復讐の女神ネフィアル 第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第6話

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 アルトゥールもメイスをかまえる。ハイランの武器を受け止めようとしていた。

「女神の力を」
 
 アルトゥールのメイスにも、暗赤色の透明な光が宿る。

「そこを退(の)きたまえ」

 言い知れぬ威圧感と威厳が眼前の男から伝わってきた。
 これまでアルトゥールは誰にも、女神ネフィアル以外にはそのような威を感じたことはなかった。

「退きません」

 それでもはっきりと言い切る。

「待ってください。何か誤解があったのなら話し合いましょう。私の存在が、あなた方を傷つけているとおっしゃるのでしょう?」

「別に僕は傷ついてはいないぞ。はっきり言って、勝手に傷つけと言いたいね」

「そんな言い方、するものではないわ」

「駄目だ、ジュリア。少なくともこの男に対しては譲ってはならない。危険なだけだ。話し合いが通じる相手じゃない。それくらい分からないのか?」

「あら、あなたが相手でも話し合いが通じたことなんてあって?」

「……」

 アルトゥールは黙った。ジュリアン側の『弱者』からすれば、自分もハイランも大差ない存在に見えるのかも知れないと思った。ひょっとしたらジュリアの目から見ても、だ。

「こちらのお屋敷の方々はどうなりましたの?」

 ジュリアは若葉色の目で真っ直ぐにハイランだけを見た。恐れの色はない。アルトゥールは、そっと目だけを動かして油断なくあたりを見渡す。暗い灰色のローブの男がやってきた、扉の向こう側にも目をやる。

 何かが動いた。

 紫水晶の色の瞳でそれを追う。視線の動きを、ハイランに悟られないように注意しながら。

 何が動いたのかは分からない。じっと目を凝らすが、黒い影のようなものが動いていることしか分からない。

 他の二人は気がついているだろうか。

 黒い影はこちらに来た。ハイランは振り返る。三人が自分を背後から不意打ちするとは考えていないようである。

 それは信用ではないだろう。見くびりである。アルトゥールはそう思う。

 影はこちらに来た。

 動く影の正体が分かった。闇の月の女神の神官が召喚した使い魔である。鳩(はと)ほどの大きさの鴉(からす)の姿をしている。

 アルトゥールのメイスも、ハイランのメイスも、赤く透明な光を宿したままだ。

「まだいたのか」

 誰にともなくハイランがつぶやく。

「あんたはなんでここにいたんだ?」

 リーシアンが、誰も訊かなかったことを尋ねた。単なる問い掛けではない。詰問に近い。

「お前に答える必要はない。獣の力を崇めている奴らにはな」

「なんだと?」

「リーシアン、今はよせ」

 闇の月の女神の使い魔は、羽ばたいて向かってきた。他にも隠れていたらしく、全部で五羽いる。

 ハイランを含む四人はそれぞれの武器をかまえた。使い魔を迎え撃つ。 鴉の姿をした使い魔は、それほど恐るべき敵ではなかった。

 メイスと戦斧で、こくごとく 叩き落とす。

「あっさりしたもんだな」

と、リーシアンは言った。

 五羽の使い魔が床の上に屍を晒している。血は流れていない。使い魔は血を持たない。

「まだ、何かいるのかな」

と、アルトゥールは言った。ハイランは何も言わない。

「なぜここにいたんだ、おっさん」

 リーシアンが 再度問い質(ただ)した。ハイランは答えない。北の地から来た戦士も、さらに訊こうとはしなかった。

 アルトゥールは 質問を変えた。代わりに、こう尋ねた。

「この屋敷には他に何がいるんですか? いえ、いたんですか?」

 いたんですか、と尋ねた。もはや他に生きている者はいないのではないか、と考えたのだ。

「ヘンダーランと、その奥方だ。それに召使いが五人。 ヘンダーランが関わっていた闇の月の女神の神官」

「まさか、あなたが」

 ハイランは、ジュリアが言わんとすることを察したようだ

「いやいや、奥方と召使いには手を出していないよ。それは、闇の月の女神の神官がやったことだ」

「ではヘンダーラン大神官は…!」

 さすがのジュリアも、話し合いが通じる相手ではないと分かったようだな。と、アルトゥールは、こんな時にもやや皮肉な思いを感じていた。

 もっとも、それは僕も同じか。そう思う。

「ヘンダーラン大神官は、裏で闇の月の女神の神官とつながり、貧しい乙女の肉体を楽しんだのみならず、その若さを吸って、自らと奥方のものにしてきたのだ。貴女がたの神殿に寄進された金品を着服もしていた。当然の裁きだとは思わないのかね」

「そんなことを! あなたに手を出されても困ります!」

「相変わらず手ぬるいのだな。そんなことだから民の信望を失うのだよ」

 手ぬるいというのは、アルトゥールにしても思いは同じである。ジュリアは、厳正な処断は望まないとしても、少なくとも 不正を正そうとは するはずである。 だがそれさえせずに、内々で終わらせようとする者が多いのは分かりきっていた。

 アルトゥールは、ため息をついた。自分はハイランと対立し、止めなくてはならない立場のはずである。しかし今なぜか、その気力が失せていた。

続く

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霧深い森を彷徨(さまよ)うかのような奥深いハイダークファンタジーです。 1ページあたりは2,000から4,000文字。 中・短編集です。

ただいま連載中。プロモーションムービーはこちらです。 https://youtu.be/m5nsuCQo1l8 主人公アルトゥールが仕え…

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