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湘南詣で

映画のような15時からの湘南詣で。江の島は一つの映画のよう。

午前は少し早く起きて朝ご飯を食べてシャワーを浴びたけれど、『ゆるい日本史』をソファで読んでいたらやはり寝てしまった。9時半から12時半までの3時間の間、ダイニングで麻雀を模した「ポンジャン」に興じる午前の家族の声が夢にまで聴こえてきていた。夢の中では、ポンジャンをしているのは家族だけではなくて、色んな知り合いが出て来たけれど、白い旅館のプールみたいな場所だったことくらいしか覚えていない。

お昼を食べて、わらび餅を掛けたポンジャンに参加した。程ほどに面白かった。それが終わって、昨日沢山買ってきた漫画も特に手がつかなかった。そういえば、二度寝する前の朝の時間に今日のこの暑さなら海に行けたらいいと思っていたのだった。水着で海水浴をして、午後は全身に日を浴びながら昼寝したいと思っていたのだった。正確には、今年の夏は一度も海で泳げていなくて、なんならここ数年はそうで、8月の晴れる最後の休日が今日だったので、今日海に行けたらと思っていたのは少し前からなのだった。

そんなことはどうでもいい。ひとまず事実としてあるのは、15時に家をたち、湘南モノレールに乗って江の島まで向かったと言うことだ。通っていた高校が大船にあったのに、モノレールにちゃんと乗るのは初めてだった。乗客は中年の人が多く、皆仕事や買い物の帰りといった繰り返す生活の一場面のようだった。

モノレールの体感はライドコースターだった。駅に大きくカーブして入っていくことが多くてカッコいい。普通の民家のすぐ上を縫っていくように走るので、信号機やベランダなどとのぶつかりそうなくらいの距離に興奮する。特に、森とトンネルのなかでグイグイ加速したのは凄かった。終点の江の島駅にはあっという間に着いた。

降りる。新築の駅を五階も降りなくてはならなかった。江ノ電の踏切を越える。自転車でこの辺に住んでいるのであろう親子連れが通り過ぎる。財布にお金が足りなくて、観念して少しいった所のセブンで金を降ろす。手数料がかかるのを気にしていたがどうでも良くなった。

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江ノ電の駅を通り過ぎるとき、駅のすぐ前に簡単なシートの屋根を掛けてテラスを作っている店があった。以前、どうしようもなくなった金曜日の夜に友人と二人で車で来た時、一つだけ開いていた店だった。その日と同じ髪を後ろで結わえたおじさんの店主に、その日と同じしそソーダを頼み、その日と違うチーズドッグを頼んだ。座って待ってなと言われたので、待つ。すぐそこが踏切なので、行き交う人と踏切と江ノ電が交互に見られる。暫くすると、皿とグラスに食事を運んでくれた。テイクアウトと言ったつもりだったが、別に良かったのでそのまま席で食べる。今日の『百年と一日』を読み始めたのはそこからだった。

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通りを過ぎて、海岸まで出る。以前、西側の片瀬海岸に職場の先輩と散歩をした。広い芝生の公園がある所だ。今日も同じ場所に行こうと思っていたが、道を辿って何となく東海岸に出た。何かフェスをやっていたようで、什器を解体する水着姿の若い男女たちが作業をしたり酒を飲んだりしている。焼けた肌に海パン一丁、その腰に作業用のベルトを巻いている男の姿は新鮮だった。全身ウェットスーツ姿の女性も作業をしていて、そういった光景全体が初めて見ると感じた。海岸はともかく海風が強い。このときはまだ西海岸に行くつもりなのだが、歩いていくうちに今歩いている道が江の島まで繋がっていることを知った。

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橋には人が多い。少し歩くと足元は海上になっていて、海の上を歩くというのも渡って見なければわからなかった。そして島の入口に付く。大きな鳥居から急な登り坂が続いていて、道の両側に観光客への店が並んでいる。覚えていた景色はその程度だったし、実際入口から見上げる江の島はそのイメージとさして変わらなかった。人は日曜日ほどはいなくて、歩くのに支障はない。

ここに来て思い出す記憶はただ一つ、中学生のころに唯一付き合った女の子と二人でデートに来たときだけだった。薄く覚えているのは、隣に並んで歩く初々しさと一緒に口を噛む石像で占いをやったことだ。付き合っていると公言しながら、実際にはEメールを交わしてばかりだったので、実際に会うことにお互いが慣れていなかった。今思い返しても慣れない。道に入ると最初に大きな温泉施設が出てきて驚いた。

登るとさらに階段が急になって大きな赤い門が迎える。それを潜り、階段を螺旋形に登っていくと本宮に行き当たる。僕がイメージしていた江の島はそこまでで、やはり単純な島だと思いながら参拝する。

「エスカーはこちら」という見慣れない看板に誘われて、左の道へ進んだ。この時点ではこのまま左からぐるりと回って来た道を引き返すのだろうと思っていた。すると、その先には「~邸」という看板と矢印があり、脇道のように島のさらに上へと登る階段があった。そこから降りてくる男女も点々といて、丁度女性が一人登っていこうかという時だった。なんだまだ登るのかと何とはなく登る。

