ファクト・チェック⑧大西健丞さん、その話、本当ですか?(最終回)


 NPO法人ピースウィンズ・ジャパン(PWJ、広島県神石高原町)の保護犬活動(ピースワンコ)を紹介している2019年5月18日付の東京新聞の記事を取り上げて、とりあえず今回のファクト・チェックのシリーズを締めくくります。

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 PWJ代表理事の大西健丞氏ら幹部と法人としてのPWJは、動物愛護管理法違反の被疑者(被疑法人)として、広島県警に同年6月4日に書類送検されました。

 記事の掲載はその直前です。

 PWJの広報コンサルタントという女性が東京新聞の社会部長に頼み込んで、現地取材してもらったという、いわくつきの記事です。

▶県に持ち込まれた犬をすべて受け入れ、譲渡先も探す。民間団体による前例のない取り組みで、かつて全国ワーストだった広島県の殺処分数は2016年度から3年連続で「ゼロ」を達成している

 PWJは2016年4月1日、「用地の取得や活動資金、人材の確保の見通しがたってきた」として殺処分対象となった犬の全頭引き取りを開始しました。それを神石高原町などのシェルター(犬舎)に収容し、個人飼い主に譲渡できるよう訓練するという計画です。

 記事と事実の違いがおわかりでしょうか?PWJが全頭引き取るのは「殺処分対象となった犬」であって、記事がいうような「県に持ち込まれた犬をすべて」ではありません。この違いはとても大きいです。

 東京新聞の記事の書き方は、まるでPWJが広島県での犬の殺処分ゼロを単独で成し遂げるかのような事実に反する誇大表現です。

■読者だます「あやふやな情報」

 ついでに言えば、広島県には県、広島市、呉市、福山市に合計4つの動物愛護センターがあり、殺処分ゼロはこの4つすべてを対象にした議論であり、計画です。4つの愛護センターには野良犬や捨て犬が毎日のように収容されてます。

 当然のこととして、PWJ以外の団体がそれを引き取ることもありますし、各愛護センターは従来から個人にも譲渡をしています。

 2015年度のデータをみると、動物愛護センターは県域全体で2196頭(うち県センター分は1492頭)の野良犬等を収容しましたが、殺処分(安楽死含む)されたのは792頭(県センター分は704頭)です。

 PWJが全頭引き取りを宣言したのは、この殺処分対象になる犬、つまり2015年度でいえば792頭を想定したものであり、もっと細かく言えば、病気等でやむを得ず安楽死させたほうがよい犬の殺処分を除いています。

 2196頭という県内の動物愛護センターが収容した犬すべてを引き取るのではありません。

 記事が取り上げられたのは、毎月1回、各地の美談を紹介する「にっぽんルポ」という欄です。読者に対する記事の「訴求力」を高めるため書いた記者が故意に誇大な表現をしたのでしょうか?

 しかし、だれでも調べればわかる初歩的な事実の確認、基礎的な仕組みの理解に関わることです。もし、編集者らが間違いに気が付かなかったのなら訂正、修正したほうがよいと思います。

 その内容は、PWJにとっては願ってもない「誤認」です。PWJのホームページでもこの記事を紹介しています。東京新聞は愛読者たちにピースワンコの活動を見誤らせているのです。

▶「想定が甘かった」。大西さんの悔いは今も消えない。16年に全頭引き取りをスタートさせた後、早々と苦境に陥った。15年度の県の殺処分は約800匹。これを基に年間1000匹を受け入れられる体制で臨んだが、16年度に1400匹、17年度に1800匹と県が引き取る犬が急増した。県の担当者も「殺されないと知って、保健所への持ち込みが増えたのでは」と驚いた。

 ここに登場する「800匹」は前述の2015年度の殺処分792頭のことです。そのくらいの数なら追加的に引き受けてもいいと思って、PWJ単独で殺処分対象の犬の全頭引き取りを宣言してしまったわけです。

■「全頭」の意味取り違え?

 しかし、「16年度に1400匹、17年度に1800匹と県が引き取る犬が急増した」とは、いったい何のことでしょう?

