復讐の女神ネフィアル【裁きには代償が必要だ】第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第26話

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 二人して歩いてゆくと、道行く人は彼らを遠巻きに見た。

 黒いローブに長い黒髪の背の高い青年と、いかにも北方の民である様子を漂わせた、巨漢の戦士の組み合わせは目立つのだ。

 ジェナーシア共和国の者は、羊の毛織物か木綿の服を着ることが多い。淡い灰色か、生成りの色だ。黒を着る者は少なく、革鎧で身を覆って歩く者も少ない。

 街の警備の役人は、軽量の鎖帷子(くさり 
かたびら)を身に着けている。そんな二人組の役人とすれ違った。

 彼らはアルトゥールたちに何も言わなかった。ただ少しだけ、うさんくさい者を見る目を向けて、しかしこれといって何もせず言わずに去って行った。

 二人は広場の方へ向かった。魔術師ギルドに向かってからここに来たので、ハイランはもう見つからないかも知れなかった。

 もし彼を追うのを優先するのなら、書物がジュリアン神殿の手に落ちる危険は許容しなくてはならなかった。

 アルトゥールには、それは出来なかったのである。ジュリアにさえも、期待は出来ない。そこまで期待するべきでもない。そう思っていた。

「逃がしたか」

 リーシアンは軽く舌打ちした。

「だけど、ハイランはまた僕の前に現れるかも知れないな」

「ああ、奴はお前を味方に付けたいんだろう。でなけりゃ──」

 リーシアンは、あえて最後まで言わなかった。
 
「そうだな」

 アルトゥールも、みなは言わない。

 と、その時だ。褐色の肌の美しい女が二人に近づいてきた。なまめかしい姿と身のこなしだ。

 身体の線の際立つ白い服を着て、肌の色を引き立てている。長く波打つ髪は銀灰色だ。高価な毛皮となる、銀きつねの色を思わせた。

「こんにちは。初めまして、よね。でも私はあなた達を知っているわ。私の名はヨレイ。アルトゥール、あなたも知る〈裏通りの店〉から来たわ」

「へえ。それで僕に何の用だい?」

 〈裏通りの店〉は知っている。法の穴を埋める仕事をしている人々、とでも言おうか。

 たとえば、このような事だ。

 貴族と平民はおろか、平民同士でも、魔族や魔族の血の入った者に科せられる法も罰も同じではない。

 不利な立場の者がより有利な者に仕返しをしたい時、あるいは裏取り引きをしたい時に、〈裏通りの店〉の人々の手を借りる。

 そうなれば手を借りた者も、ジェナーシアの法の目から見て真っ白ではなくなる。淡い灰色の世界の住人となるのだ。

 眼の前に立つ美しい女は、すでに暗い灰色に染まっているように見えた。

「何か用なのか」

 平静な態度を崩さないアルトゥールとは対象的に、リーシアンは女を見て口笛を吹いた。

「いい女だ。いい女の頼みなら聞きたいね」

 女は髪に隠れていた額を見せた。そこには目があった。縦に長い目が。他の二つの女の目の色は濃い緑だが、その第三の目だけは銀色の輝きを放っていた。

「私は東方世界の魔族の血が混ざっているわ」

「そうなのか」

 アルトゥールは淡々とした返事をする。まるでもっと普通の事、ジェナーシア共和国内の近隣の村から来たのよと言われたかのように。

「へえ、東方世界か。東方世界と言っても広いな。どのあたりからだ?」

「ふふふ、それはあなたが私をもっと知った時にね」

 女は色っぽく髪をかき上げた。

 北の地の戦士は再び口笛を吹く。

「いいね。ぜひお手合わせしたいもんだ」

 アルトゥールは軽くため息をついた。少しだけあきれていた。リーシアンが女の美貌と色香に油断し切っているとは思わないが、もっと用心した方がいいのではないかとも思う。

「あなた達はハイランという名のネフィアル神官を知っているかしら?」

 アルトゥールとリーシアンは顔を見合わせた。その後で軽くうなずく。ヨレイの意図は見えない。相手の考えを推し量るようにじっと見た。

「そんな顔をしないで。あなた達にとっても悪い話ではないわ。率直に言うわね。あの男を始末して欲しいのよ」

「始末? 殺せということか?」

「ええ、そうよ。本当はヤツが余計な事をしなくなればいいのだけれど、そうはならないでしょうから」

「ああ、そうだな。きっとそうはならない」

 アルトゥールは同意した。

 〈裏通りの店〉に来た。昼でも薄暗い。窓の外側の木戸は半ば閉じられていて、魔術によるほのかな明かりが店内を照らしている。

 それでも不思議と落ち着く店だった。見た目は寂れた木造の酒場にしか見えないが。

 安い酒の匂いと肉の焼ける匂いがしていた。店内の片隅で、二人連れの男女がエールと肉、それにゆでた芋を食っている。

 肉が何の肉なのかは考えないことにした。この店の外には、そこかしこにとかげや蛇がうろつき、店内に侵入するのも見てはいたが。

「これはこれは、旦那。お久しぶりですな」

 ロージェが店の奥から現れた。以前、アルトゥールと組んで、ジュリアのいる罪人の更生施設に侵入した男であった。

続く

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霧深い森を彷徨(さまよ)うかのような奥深いハイダークファンタジーです。 1ページあたりは2,000から4,000文字。 中・短編集です。

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