お嬢様とヒツジとの哲学的口論「本の要約って意味あるの?」

〈登場人物〉
マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。
ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。

マイ「あー、面倒くさい……」
ヒツジ「何をやっているんだよ」
マイ「学校の宿題。読んだ本の要約をしないといけないの」
ヒツジ「なるほどな」
マイ「あのさ、本の要約ってなんか変じゃない?」
ヒツジ「何が?」
マイ「だって、要約を読んでその本の理解ができるなら、その本を読む意味が無いってことになるよね。一方で、要約を読んでもその本が理解できないなら、要約を読む意味自体が無いよね。だとしたら、そういう要約を書くっていうことは、本を読む意味を失わせる行為か、それ自体に意味が無い行為かっていうことにならない?」
ヒツジ「お前にしては、なかなか的を射た意見だな。その通りだ。要約というのは、本の価値を無くす行為か、それ自体が無意味な行為かのどちらかだな」
マイ「そもそもだよ、要約を読むことで本の内容が分かるなんていうことが本当にあるの? それって、映画の予告編だけ見て、本編を見た気になるっていうのと同じことじゃないの?」
ヒツジ「同じだとしたら、要約を読むというのは、要約されたその本を読んだ気になれるという意味を持つことになるな」
マイ「その本を読んだ気になったって、本当にはその本を読んだわけじゃないじゃん。だったら、要約を読むのって意味無いし、書くのにも意味が無いと思う。宿題やんなくていいよね」
ヒツジ「教師に叱られたり、平常点を落とされたりしても構わないならな」
マイ「まあ、そうなるよね……はあ」
ヒツジ「人が要約を好むのは、本を読む時間を節約できるからだな。しかし、要約とは何かと言えば、それは要約者が重要だと思ったことをまとめたものに過ぎない。その本を自分で読んでみれば、別のところを重要だと思うかもしれないし、そもそも要約者が気がついてもいないことに気がつくかもしれない。要約を読んでその本を読んだつもりになる、なんていうことを繰り返したところで、ただ本に関する薄っぺらい知識が積み重なるだけのことだ」
マイ「そんなの聞いたら、ますます要約するのが面倒くさくなってきた」
ヒツジ「要約とは、要するにこういうことだ、とまとめることだが、これが、結構くせ者なんだ。要するにこういうことだ、とまとめることによって、それ以外の部分がそぎ落とされてしまうんだな。本当はそっちのそぎ落とされた部分の方が大事だったのかもしれない。そういう意識を、要約という行為は、消してしまう。たとえばだ、お前の友だちが失恋したとする」
マイ「また、そういう例」
ヒツジ「その友だちがお前に夜通し、失恋の苦しさ、辛さを語ったとして、それを聞いたお前が、『要するに、振られて辛いんだね』なんてまとめたところで、それが何になるか」
マイ「そんなこと口にしたら、友だち無くしそう」
ヒツジ「要約を読むことで、本を読む時間を節約できるかもしれないが、本を読むことで得られたであろう知識は確実に失うことになる。ただし、だ。そもそもしょうもない本の場合は別だけどな」
マイ「どういうこと?」
ヒツジ「要約以上のことも以下のことも言っていないような本の場合は別だ。要約を読めば、本の内容がくまなく明らかになるような本はな」
マイ「えっ、そんな本あるかなあ」
ヒツジつまらない結論をただただ引き伸ばしたいがために、だらだらと書かれて一冊になったようなものは、そのつまらない結論だけを読めればこと足りるから、要約の価値はここに極まれりといったことになる。内容もきちんと理解できて、時間も節約できるわけだからな。ということはだ、要約できる本というのは、そもそも読むに値しない本ということになるわけだ」
マイ「だから、そういう本ってあるの?」
ヒツジ「近頃の本は、そういうものばかりだ。読むなら、古典を読め」
マイ「昔の本ってこと?」
ヒツジ「そう」
マイ「昔の本って難しいんだよなあ。読んでも全然分からない」
ヒツジ「分からないっていう経験をしっかりと積んでおかないと、分かるということがどういうことかも実は分からなくなる。自分に分かるものだけを分かるとして、分からないものに価値を認めなくなったり、そもそも分からないものそれ自体を認めなくなる。それは、人生における視野を狭くする
マイ「ねえ、ちょっと思ったんだけど、『要約を読めば、本の内容がくまなく明らかになるような本』って、あんた言ったけど、その本がつまらない本だとすると、その要約を読むこと自体にも意味が無いってことにならない?」
ヒツジ「実は、その通りだ。そういうわけで、本の要約というのは、どう転んでもつまらない行為だから、まあ、割り切ってやることだな」

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