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【小説】神社の娘(第13話 バケモノ対策課、トラ退治編)

 村役場の環境部野生動物対策課では、朝一に会議が行われていた。
 議題は「妖物の強力・凶悪化について」である。

 数か月ほど前から、村の周りに現れるバケモノの類、彼らが「妖物」と呼ぶ奴らが、徐々に凶暴性を帯びてきたのである。

 そして一週間ほど前、つまり橘平たちが満開の桜の下にあった小さな神社を破壊したころから急に攻撃力が上がり、ケガをするものが増え、倒すのが困難なケースが出てきた。さらに出現頻度も増えてきている。
 係長の三宮伊吹が説明する。

「妖物出現の頻発地域は立ち入り禁止にします。状況を見て禁止地域は判断していきますが、より妖物の出現や被害が拡大するようであれば山全体の立ち入りを禁止、村民への注意喚起も行っていきます」

 「なゐ」の封印前、妖物は全国各地を荒らし、人間たちを殺し、それはひどいありさまだったという。人は神より力を賜り、総出で妖物を討伐していたそうだ。一宮家の先祖により脅威が封印されると、妖物はこの世からほとんど消えていった。

 しかし、「なゐ」が封印されているこの村の周りだけ、妖物は出現し続けている。ただ封印後、彼らは急速に弱体化。加えて出現する範囲も限られ、村の中までは入ってこない、というより入ってこられないようだった。

 弱体化が原因なのか、その中でしか活動できないようだ。出現場所にはムラがあり、あまり妖物が現れない場所もある。

 一度だけ、ほんの一時期の間、妖物たちは全盛期のような強さを取り戻したことがあった。しかしほどなく治まり、村にはまた平和が訪れたという。
 昔のように村人総出で討伐するほどでもなくなったゆえに、一宮、二宮、三宮家で有術を継承、村を守る、という今の形に落ち着いたのだった。他家はその3つの家に代々の有術を譲り渡したという。

 妖物はだいたい、動物の形をしている。が、よく見ると耳がないとか、鼻がないとか、足が異常に太いとか、どこかおかしいのであった。

 強さや大きさに関しては、妖物それぞれによって違う。その辺のネズミと同じくらいで害のないものもいれば、犬、クマ等々、危険レベルはさまざまだった。普段対処しているのは、強くても柴犬程度がせいぜいだった。それが最低でもクマレベルに上がってきている。そんなレベルのバケモノは年に1回出るくらいで、ほとんどがそんなに強くはなかったのだ。土日に出ても、「月曜に処理すればいいや」で済ますことができた。

 人に危害を加えることはもちろんある。彼らに与えられた傷は有術でしか治療できないし、殺すことも有術でしかできない。人間の使う武器や向日葵のような打撃は、隙を作るための手段でしかないのだ。

 ちなみに、村唯一の診療所に治癒能力者がいるので、妖物の攻撃でケガをした場合はそこで治療する。被害に遭う村民もたまにいるが、治らなければ必ず診療所に来てくれるので対処できるし、職員たちもケガをすればここに直行がお決まりだ。

 むしろ、今までは本当の野生動物対策の方が厄介で面倒だった。
 それが今や、奴らの方がより面倒で厄介と来ている。

 駆除は基本的に2人1組で行っている。葵のような妖物を消滅させる能力者「攻む」と、向日葵のような補助系の能力者「支ふ」で組むのが基本だ。しかし、以上の理由により、同じく親戚筋であり、有術が使える職員で構成される環境部自然環境課にも人員を頼らざるを得なくなってきた。

 これまでは適当に割り振ってきたのだが、今後は、より各人の相性を考慮して班を作る必要性もでてきた。

「課長と私でもよく考えますが、各自でも誰と誰が組んだ方が的確に駆除できるか提案していただけると助かります。それと、有術者のサポート要員の増員も考えています。とりあえず、ご家庭の事情や定年でお辞めになった『支ふ』の方、他の職業の方、それが難しい場合は未成年の子でも手伝ってもらわなければと考えています」

 と、課長代理の三宮桔梗。また課長の二宮公英によると、この現象についてはすでにお伝え様に調べてもらっているという。

「お伝え様によると、円形の森が揺らいでいるらしい。どうやら、森に入れるようになったらしいんだ。話によると、とんでもない妖物がうじゃうじゃいるということで、入らないほうがいいと忠告されたよ。これについて、何でもいい、ささいなことでもいいから、知っていることがあれば教えてほしいな」

 葵も向日葵も、「ささいなこと」を知っていた。
 満開の桜の下での出来事。

 時期からするとあれがきっかけに違いない。まさか普段対処している妖物に影響するとは全く考えていなかった。これは真に、早急に、悪神を消滅させないと大変なことになってしまう。葵と向日葵は事の重大さに焦りと危機感を感じていた。

