは、身分の上下を問わず人間にもよくあるのだから。
「いい加減なことを言うだって。君こそ、この姫君を何故信じられるんだい。嘘を言って騙(だま)しているとは考えないのかい」
 確かにその可能性はあった。考えていなかったわけではない。同時にアンフェールが告げたこともまた、本当に嘘かも知れないのだ。

「少なくとも貴様よりは信頼出来る」
 アレクロスははっきりと言った。
「ほう。何故だい」
 アレクロスはにやりと笑った。
「俺を騙そうとするなら、もっと上手いやり方はいくらでもある。コンラッド王国の多くの民からよく思われていない、前王国の王女を名乗る必要がどこにあるだろうか。それに」
「それに、何だ」
 アンフェールは少しだけ感心した。
「俺より前に出て戦おうとした。それが俺たちへの罠(わな)ならば、貴様が王女を狙いはすまい。挟(はさ)み撃ちにして、共に俺たちに襲いかかればいいだけではないか」
 アレクロスの声が、凛として響く。その後に静寂(しじま)。マルシェリア姫は心底驚いた顔をしていた。

お気に召しましたら、サポートお願いいたします。