人間になりたい

なんの因果か、気がついたら、熊のぬいぐるみとして生まれてきていた。

くまごろーって名前つけられて、それから、俺は意識は熊人間だった。身体はぬいぐるみなんだけど。

ぬいぐるみの身体は、不自由だ。
ベットから、じっと主人がお出掛けするのを見送って、そのままじっと外にあこがれるだけの日々。

ある日、主人が俺の視線に気付いてくれた。

”おでかけ、したいの?”

そう問いかけて、微笑んだ”飼い主”は、バックの中に俺を潜ませてくれた。

二人だけの、内緒の散歩。
俺はバックから辺りの景色を見渡すことすら、出来ない。そんなことをしても、受け入れてくれるのは架空の世界だけで、現実は俺の存在が周りにバレたら、主人の邪魔になるから出来ない。そんな、不自由きわまる、意味あるのかわからない散歩。

それでも、バックの口から見上げる青空は澄んでいて、外の空気はうまかった。

ふと主人が立ち寄った神社っていうらしい場所で、じっと俺を見つめる、俺にそっくりな存在に出会った。

”お主、あやかしであるな?”
そいつは、低い声で唸るように俺に話しかけてきた。

初対面のくせに、あやかしとは失礼な。

”俺には、くまごろーって名前があんだぞ!”

ぬいぐるみの身体のせいか、甲高い声でこたえる。

”くまごろー、ここにいるのは神様よ。ここで願い事すると、叶うこともあるのよ。”

主人が、俺につぶやいた。

”ふーん、こんな失礼なやつが神様か。じゃあ、俺の身体を人間と同じにしてみやがれ!”

”お主の場合、まずは、神様の遣いから修行の必要があるのぅ。”

それから、俺は、神様に弟子入りをして、昼は滝にうたれ、夜は山にのぼり、修行をかさねた。人間になって、主人と一緒に堂々と外で並んであるけるなら、なんだってできたからだ。

しかし、俺の身体は、いっこうに人間になる気配はなく、ぬいぐるみのまま。しかも、ボロボロになってゆく。

詐欺じゃねーか。俺は、やさぐれていた。

こんなことなら、名前なんかもらわなきゃよかったのに。こんなことなら、生まれなきゃよかったのに。

そんな消えたい気持ちがあふれでてきて、心は涙を流しているのに、ぬいぐるみの身体はかわいたままだった。

存在を消したい。だが、俺は、ぬいぐるみなので、自動的には死ねない。どんなに激しい修行をしてみせても、身体はボロボロになれど消えもしない。

俺は、主人と生きたかっただけなのに。

ある日、神様は、俺を遣いとして、主人のもとにいかせてくれた。

主人は、いつのまにか、老人になっていた。

”くまごろー?”
すっかり嗄れた声で、俺を呼ぶ主人。

”俺と、散歩しよう?今度は、外で堂々と。”
俺は、叫んでた。

”もう、私は、散歩に出掛ける足の強さすらないわ。”
主人は力なくつぶやく。

”もう、このものは、人間の寿命を終える。だから、君の手で、私のもとへ連れておいで。”
神様からの言付けを思い出す。

”神社まで、一緒に、散歩しよーよ”
俺は、主人のしわくちゃの手を引いて、誘い出すのが精一杯だった。

また、あの日みたいに微笑んだ主人と、俺は散歩に出掛けた。
歩く度に、みるみる若返る主人。

やっと、やっと、あこがれの外で、主人と並んで歩いていける。

だけどさ、やっぱり、こんな願い事の叶え方って……詐欺じゃねーか。

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