 課長はさらに焦るような事を発表した。

「あ、休日出勤の増加も覚悟するように。事態が事態だからさ、振り替えられるかは要相談ね。これは上が言ったことだからね。しばらく休みない感じで」

 早急に悪神を消滅させないと。

「治せるって言っても限界あるからなー。公務災害頻発したら困るから鍛えといてね」

 溜息しか出ない課員たちであった。

 午前中の妖物駆除を終え、葵が席に戻ると、課内には向日葵だけだった。ちょうど、昼休憩が始まった時間。それぞれ、休憩スペースや会議室などで弁当を食べたりしているのだろう。彼女はお伝え様からの調査結果の資料や、誰かからの差し入れのお菓子を各机に配布していた。

 二人は課の中で一番の年若で同い年である。さまざま雑務を任される立場にあるが、向日葵がこうした役を押し付けられることが多い。実は向日葵の方が入職は早く先輩であるのだが、資料のコピーやお茶出し、書類整理、掃除等、彼女に振られやすい。

 課長が二宮の人間のため彼女に頼みやすいのもあるが、有術の能力も理由の一つだ。葵の有術による殺傷能力は課、ひいては一族のなかでも随一で、最近は出動頻度が高く、あまり雑務はこなせない。それ以外にも、葵にあまり雑務を押し付けない理由が上司にはあるらしかった。

「ありがとう」
「いえいえ、ワタクシの仕事でございますから。アニマルを転がすしか能がないもんで」

 彼女のこの態度に、葵はどうしても一言いいたくなった。が、隣の自然環境課を見ると、数人職員がいる。別の場所に移動しようと向日葵を誘おうとしたとき、課長が飛び込んできた。

「あ、いいところにいた!葵君、ひまちゃん、すまんが駆除に行ってくれないか?急ぎなんだ。場所は役場のすぐ裏だから」
「ちょ、私お昼ご」
「早く!ちょっと強いくらいだと思う!終わったら休憩取っていいから」

 お前が行けよ、と向日葵は心の中で悪態をついたが、それができないことは十分分かっていた。二宮課長の有術は「感知」すること。妖物がどこに出現したか、どの程度の強さかわかる、というもの。課内一の裏方能力者であり、ほとんど現場へ行かない。しかし、課長がいないと未然に被害が防げないのも事実だった。

 二人は作業服に着替え捕獲道具などを持ち、すぐに現場へ向かった。葵の「捕獲」道具は日本刀だが、あくまでも「対・野生動物」に見せるため、役場では刀を猟銃用のケースに入れて持ち歩いている。

 余談だが、彼のほか獲物を使う課員はこのカモフラージュのため狩猟免許を取得した。実際の野生動物対策業務に大いに役立っているという。

 補助が主な役割で有術に獲物を使わない向日葵は、応急処置用具などを入れたリュックを背負っている。

 役場の裏は竹林だ。毎年春になると役場では「タケノコ大発掘会」が開催され、職員たちが良い汗を流しながらタケノコを収穫し、家々でタケノコ料理を楽しんでいる。なかなか上物のタケノコが取れると大人気の行事になっている。

 課長が言うには、この竹林を抜ける手前あたりにいるという。行動範囲も徐々に近くなってきているようだ。竹林に入ってすぐ、葵はメガネを外して日本刀を手にした。二人はさらに速足で向かう。

「向日葵」
「なに?」
「さっき、自分は転ばせるしか能がないって言ってたけど、あんなこと言うなよ」

 こいつに言われるのが一番ムカつくのに。向日葵はむっとした顔を隠さなかった。

「ホントの事じゃん」
「桜の木の妖物、向日葵が有術で倒してなかったら殺せなかった。俺一人じゃ、あの二人を守りながらなんて無理だ。有術って、どれが優れてるとか、これが劣ってるとかない。使い方と相性だ。普段の仕事でも痛感してる」

 だから、そういうところがムカつくんだ、向日葵の語調は強くなる。

「そんなことない。葵一人で倒せてたでしょ。桜ちゃんが治してくれるわけだし」
「ケガして治すの繰り返しだ。そのうち桜さんが疲れて終わりだよ。向日葵がいなきゃ無理だったんだよ。向日葵の有術が必要だったんだって」

 どんな能力であれ必要なのだが、向日葵と同じ能力を持つ人間は昔から軽んじられる傾向があった。葵は、その能力を持つ歴代の人間たちの使い方がうまくなかった、それだけのことだと考えている。

 加えて、大人たちが「弱い」とか「役立たず」など言うからいけない。その刷り込みのせいか、向日葵は自身の能力について幼いころからコンプレックスを抱いている。

 それを親戚たちに見せないよう、そして能力をカバーするように鍛えて、「桜の保護」という役目を果たそうとする向日葵を、葵は常に近くで見てきた。彼女の努力、能力を一番理解し認めているのは彼なのだった。

「さっき課長代理に言っといたから。俺は向日葵と組みたいって」
「え!?桔梗さんにそんなこと言ったの!?」
「会議の後、ちらっと聞かれたからさ。だって本当のことだし。一番仕事しやすい」
「それってさ、喋りやすいだけでしょ。嫌いだけど兄貴との方が相性いいと思うよ」
「悪くはないけど、向日葵の方が…」