 県内の動物愛護センターが収容した犬の頭数は2015年度2196頭(うち県センター分1492頭)から2016年度2330頭(同1570頭)、2017年度2455頭(同1691頭)であって、東京新聞の記事とは食い違います。

 PWJ/ピースワンコが公表しないので確認しようがないのですが、東京新聞の記事が紹介する1400頭、1800頭というデータは、それぞれの年度に県内の動物愛護センターからPWJ/ピースワンコが引き取った犬の頭数なのではないかと私は推測します。それは記事の説明の仕方が、2018年7月初めに大西氏が広島県知事に提出した謝罪文の説明ぶりと似ているからです。

 取材した記者が「全頭引き取り」の意味を理解しないまま話を聞いたり、記事を書いたりしている様子が思い浮かんできます。

■売名狙い「背伸び」か

 PWJは殺処分ゼロを目指す保護犬事業で前年の2015年に日経新聞主催のソーシャルイニシアチブ大賞というコンテストに参加し、最終選考には残ったものの受賞に至りませんでした。

 殺処分ゼロはいくつかの先行例があり、ふるさと納税を使うとしてもインパクトは強くなかったのでしょう。
 
 しかし、PWJは2016年もコンテストに再挑戦しました。よりインパクトのある計画を示そうとして、同年4月から殺処分対象を全頭引き取る、つまり殺処分ゼロを民間のNPOの力で達成したという実績を誇りたいという動機もあったに違いありません。

 功名心、または寄付集めのための売名です。

 ちなみに東京新聞にピースワンコの取材を依頼した広報コンサルタントの女性は当時、日経でその大賞事務局の中心的なスタッフを務めていました。

 彼女は在職中からPR会社を設立していて、PWJが再チャレンジで狙いどおり大賞を受賞した2016年、直後に日経での事務局の仕事を辞めて、PWJなどいくつかのコンテスト参加NPOも顧客とする広報コンサルタント会社の営業を始めています。

▶ピースウィンズはその全てを受け入れたため、5匹を入れる部屋に保護犬が8匹、10匹と増えた。病死やけがが多くなり、獣医師のケアが追いつかない。そして昨年(注、2018年)11月、25匹に狂犬病の予防注射を打たなかったとして、県警に書類送検された。

 2018年11月に狂犬病予防法違反の容疑でPWJの大西代表らを書類送検した際、広島県警は報道機関に対し、その容疑内容として「2018年3月31日に25頭の犬に注射を打たなかった」と説明したことは確かです。

 大した問題ではないと言わんばかりに「3千頭もいてたった25頭なんですよ」とPWJも記者にささやいたのでしょうか?

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 記事を読めば、確かに「たった25頭で」と思うかもしれません。しかし、25頭という数字は、それだけでも十分罪に問えるとみて、単に警察が最小限の法令違反を確認して検察の手に委ねたということに過ぎません。

■登録、注射のデタラメ管理

 神石高原町の狂犬病予防法に基づく犬の登録、予防接種の状況をみると、PWJの狂犬病予防法上の手続きがでたらめだったことがよくわかります。

 殺処分対象の犬の全頭引き取りを始めた2016年度の同町への犬の登録数は1538頭で前年度より5割ほど増えていますが、予防接種済票の交付数は900件で前年度(926件)より逆に減りました。接種率は58%で前年度(95%)を大きく下回っています。

 広島県動物愛護センターの担当者らは狂犬病予防法の義務が履行されていない実態を知っていても、口頭でやんわり指導するにとどまっていたのです。

 しかし、PWJ内部かその事情に詳しい人が警察を含め外部に告発する動きがあったようです。

 筆者が情報公開で入手した電子メールのやり取りでは、その動きに危機感を覚えたPWJ幹部が2017年末に愛護センターを飛び越し、動物愛護問題を担当する県庁の医療・がん対策部長にメールを送って、狂犬病予防法違反を告白し、処理について相談に乗って欲しいと泣きついたことが明らかになっています。

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 その結果、2018年度は町内の犬の登録数が2922頭なのに予防注射を打った犬の数は4517頭にものぼるというなんとも珍妙な現象が起きました。

 注射して町外に移っていった犬もいるかもしれませんが、狂犬病予防法違反を事後的に修正していくため2017年度に未接種だった犬にも全頭注射を打ったからでしょう。

■銀行融資5億円引き揚げ?

