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【海のナンジャラホイ-9】海藻に番号をつけて個体識別してみる

海藻に番号をつけて個体識別してみる 

陸上植物の群落では、しばしば毎木調査というのが行われます。一定の面積内に出現するすべての樹木に標識をつけて個体識別をして定期的に調査を行うことによって、いろいろなことが分かるのです。その場所にはどんな木が生えているのか。どの木がどんなふうに成長するのか。どんなふうに生きて、どんなふうに死ぬのか。どれくらいの寿命があるのか・・・などなど。
例えば公園内の木々を見ると、よく記号タグがつけられたり、テープが巻かれていたりします。それらは、胸高直径と言われる1.3 m のところに取り付けられているのです。陸上の樹木では、この高さでの直径がわかれば、幹の大体の容積が分かるからです。毎木調査の手法は、きちんとマニュアル化されています。 

毎木調査は素晴らしいのです。海藻でもやってみれば良さそうですよね。ところが、海藻で行われる個体識別調査は、驚くほど少ないのです。研究手法も確立しているとは言えません。なぜなのでしょう?
まず、海の中で広い面積に分布する海藻に個体ごとにタグを付けて識別するなんて、作業として滅茶苦茶に大変です。海に潜って、背中に背負った限られた空気が許す時間内に作業をしなければならないし、透明度が低いと標識が見えなかったり、海況が悪化すれば波に揉まれたりするわけで、大抵の研究者はそんなことはしたくないのです。そもそも、潜水してそんな作業を行う研究者の人口はわずかです。それに、そんな地味な研究はコスパが悪いのです。かっこいい最先端の手法を使った流行に乗った論文を素早く出すことが要求される昨今の研究世界ですから。

でも、潜るのが大好きな、技術よりも粘りと体力勝負の、我々のような非効率ウェルカムの研究者にとっては、海藻の個体識別研究は、楽しく蠱惑的(こわくてき)なのです。海の中に林立する大きな海藻の仮根部付近に番号札を取り付けて、毎月通っては大きさを測らせてもらうのです。

番号タグを付けたアラメ

だんだんと海藻ごとの特徴がわかってきます。細長いやつ、黒ずんだやつ、小さくて太いやつ、葉の少ないやつ、むやみに元気なやつ。調査というよりは、海藻を「訪ねて行く」感じになってくるから不思議なものです。だから、海藻の元気が無くなったら、励ましてやりたくなるし、立ち枯れしたら悲しくなるし、釣り糸に引っ掛けられて切られたら憤るし。

番号タグを付けたアラメ(248番)
番号タグを付けたアラメ(271番)

そんなこんなで伊豆下田ではカジメ相手に10年間、宮城県牡鹿半島ではアラメ相手に8年間の「毎木調査」を行いました。既に生えている成体のみならず、新しく生えてきた若い個体も含めて、個体識別調査をずっと続けてみたのです。それによって、年齢毎の死亡率や寿命が明らかになりました。
寿命は最大で10年程度でした。陸上の樹木よりもはるかに短いのです。また、成長の仕方や形態にものすごく個性のあることもわかりました。すごい勢いで大きくなって早々に死んでしまうもの、太く短く育ってじんわりと長生きするもの、葉の生産速度が速くていつも元気なもの、なんだかいつも茎や葉が汚れていていかにも不健康そうなものなど、いろいろでした。
一定の年数を経ると成長が頭打ちになるために、茎の年輪から成長推定を行い難いこともわかりました。

分布調査のために番号札を付けたカジメ林

海藻の「毎木調査」からわかることは多いのです。
ダイビングサービスに勤めるインストラクターなど海に頻繁に潜っている人が、通いつけの海で、数本のお気に入りの海藻に標識をつけて「マイ海藻」にして、時々全長や茎の長さや茎の直径など測って、そんなデータを積み重ねて全国で持ち寄れば、ものすごく貴重な記録になります。同じ種類の海藻でも海域によって成長は違うはずですし、温暖化など海況の変化を受けながら、海藻の様相も変わってゆくはずです。
アラメやカジメなどコンブの仲間の海藻(ケルプ)は、測りやすいので、それらを測る「マイケルプ」ネットワークのようなものができれば、楽しいし、科学的にも有意義ですね。いつか実現させてみたいものです。

○o。○o。 このブログを書いている人
青木優和(あおきまさかず)
東北大学農学部海洋生物科学コース所属。海に潜って調査を行う研究者。

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