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『列車に乗った男』読書感想。


強盗常習犯の流れ者ミランと田舎町で長年教職を勤しむマネスキエ。
町の薬局で偶然出会った2人は、徐々に互いの人生に惹かれあってていく。
マネスキエにとっては、街からほとんど出たことのない自分が持ち得ないミランの自由さに、ミランにとっては、マネスキエの持っている土地との繋がりとそこから生まれる重厚な歴史にそれぞれ羨望の念を抱いていた。
互いの人生への羨望がエスカレートし、
マネスキエはミランの服をこっそり着て、悪漢の真似事をしてみたり、ミランはミランで、マネスキエの教え子に教師の真似事をぶってみたり。
どこかとち狂っているというところにのみ共通点を持つ2人の行動は震え、交錯し、やがて互いを超えた所に形作られていく。

ストーリーはわかりやすく、ミステリーとして読むにはやや物足りないところもあるかもしれない。

しかし、言葉のパワーが群を抜いており、それがストーリーを凌駕してしまう。
特に、強盗決行前夜に2人でバルコニーに出て晩酌している際、過去を後悔する発言をしたマネスキエに対し、ミランが放った言葉が凄まじかった。
マネスキエの顔のしわをなぞりながら、
この中には、大事なものがたくさん見える。違うか?
苦しみ、笑い、悲しみ、考え、全部ここにある。時がたつほど、人には価値が出るんだ。お前がわかってないのはそれなんだよ。人は死ぬ、あんまりきれいだから死ぬんだ」
マネスキエが積み重ねてきた人生の厚みに対する羨望や歯痒さ、そして、老いを重ねる自分自身へのエールまで含まれた、凄みのあるセリフだ。

特別な存在のように見える人にも抱える苦しみはある。
ミランの魂の叫びは何者にもなれない人々を救い、ミラン自身も浄化していく。

その後、それぞれの理由で死線を彷徨った2人がどうなったかは、あらすじを読めば大方の人が予想できるその通りだと思う。
だが、それで良い。

この小説の良さは謎解きでは無く、ミランとマネスキエの人生、そしてそれを紡ぎ表す言葉にあるのだから。

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