『箱』 #ShortStories

 私の、“おはこ”だった。
 近所のやたらカラフルな遊具が多い公園は、伸びきった木々や雑草で囲われていて、その緑の中に、電話ボックスが紛れていた。あそこに人が入っているのを人生で1度も見たことがない。小銭の投入口や受話器の付け根、金属の至るところが錆び付いていて汚らしいし、砂利だらけだし、そもそも蔦が巻き上がっていてドアが開けにくい。みんなそこに在ることは知っているけど、近寄ることはない、そんな電話ボックス。
「……こちらは...埼玉県警察です……迷い人の…お知らせです……38歳の…男性が…」
 公園にあるスピーカーからお知らせが流れる。この人、また探されてる。
 小賢しい私は、かくれんぼが始まると巧みにその電話ボックスに身を隠し、毎度最後まで見つからなかった。自分以外の子がみんな見つかって勝利を確認すると、突然現れて驚かせてやる。他の一切のことはてんで駄目だった私だけれど、この芸当だけは失敗したためしがなく、ずっと私の十八番なのである。
「……警察です…….3丁目で…下半身を露出した男性の…目撃情報が…」
 スピーカーからお知らせが流れる。3丁目、そういえば、ここは3丁目か。
 かくれんぼという軽い緊張状態は、妙に尿意を催す。そんな時も、ここならバレずにちゃっちゃと済ませられるのだ。電話ボックスは安心できる。この箱は私を守ってくれる。私の拠り所。
「……お家へ…帰りましょう……」
 今度は夕焼けのチャイムが鳴る。みんなは、そろそろ帰らなくちゃね。
 他の子が全員見つかって、また勝ってしまった。今日は、どうやって驚かせよう。またあれをやるのもいいかもしれないし、ポケットの中のこれを使うのもいいかもしれない。やっぱり、私の十八番だ、38年間、一度も失敗したためしがない。