 葵が話をしている最中、突如、二人の目の前に黄色と黒のしましまの大きな物体が現れた。見慣れない形に、二人は目を疑った。

「でかい猫…じゃないよね?」
「トラだろ…ぶっとい尻尾が5本あるけど」

 トラはじっと二人を見つめ、今のところ、動きそうにはなかった。かといって、こちらから動くこともできない。その光る目から視線を外せば、おそらく即座に襲ってくる。膠着状態を続けるわけにもいかないが、先に動くと不利なのは明白だった。

 動物の形をしているとはいえ、性質も動物と同じというわけではない。例えば数年前に出現したあるクマ型の妖物は、とてつもなく動きがのろかった。もしかしたらこのトラも、恐ろしく足が遅くて、噛まれても痛くないかもしれない。ただ、最近の兆候を考えれば、それはほとんど期待できないと言っていい。

 未知の動物型との遭遇、加えて妖物ら全体が強力化している。この状況を打開する方法をこれまでの経験から考えてみるも、いい案が思い浮かばない。葵が必死に考え抜いているところで、向日葵がはっきりと宣言した。

「特攻する」
「は?」
「私が突っ込んでひっくり返すから、隙狙って殺して」
「そんな危険だろ」
「何事も最初は危険でしょ。開拓者は必要なのよ」

 言い終えると、向日葵はトラに向かって突っ込んでいった。トラの方も向日葵の方に目を移し、走りだした。

 やはり、ヤツが遅いなんてことはなかった。一瞬で距離がぐっと縮まる。向日葵はいつでも手を返せるよう、右手を突き出して走り続けた。

 葵は、彼女の勇気にいつも感服している。
 これが彼女の長所なのに、本人も周りもまったく気が付いていない。彼は、ここぞという時に踏みだせない自分が嫌いだった。向日葵はどんなことでも飛び込んでいける、そこをとても尊敬しているのだ。

 今だって、何も思いつかなかったら自分はどうしただろうか。逃げるのか。結局、向日葵の勇気のおかげで、状況は動き出した。真の役立たずは俺の方だ、と葵は痛感した。

 彼女が動かした状況を無駄にできないと、葵は向日葵の動き出しから瞬間遅れて、トラの背後をとるべく動き出した。

 トラのスピードは予想以上だった。間合いぎりぎりを見定めて手を返せるのか、向日葵は心配になってきた。

 いつもそうだった。向日葵は、本当は怖くて不安で仕方がないのに、口が先に強がってしまう。
 そして、言葉にした以上は有言実行。今回も、やると決めた以上は最後までやる。ケガしても治してもらえる、大丈夫だ、と手を伸ばし続ける。

 そろそろ間合いだというと時、トラが向日葵を狙って飛び上がった。手を前に出していた向日葵はこのスピードに追い付けず「ヤバい」と思った瞬間、トラが向日葵の頭上直前でピタと止まった。

 というより、これ以上向日葵に近づけないと表す方が近い。このチャンスを逃すまいと、向日葵は右手を返す。

 トラは頭からひっくり返り、地面に打ち付けられた。そこを葵の日本刀が突く。閃光とともに、トラはドロドロに溶けていった。

「な、わかっただろ、向日葵がいないと妖物は…向日葵?」

 向日葵はその場にぺたんと座り込んで、右手を眺めていた。

 アイツが止まったのって一体?私の能力なのだろうか?それとも。向日葵の右手に、橘平の姿が浮かんだ。

 葵は様子がおかしい彼女の肩に手を載せ、

「おい、どうした、ひま…」

 と呼び掛けた途中、彼女はふらりと倒れた。すんでで、葵が受け止める。

「おい、どうした、おい!」
「きっぺいくん…」
「は?きっぺい?」
「橘平くんだったんだ…」

 彼女はそのまま、すうすうと寝息を立て始めた。勇気の糸が切れてしまったようだ。

 こんなところで寝るか普通?と呆れたが、未知の出来事にたった一人で切り込んでいったのだからな、と葵は尊敬の気持ちで彼女の寝顔を見つめた。

 しかし、あの少年の名をつぶやいて眠ってしまったのはなぜなのだろうか。

「後で聞くか」

 その後、眠った向日葵を横抱きで町役場まで運んだ姿は、多くの女子職員に目撃された。

 これにより、翌日から向日葵は一部の女子(業務内容を知る環境部は除く)から嫌がらせを受ける羽目になった。イノシシごときで気絶すんじゃないわよ、きっとわざとよ、幼馴染だからって…。

 なぜ嫌がらせされるのか。物理的な強さのおかげで、無視とか、トイレの鏡を占拠するとか、机の上に空きペットボトルを置いていくとか、すれ違うたびに「弱いふりすんな」と言われるとか…みみっちい嫌がらせは意にも介さない彼女だが、理由が全く分からないのは気持ち悪い。

 そこで向日葵は昼休み、他部署の仲良しの同僚から事情を教えてもらった。

 聞いた瞬間に、彼女は真っ青な顔になってそのまま同僚の目の前でぶっ倒れてしまった。

 そして、たまたま彼女たちがいた休憩スペースの前を噂の君が通りかかり、ぶっ倒れた金髪を抱えて医務室に運んでいってしまった。

 これも、多数の女性職員に目撃されてしまった。


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