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九井諒子『ダンジョン飯』アイスゴーレム茶碗蒸しはじめました

マルシル「なんちゅうもんを食わせてくれたんや、なんちゅうもんを……」

2014年に『ハルタ』で連載がスタートしたグルメ×ファンタジー漫画。10年の長期連載となり、この度無事完結しましたね。九井諒子先生お疲れ様でした。「ダンジョンの中にいるモンスターってどんな味なんだろう」というファンタジー世界における人の”食欲”に目を付けた作品で、じゃあ実際にモンスターを食べるとしたらどんな料理になるのかな? その生物的な構造・特性ってどんなもの? ということを突き詰めて考えることで、独自のリアリティを生み出した傑作です。さらに九井先生のストーリーテリングと、親しみやすさを覚えるコミカルな漫画表現がすばらしく、繰り返し読みたくなる魅力的な漫画でした。

お話は、冒険者ライオスのパーティがダンジョン内で火竜レッドドラゴンに挑むところから始まります。”狂乱の魔術師”と言われる存在を倒すことで、夢を叶えられるといわれているそのダンジョン。しかし長旅により空腹状態となったパーティはあえなく撃沈。ライオスの妹ファリンはレッドドラゴンによって食べられてしまい、ほうほうの体で地上まで逃げのびるのでした。ファリンを蘇生魔術で復活させるため再びダンジョンにもぐることを決意するライオスたち。しかし何をおいても探索にはまず「飯」が必要だ。であるならば、食べ物は現地調達、つまりモンスターを食べながらダンジョンを攻略してやろう。そうだそうだ、敵を倒し、腹もふくれるし一石二鳥じゃないか。そんなこんなで新しい仲間も引き連れて、ライオス、マルシル、チルチャック、センシ4人の危険に満ちたドタバタ珍道中が始まるのでした。

道中で遭遇することとなるモンスターは、作者である九井諒子による安定感のある線によって生き生きと描かれ、危険だらけの冒険ではあるものの、暗さや悲壮感はまったくなく、最初から最後までずーっと楽しくユーモアに満ちています。倒したモンスターを調理するシーンを丁寧に描いているのもこの漫画の特徴で、料理漫画でよく見かける調理シーンや料理の完成図(栄養素のグラフ付き)もしっかり用意。存在しない具材、調理法で作られているにもかかわらず、「いや作れねーよ」というツッコミが野暮になるほど出来上がった料理は美味そう。スライムはどうしたら食べられる? さまよう鎧は? ゴーレムは? ドラゴンは? ストーリーも面白いが、それ以上に「次はどんなゲテモノ(モンスター)を食べるのか、どうやってその食材を手に入れるのか、マルシルはどんな反応を見せるのか、という部分が気になり、一度で二度も三度も美味しい作品となっている。

物語当初の目的は「ドラゴンを倒し、妹を蘇生させる」というものだった。でもだいたい4巻くらいで目的のレッドドラゴン再戦まではたどり着く。前半部にあたるそこまでの流れは1話完結の話が多く、短編漫画を得意とする作者の持ち味が存分に発揮されていると言えるだろう。そしてその後はそう続くのか!という展開に持っていき、より世界観全体の広がりと、様々な登場人物の魅力を引き出すことに成功している。
後半からは”翼獅子”と呼ばれる存在が物語に深く関わってくることとなり、やがてライオス一行だけでなく国全体を巻き込みつつ、みんなにとっての落とし所を探っていく。この世界でも、種族間の違い、住んでいる場所の違い、たどってきた歴史の違いにより何らかの形で諍いはあるものの、同じ敵を倒すという目的があるとき、あるいは一緒に飯を食べているときは、そういう種族間の壁は取り払われていき、ここに作者の伝えたかったメッセージを感じてしまう。

でこぼこで”はぐれ者”がそろったライオス一行以外にも道中でかかわる登場人物はみんな魅力的。はじめは「なんじゃこいつ」と思っていたキャラクターもそれぞれにちゃんと見せ場を用意しており、いつしかみんなに愛着を覚えていた。特にこの漫画の主人公であるライオスは、一見何の特徴も無い、ゲームキャラで言えばどの能力も平均くらいの「ノーマル」な存在なのだが、食に対する異常なまでの執着と、併せて持つモンスターへの度を越えた愛が、全編にコミカルな雰囲気を提供し、物語を引っ張っていく。見方を変えればこの漫画はゲームや通常のファンタジーでは”無用”……とまではいかないまでも、大して役に立たない性質を持ったキャラクターがその能力を活かして立ち回る、というお話と言えるかもしれない。そのため彼の”悪食”はやがてこの世界全体の命運を握ることとなっていくわけで、回りまわって「食べる」ことの意味を探り、その営みについて考えるお話となっていた。

九井諒子は初期短編集『ひきだしにテラリウム』や『竜のかわいい七つの子』では2ページ~10ページくらいのショートショートを描いていて、デビューしたての頃は”短編漫画の名手”という印象の漫画家だった。この『ダンジョン飯』も特に前半はギャグ漫画のテイストが強く、1話完結の話が多い。そもそもこの作品、元は読み切りで書かれた作品が評判で連載になったという経緯があるらしく、言ってみれば一発ネタっぽい始まりなのだが、長期連載という形式でも中だるみすることなく最後までしっかり面白いのだからすごい。
後半シリアスさが増していっても常にギャグを入れることも欠かさず、仲間が石化したり、モンスターに食べられたり、姿を変えられたり、「これ、この後どうすんの……?」という状況にさせても、なんだかんだで作品内のリアリティを守りつつ、ちゃんと解決方法を提示しており、ストーリーテリングの巧さも光っている。

そしてなによりこの漫画の魅力は「絵」だろう。絵柄的にはほとんどクセが無いのにこの人にしか描けない、この人ならではの親しみやすい絵ですばらしい。作者の想像を表現する漫画力が非常に高く、食べたことの無い、どころかこの世に存在すらしない材料で作られた料理のはずなのに、それらが一際美味そうに見える。「RPGあるある」を視点を変え描くことで、使い古された古典ファンタジーの世界に新たな魅力を宿らせてもいて楽しい。例えば最新13巻のあるコマでは登場キャラが”台詞を食べる”シーンがあったりして、漫画的な表現の面白さも追求されている。とはいえそういった部分のほとんどは九井諒子が持つセンスから自然と出てきた雰囲気があり、これみよがしに「どや、新しい漫画表現やで」みたいな感じがなく、その「自然さ」が何よりも凄まじいなと感じる点だった。

食べることは=生きることであり、同時に弱肉強食の世界をそのまま体現する行為だ。マルシルがこの旅を「死を受け入れるためのものだった」というのはそういうことなのだろう。それは同時に私たちを形作っているものが何なのかについて考えることでもあり、回りまわって、生きている者に与えられた豊かな特権、つまり生を謳歌することの素晴らしさを意味している。
グルメ×ファンタジーというキャッチーなもの同士を掛け合わせて、圧倒的なクオリティで完成させてみせた見事なフルコース、大変美味しく頂きました。
来年1月からはアニメもスタートするし、そっちも楽しみだなあ。


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