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まぼろしの優良ペット業者認定制度④京都市でも反対され「お蔵入り」の先例

検討前から「難しい」と環境省

 「優良事業者への上限値緩和は必要ではない。20頭、30頭認めてしまうと、優良な飼い主は5頭とか6頭がせいぜいだと皆さんおっしゃっているときに上限値規制の意味がなくなってしまう」

 2020年9月4日、国会議員会館内で開催された超党派の動物愛護議員連盟のプロジェクトチーム会合で、そんな意見が飛び出しました。塩村あやか参院議員の発言だったと記憶します。

 環境省の「動物の適正な飼育管理方法等に関する検討会」(座長、武内ゆかり東京大学教授)は飼養頭数に1人あたりの上限を設定するとともに、「省令で決める基準等の範囲内で都道府県等が飼養頭数の上限値を減少又は増加させる規定を検討する」という方針を示していました。その方針を撤回しろと環境省に迫ったのです。

 環境省もあっさり同調します。長田啓動物愛護管理室長はこのように反応したのです。

 「制度的な難しさがある。緩和もどういう基準で緩和をするか、緩やかな基準なら意味をなさなくなってしまう。いまはまだ具体的な検討はできていないが、(意見を踏まえながら)検討をしていきたい」

 検討もしないうちから「制度的な難しさがある」という態度です。環境省が主導する検討会で練り上げた案でした。制度創設上の課題は当然、ある程度整理していたことでしょう。それを葬り去るにはそれなりの理由が必要になります。もしこれが弾力運用案を採用しないための理由探しの作業でしかないとしても、環境省は省内でどのような資料を用いて検討したのでしょうか。

法制の壁は本当に存在するのか?

 それを知るために情報公開請求をして得られたのが、1回目にご紹介した2枚のメモでした。

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 主要部分を黒く塗りつぶしていたので実質的には不開示です。それを不服として審査請求をして黒塗りが解除された内容をみても、「(上限値)強化、緩和ともに実施しない」という第2案の理由は「上乗せの強化規定を置くことが法制的に難しいことを考慮」とあるだけです。

 現行の法制度上、いったいどういう問題にぶつかったのかひとことの説明もありません。

 環境省の長田室長は、上限値の弾力運用を採用しないと表明した2020年10月7日の中央環境審議会動物愛護部会でも「環境省令の中で具体的な数字を定めて、その数字を遵守している事業者に対して他の不適切な事項がある場合に、その数字をさらに縮めてそれを遵守させるというのが、他の事例等でもなかなかそういう制度はない」と説明しましたが、他にどのような事例をチェックして結論を得たのかまったく言及しませんでした。

 検討前に「制度的な難しさがある」といい、検討後もまた「法制的に難しい」と繰り返すだけです。官僚のしたたかさでしょうか、説明時に使う単語の数は少しずつ増えていきますが、中身は相変わらず抽象的で、具体的な検討状況の説明を実質的には行っていないのです。

 例えば、自動車の運転免許は、交通違反歴や年齢によって有効期間が異なります。犬猫数値規制を定める環境省令もそんな制度を参考にルールをよく守った人に優遇措置を与え、守れなかった人にデメリットを与えるという仕組みを考えることはできないのでしょうか?

環境省調査でも自治体独自ルールを確認済み

 環境省が2017年度に自治体を対象に実施した調査でも、条例や要綱を制定して動物愛護管理法の規定に上乗せするルールを決めた自治体の存在が確認できています。上乗せを認めるかどうかは環境省の腹一つで決められることなのです。

 規制を緩めるという点については、環境省案にもあるように運動スペース一体型の平飼いのケージなら世話をする人の負担が軽く、1人あたり飼養可能頭数を増やせるというわかりやすい説明がなされていました。規制を強化することが仮に困難であったとしても、合理的な説明がつく選択肢まで放棄する必要はないはずです。

 環境省は動物愛護関係者から叩かれるのが嫌で検討したふりだけしたのかもしれません。

 筆者の調査では、上限値の強化・緩和という弾力的な運用には、公益財団法人動物環境・福祉協会Evaの杉本彩代表が強く反対し、環境省の判断にも影響したようです。誰の申し入れであったか、名指しはしませんでしたが、昨年、環境省幹部の証言から筆者はそう推測しました。

 残念ながら、両者間のやり取りは、情報公開制度を利用して入手したペット業界、動物愛護団体等による数値規制に関する環境省への要望や意見を読み直してみても見当たりません。杉本代表の意見は長田啓動物愛護管理室長が直接聴き取り、省内では共有しなかったという証言でした。同僚と共有されていなければ情報公開の対象から外れてしまう可能性があります。

 しかし、行政文書にも残らないような意見でルール作りの方向が左右されることがあっていいはずはありません。

非公式、私的な情報がルール作りに影響か

 私が得た証言では、Evaの杉本彩代表は京都市での事例を引き合いに出し、長田室長に弾力運用を廃案にするよう要望したということだったので、それを裏付けるため、京都でどのような出来事があったのかを調べました。

 その結果わかったのは、京都市が2016年に部分改定した動物愛護行動計画にペット業者の認証制度、つまり行政とも連携して動物愛護に積極的に取り組んでいる動物取扱業者を評価する制度の創設を盛り込んだところ、Evaの杉本彩代表が反対して認証制度の創設はお蔵入りになったという事実です。

 当時の事情を知る人物の説明によると、杉本さんは京都府と京都市が共同運営する京都動物愛護センターの名誉センター長を2015年から務めていて、市によるペット業者認証制度構想を知って京都市幹部に撤回を申し入れたということです。

 「認証制度の検討を計画した市の事務局は業界を底上げする必要を感じていた。しかし、杉本さんはペット業者にお墨つきを与えることに懐疑的な立場だった」

 その人物はこう解説してくれました。しかし、杉本さんから市幹部への申し入れは文書として記録に残っていないといい、京都のケースでも非公式もしくは私的なやり取りの扱いを受けているようです。

 筆者は2020年12月、数値規制の導入問題についてEvaに書面で質問を送り、上限値の弾力運用への見解も問うたことがあります。回答は「Evaの意見としては優良な事業者をどのように判断するのか不明確であること。運用面での自治体の負担も考え優良な事業者の上限値緩和は設けるべきではないと思います」という内容でした。

 「ペット業者にお墨つきを与える制度の創設はダメだ」というストレートな言い方ではありませんが、優良業者にメリットを与えようという試みに反対であることは確認できました。杉本さんと環境省や京都市との間であったとされるやりとりも、取材対象が解説してくれた内容を信じてよいと筆者は判断しました。

事後検証に耐える記録の保存を

 適正飼養のあり方に関しては、国民的な合意形成が出来上がっていないので、さまざまな立場があってよいと思います。多様な意見がある方が初期の段階ではむしろ健全だと思います。ペット業界の要望を愛護団体が潰すこともあってよいでしょう。

 しかし、どのような議論を経て、ルールが決まったか、その検証を危うくするような行為は好ましいものとはいえません。当事者たちが仮にそれを自覚していなくても、行政当局は中立の立場から政策形成過程について、事後的な検証にも耐えるように記録を残していて欲しいと思います。

 数値規制の導入に関して振り返ってみれば、環境省は関係者からの申し入れや意見交換の状況について丁寧に記録をとることをせず、場合によっては意図的に記録に残さずに進めていたと思わざるを得ません。次回もさらにこのテーマで続けます。




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