週刊誌やインターネットで猛烈な批判にさらされ、銀行に5億円の融資を引き揚げられた。大西さんは支援者や企業への資金集めに奔走し、犬舎の増築やスタッフの増員で窮地を何とかしのいだ。

 この情報も疑わしいと思います。

 2016年度末(2017年1月末)の借入金は3億9千万円弱で、そもそも5億円も借りてはいませんでした。

 2017年度末(2018年1月末)の借入金が7億6千万円強に増えましたが、そのうち銀行の融資は広島銀行3億円、中国銀行6千万円、日本政策金融公庫2千万円、西武信用金庫1千万円となっていて、まとめても4億円に満たない額です。

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 2018年度末(2019年1月末)で借入金はさらに増えて11億7千万円弱に膨張していますが、この時点でも前述の4金融機関はなお3億8千万円弱を貸し付けたままです。銀行にもよりますが、残高はほぼ維持できています。

 以前にも紹介しましたが、PWJは2017年度決算で債務超過になっていました。金融機関はそうした先への新規融資を渋ります。5億円の「融資計画」があってそれを解消されたという可能性はあります。

 しかし、5億円を引き揚げられたという説明を裏付けるものは見当たりません。東京新聞はどのようにしてそれを確認したのでしょう?

 PWJが資金繰りに困るようになったのは事実です。2017年度末には投資家・村上世彰氏や娘の絢氏が経営に関わっているC&Iホールディングズ社が3億3千万円、それにPWJがふるさと納税集めに利用している「ふるさとチョイス」の運営会社やその創業者から合計4千万円を借りました。

 しかし、その時期、2017年度は、狂犬病予防法違反による書類送検や2019年6月の動物愛護管理法違反による書類送検よりも前です。

 私はこの記事を読んで、全体として裏取りが不十分でPWJの説明さえも取り違えているお粗末な記事だという印象を受けました。

今も愛護団体から、過密な施設の環境で保護犬を死なせたとして刑事告発されているが、大西さんは「逃げるのは簡単だが、犬たちを見殺しにできない」と信念を貫く。

 その刑事告発は広島県警察に受理され、この記事掲載の半月後に、PWJやその代表理事としての大西健丞氏らが書類送検されています。

 東京新聞の記事からは、動物愛護管理法違反容疑による警察の捜査、書類送検というダメージを食い止めたいというPWJの意図がありありとうかがえます。

■PWJ、東京新聞に感謝

 東京新聞は広告代わりに利用されたのではないでしょうか?

 当時、PWJの広報のコンサルタントをしていると称する女性がSNSに投稿した記事には以下のようなことが書かれていました。

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「相談をしたときに、すぐに動いてくださった東京新聞社会部長杉谷剛さん、現場で何日もわたる大がかりな取材をしてくださった東京新聞の原田さん、本当にありがとうございました。大西さんとすぐに電話で喜びあい、わたくし、泣いてしまいました」

 取材倫理にうるさい東京新聞社会部の取材です。まさか、どこぞの旅の欄のようになにから何まで取材先から便宜供与を受けたりはしていないと信じたいところです。

 動物愛護管理法違反でPWJを告発した団体、日本の保護犬猫の未来を考えるネットワークは、PWJの言い分だけを紹介する一方的な記事でファクトチェックを怠っているという抗議文を送っていますが、東京新聞は黙殺しているようです。望月衣塑子記者を黙殺する菅義偉官房長官と同じです。

 記事を執筆した原田遼さん、こんな風にして仕事が天から降ってくると記者はさぞかし仕事をしにくいことでしょう。組織は違いますが、元新聞記者として同情したくなります。たくさんの間違いや勘違いがあるのは、事前の予習や事後のチェックに身が入らなかったのに違いありません。

 新聞の信用を失わせるような記事を読んで、私はとても残念な気持ちです。

 しっかりしろ、東京新聞❗️


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