登ると、そういえばあったと思い出した青い灯台が見え、「ゆうひ」の名を付けた茶屋のある広場に出る。一人で登っていった女性には、上に待ち人の女性がいたようだった。さらに奥に下りの階段が施されている。広場の腰の高さに広げられた地図の看板を見ると、この道は奥津宮へと続いているらしい。地図だと少し長そうだった。

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階段の入口に立ってみると、道に対して真っすぐ夕日になり始めた陽が差しこんできている。階段は神社から続いているので、境内の大理石の造りのままで、その脇にお店やら家やらが並んでいる。山の尾根に誂えられてできる参道の高低差が不思議だ。少し前を行く若い男の子の二人組の愉快そうな足取りについていく。

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降りると左の視界が一気に開け、断崖が現れた。急に潮風と波の轟音が強い。店の白い外壁が崖に沿って伸びていて、どう作ったんだと思う。凄い景色に対して、家族とか二人連れとか、知らない人たちの集団の声が聴こえてきて、一緒に歩いてるみたいだ。

また登りを進むと、いくつかの店の後奥津宮にたどり着いた。ここに来るまで道はうねっていて、奥津宮には龍が祀られていたので納得する。

そういえば『海街ダイアリー』だったか『陽だまりの彼女』だったかに、江の島の秘密の道の先に猫のたまり場だったか、眼下に海を臨む秘密の場所だったかがあると言う描写があったけれど、それらしい道には行きあたらない。どこも生活感よりは観光感の方が強く感じる。

奥津宮の賽銭に10円をまた投げ入れて、軽く拝む。戻ると、どうやらまた左へと続く道があるらしい。曲がり角を折れると、これまでよりも狭い階段が下へと続いている。降りた分登るのだよなと思いながら、特に何も期待せずに階段を降りていく。

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階段には時折夕日が差してくる。寂れた店や家が脇に並び、見通しが効かなかった。

ぼんやりしてきたころ、急に視界が開け、そこには人が集まる南端の海食崖が広がっていた。辺りには海風が吹き荒れ、波は磯に打ち付けては崩れ落ち、海の向こうには陰を見せる富士山があった。何よりいきなり人が沢山集まる場所に出てきたことに驚いた。

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下の赤い桟橋まで降りる。どうやら洞窟に続いていたらしいが今日は閉まっていた。若い集団やカップルが多い。暫く海風のなかに抱かれていたくて、夕日が沈むのをそこで見送った。普段子どもが遊んでいる粘土土がここでは崖にびっしりとできていた。

潮風に吹かれながら、今好きな人のことを自然と考えていた。ここに連れてきたら、彼女はどんなことを言うだろうか。寒いしもう帰ろうと言うかもしれないと思った。

雲に隠れた夕日は、線香花火の玉の部分にすごくよく似た後、日輪をくっきりと見せて存在感を一挙に放ち、崖にいる人たちの視線を一斉に集めた。じわじわと富士の山の端に沈む最後に、峰に沿った真っすぐな光線を空に放っていた。

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参道の帰路は暗い。夕日を見送ったからだ。余計に周りの人の声が聴こえる。崖を見て、意外に死ねなさそうなんだよと話す男女。そればっかりは~だからねと歩く年配の女性たち。大学生らしい男女の集団。部活帰りにエナメルバッグを背負った高校生たち。

最初の参道まで降りてきて、え、凄くない?と興奮する中学生らしい女の子たちに、占いはできたかいと声を掛ける店主の声も聞こえた。はい!と応える女の子たち。

入口まで降りてきて、広場のベンチに腰をかける。兄ちゃんそのままでいいよと魚屋のおばちゃんの声。ホースで店先を洗っている。『百年と一日』を開く。周りは適度にお互いを放って置いていて、それでいてそれぞれ何かを待ったり休んだりしていて、すっと物語のなかに入れる。

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雷だ、という声でふと顔を上げると、北の空に遠雷が光る。今度は線香花火の火花のようだ。しかし、見ていると段々調子が激しくなってきて、人間界にはない暴力的な店舗で稲妻が走る。海が広げた空の向こう、遠雷はその全体を見てとることができた。調べると埼玉の方らしかった。こんなに近くに見えるのに意外だったが、以前みた遠雷も埼玉だったと思い出した。

近くの旅館から浴衣で出てきた夫婦らしい男女が、誰かと電話している女性が、ヤンキー風の男二人が、自転車で誰かを待つ男が、少し休みに寄ったカップルが、それぞれベンチに腰を掛けては雷を眺めて行った。江の島から出ていく声たちが、雷を見つけては何かを叫んで、それがまた一つのリズムになる。花火じゃないじゃん。そうだよね、だって誰も浴衣来てないもんね。ヤバくない?…(数秒して)すごーい!最後の方の話はディープだったね。バス来たんじゃない?…。

少し雷の動画を撮ったら、また『百年と一日』に目を落とす。蚊が出始めた20時過ぎ頃にようやく腰をあげた。

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映画はここまで。帰りは何と言うことはない。夜になってすっかりエロビーチになってしまった東海岸をわき目に、同じくモノレールで帰路に着く。暗くて何も見えなかった。途中、江の島の入口の広場と東海岸の石段で二度見掛けたペアルックのカップルを、帰りの電車の中でも見かけて驚いた。電車では、彼氏が頭を彼女の肩に乗せて眠っていた。地元に帰ってきて、この町内の上にモノレールが走ったらとんでもない風景になるなと思った。



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