復讐の女神ネフィアル【裁きには代償が必要だ】第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第25話

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 ヘンダーランの屋敷から持ち出した本と巻き物を魔術師ギルドに、正確に言えばグランシアに任せて、アルトゥールとリーシアンはギルドの塔のテラスから下りた。

 マルバーザンが運び出してくれたのだ。

 この異界の魔物の力を借りて、またヘンダーランの屋敷にやって来た。

 マルバーザンは、出来るだけ人目につかないように、屋敷の裏庭に下ろしてくれた。

「ありがとう、助かったよ」

 アルトゥールは礼を言う。相手が魔物でも、自分に仕えると言っていても、一応は。

「いやいや、これくらいは大したことではない」 

 魔物は鷹揚そうに答えた。この鷹揚さがいつまでも続くのかどうか。アルトゥールには確たるものはない。

 ジュリアン神殿の者たちはまだ来ていなかった。アルトゥールとリーシアンは屋敷の裏庭から出入り口の方に周り、ラモーナの乗っている馬車が、まだそこにあるのを見た。

 ラモーナは気を失ったままだ。次に、従者を縛っていたロープをほどいて解放してやった。

「ジュリアン神殿の者たちが来るまでに逃げるんだ。そして、そ知らぬ顔をして過ごせ。後は僕たちでやる」

 従者は何も言わない。だが、しぶしぶといった体(てい)ではあるが一応はうなずいた。これ以上逆らっても、無駄と悟ったのであろう。

 気を失ったままのラモーナを乗せて、馬車は走り去った。アルトゥールは見送る。

 リーシアンは屋敷の庭を見た。倒した白い大蛇の死骸がまだそこにある。うろこは柔らかくなり、もうすでに半分以上がはがれ落ちていた。

「硬い頑丈なうろこは何かに使えると思ったが、こうなっちまうのか」

「残念ながら、そうみたいだな。ジュリアは果たして、この死骸をどう処理するのやら」

「役人に何もかもぶちまけちまえばいい。俺もお前と同じ考えだ。聖女様には申し訳ないがな」

「いや、ヘンダーランの件はジュリアに任せよう。僕はハイランを探し出したいが、お前は反対なのか?」

「反対じゃないが、探し出してどうするんだ?」

「見つけ出したら。対決するしかない、のだろうな」

「本気か?」

「放っておけばいいと思うのか? お前は、ああいったネフィアル神官を危険だと考えてきたはずだ。そうだろう?」

「ヘンダーランの件は、聖女様に任せるって言っただろう? それならどうやってハイランの罪を暴くつもりだ?」

 アルトゥールは、冷静な態度を崩さずにうなずいた。

「ヘンダーランの屋敷にはまだきっと秘密がある。それはジュリアに任せる。ハイランは、他にもきっと何かをやっている。ヘンダーランだけが奴の〈標的〉だったなんて、お前も思わないだろう?」

 奴はとんでもない狂信者だって言っただろう? そう目で問い掛ける。

「そりゃそうだが」

「ヘンダーランはジュリアン神官だからジュリアに任せる。ハイランのことは僕が何とかする。お前にも手伝って欲しい」

「ああ、そうだな。奴は危険だ」

 リーシアンはこの時、長い黒髪と紫水晶の色の瞳のネフィアル神官の相棒が──たぶん相棒なのだろう。他に表現を知らない──ハイランのせいで数十年か数百年の後に、リーシアンの故郷にも累が及ぶかも知れないとほのめかしたと、そう思った。

 それは遠い未来の話であるし、ハイランを放置していたとしても確実にそうなるとは限らない。

 仮にこのジェナーシア共和国だけが狂信的なネフィアル神官に支配されるのなら、リーシアンは他に自分を用いてくれる国を探せばよいだけだ。

 しかし。

「今のうちに危険の芽はつんでおくさ」

と、答えた。

「よし、助かるよ。ありがとう」

 北の地の戦士は、よし、とうなずいた。

「奴が逃げていったのは、こっちの方だったな」

 そう言いながら、門から外に出た。

 太陽は雲間から顔をのぞかせ、リーシアンの淡い褐色の髪をきらめかせた。雲の間から見える空の色は、今は青い。彼の目と同じように。

 北の地の戦士は先に立って歩き出した。アルトゥールも後からついて行く。

 ジェナーシア共和国の街の多くがそうであるように、この街も中央の広場から放射状に道が伸びている。それらの道をつなぐように、小道が張りめぐらされている。

 まるで蜘蛛の巣の、縦糸と横糸のようになっているのだ。

 ヘンダーランの屋敷は、広場から離れて閑静な区画にある。ハイランが逃げていったのは、広場の方向だった。ここからは北になる。

 広場の真ん中には河が流れており、橋が掛かっている。幅の広い河はジェナーシアの生命線であり、様々な物や者が行き来する。

 外壁の外では、漁も行われる。

「河から舟で逃げたのかな」

「まだ、この街から逃げたとは決まったわけじゃないぜ」

「そうだな、広場の方向だが、広場に行ったかも分からない」

「あのおっさんは背も高いし目立つ。黒いローブを着ている奴は珍しいからな。別に禁じられているわけじゃないが」

「黒いローブは〈法の国〉時代に法制官の制服だったからな。今でも忌避されているのさ」

 二人は足早に歩いて行った。

 ハイランを見た者がいることを、知っていることを話してくれるのを願いながら。

続く

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霧深い森を彷徨(さまよ)うかのような奥深いハイダークファンタジーです。 1ページあたりは2,000から4,000文字。 中・短編集です。

ただいま連載中。プロモーションムービーはこちらです。 https://youtu.be/m5nsuCQo1l8 主人公アルトゥールが仕え…

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