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GPIF「情実採用」疑惑調査、農林中金への確認怠る、民間出身理事長の失脚狙う陰謀の疑いも

  年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が理事長を制裁処分したと発表したのは、10月18日、いまからひと月ほど前のことでした。

 処分を受けたのは、民間出身理事長の高橋則広氏(元農林中央金庫専務理事、元JA三井リース社長)です。内部通報として扱われるべき自身に関する告発情報を受け取っていたにも関わらず、監査委員らに報告せず、「内部統制上の迅速な対応を怠った」という理由です。
 
 問題になった情報は、理事長が特定の女性と「多数回」にわたって会食をしたり、公用車に「複数回」同乗させたり、「過去の勤務先に対して職員公募採用の応募方法を情報提供し、これに当該職員が応募」していて「情実採用を疑われない状況」があったりしたという内容で、それを監査委員、経営委員長等に報告しなかったということです。

 GPIFはこれらが行動規範に反し、「制裁規定」で定めた「管理運用法人の役員等たるにふさわしくない行為」に該当するとして、6カ月間、20%減給の処分を決めました。

 日経新聞も翌19日にニュースとして報道しています。しかし、小さな扱いだったので見逃した人も多かったのではないでしょうか。

 私は10月28日付の日経社説「GPIF理事長は襟を正せ」を読んで初めてこの処分を知りました。

  社説は「業務執行を監督する経営委員会(平野英治委員長)が、一連の行為は役員たるにふさわしくないと判断した。ただ理事長としての適格性は失われていないと、お墨つきを与えた。疑わしきを罰したことになり、疑念を増幅させている」として、内部調査の限界を指摘し、第三者委員会による真相解明を訴えています。

 確かにGPIFで「情実採用」の疑いとは穏やかではありません。

 日経の社説は、見出しには「襟を正せ」と掲げつつ、「公私混同が事実なら辞任せよ」と言いたげでした。

 GPIFの発表後の報道は大きく分けて二通りに分かれているようです。

 一つは、高橋理事長のもとでの「内部統制の乱れ」「公私混同」といいう報道です。代表的なのは日経の社説でしょう。

 11月14日の文春オンラインの報道も日経社説の流れをくむような内容でした。金融ジャーナリストの森岡英樹氏はGPIFが発表した処分理由をなぞり、「高橋氏も就任3年半を過ぎ、ガバナンスに緩みが生じているのか。これまで四半期ごとに資産配分を開示してきたが、今年度中はやめるという」と書いています。

「女性職員と特別な関係」で懲戒処分、とは結構どぎつい見出しですね。

 森岡氏は河野良雄最高顧問ら農中トップと親しいらしく、2016年4月の高橋氏のGPIF入りの際、その経緯について(真偽のほどはともかく)愛媛県出身の河野良雄農林中金理事長(当時)が同郷の塩崎恭久厚生労働相(当時)に根回しして実現したと週刊文春で解説していました。

 今回の記事でも農中関係者への取材をもとに「運用は得意でも接客が苦手な性格だった」という高橋氏の人物評を紹介しています。

 もう一つは、「主導権争い」のあらわれだとみる報道です。

 週刊現代11月16日号(11月8日発売)のコラム「霞が関24時」は「内部通報が出たのは、高橋氏を追い落とそうとする一派が同組織内にいるからだ」と断定し、世耕弘成元経産相と親しい水野弘道理事兼最高投資責任者(CIO)と高橋理事長との対立に言及していました。

 高橋氏の就任前、GPIF改革をめぐって塩崎恭久厚生労働相と、知り合いである水野氏を送り込んだ世耕弘成官房副長官が対立していました。

 金融界での実績や評価、知名度は、高橋氏の方が上で、高橋GPIF理事長就任後は水野氏の影は薄くなっていました。水野氏は今年9月末の任期切れとともに退任するという説がしきりに報道されていたようです。

 水野氏を高く評価するジャーナリスト歳川隆雄氏も9月半ばに「アベノミクスの「立役者」がGPIFを去る…その意外なインパクト」と書いていたほどです。

 報道は二通りですが、大切なのは憶測ではなく、事実、証拠です。その点は日経の社説が指摘する通りかもしれません。

 GPIFの10月18日付リリースには、経営委員会の判断に対し、被処分者(理事長)による弁明、反論も記載されています。

 ここはどう検証できるでしょうか?

 厚生労働省、GPIF、それに理事長の古巣である農林中央金庫グループなどに対する調査を始めたところ、農中広報からは以下のような回答がありました。農中に質問したのは、情実採用へのかかわりです。

 「農林中央金庫が年金積立金管理運用独立行政法人の職員公募採用に関与した事実はありません」

 GPIFが高橋理事長処分を決める前に、公募採用情報の提供等について農中に対して事実確認の調査はあったかどうかも問うたところ、「農林中央金庫が調査を受けた事実はありません」とする回答もありました。

 文春オンラインの森岡氏は「特に問題視されるのは、経営委員会が情実採用を疑われかねない状況があったと認定した点」と書いています。しかし、彼は農中に関わりを尋ねてみたのでしょうか?

 そもそも公募採用の情報です。

 「それを知らせたからって、なんの問題があるのでしょう」——農中広報から問い返されても不思議ではないくらいです。

 日経社説が提唱するような「第三者委員会」の設立を待つまでもありません。

 今すぐに確認可能なことがたくさんあるようです。ベテランのジャーナリストたちは真相を探り始めています。GPIFもいま一度、事実を調べなおしてみたほうがいいようです。

 私の古巣・日経に対しても、いまは読者の1人として、日経が社説で疑念を表明するだけでなく、新聞社なら事実を確認する取材を進めてもらいたいと思います。



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