【小説】神社の娘(第39話 春の大駆除見学会-神秘系美人の応援で退治編)
私たちにこんな恐ろしい怪物、倒せるの?
高校生以上の学生有術者、普段妖物に対峙することのない社会人有術者は、一人を除いて、皆が同じことを考えていた。
今、彼らの目の前にいるのは、通常の2倍はあろう体躯、異常に大きな犬歯、いや牙を持つ土佐犬型。ハスハスの呼吸もよだれも2倍だ。
その一人とは一宮桜である。彼女はこれより強大な鬼のようなバケモノと出会っているし、この程度で弱気になっていられない。
おそらく、お伝え様の大事な跡取り娘に、駆除の当番が回ってくることはない。この見学会だって「行く必要はなし」と言われたのだ。それでも、自分が引き起こしたかもしれない現状を見ておきたかった。
また、普段の駆除がどのように行われているかをよく見て、自分の能力なら何ができるかを考えるためにも来ている。
土佐犬型に対峙するのは野生動物対策課の係長・三宮伊吹、パートナーは二宮樹。見学者の保護には二宮蓮、一宮あさひ、自然環境課からの2名があたっている。
本日は休日を利用した妖物の駆除見学会。
会といえば楽しそうではあるけれど、実際は命の危険もある仕事を間近で見て、しかもこの後に待っているのは「君たちも駆除してみよう!」のコーナー。さすがに、いきなりこのレベルの奴らを当てるわけにはいかないので、カワイイレベルの妖物が出たら、である。
見学者は一発目で「いきなりこのレベル」を目の当たりにしてしまい、恐怖で泣き出してしまったり、座り込んでしまった者もいる。
今日は感知係として課長の娘(隣町の中小企業事務員)もこの場にいるのだが、「帰りたい帰りたい」と唱えている。
伊吹が土佐犬を挑発、それに乗って妖物は彼に突進してきた。彼は踏み込んで回転し、日本刀を右から切り上げる形で、土佐犬の首を狙う。
狙いはあたったが、首は落とせなかった。伊吹は間合いをとるために、すぐに犬から離れた。土佐犬が伊吹を追っているところを、樹が横から長い棒を繰り出す。土佐犬の胴をドン、と突いた。
樹の能力は、相手の気と自分の気をぶつけて、静止させるというものだ。いかに自分の方が強い気を放てるかで、静止させる時間が変わる。これまでのうさぎや柴犬程度であれば、永遠に止められるくらい余裕であったが、最近の強敵たち相手では5~10秒ほどが限界である。今回もその程度が限界だ。
「かかりちょ~!!はやく~!!」
伊吹はざっと地を蹴って土佐犬に切りかかり、青緑みを帯びた閃光とともに首を切り下した。そこで樹の能力も切れた。それでも犬はどろどろにはならず足がピクリと動き始め、伊吹は急ぎ胴を真っ二つにすることで、ようやく妖物は溶けていった。
ふうーっと深呼吸し、村一スポーツ感ある見た目と熱いハートを持つ伊吹が、見学者たちにさわやかな夏空を思わせる声で投げかける。
「我々の駆除業務は、このように行っています。ご意見ご感想、ご質問等があればぜひ」
誰も何も言いそうな雰囲気はない。日本人特有の手を上げない、もあるが、大人たちまでも恐怖で圧倒されてしまっている。
「我々も、この間までこんな強い妖物を相手にしたことはありませんでした。ねずみやウサギ、かわいい程度の犬を相手にしていました。ご存じのように、このような怪物を相手にするようになったのは最近です。しかし」
かちゃり、伊吹は日本刀を鞘におさめ、身振り手振りを加えて演説を続ける。
「幼少からの鍛練のおかげで、こうして難なく戦えております。みなさまも幼少より鍛えておられますから、最初は若干の恐怖はあるでしょうが、思いの外できるものです。さあ、次は皆さまで駆除しましょう。我々がサポートしますし、本日は三宮青葉先生もいらっしゃいますから、安心してください!勇気を出して!怪我を恐れず!」
安心できるか!
というのは、参加者たちの心の声である。実際にはそんなこと、口に出せないけれど。本当に自分たちに彼らのような働きができるのか、不安でいっぱいだった。
しかし、その時はやってくる。
この1時間後にお嬢様が感知し、全員で現場へ向かった。今度の妖物は先ほどよりは可愛げのある、ちょっと大きな猪タイプたちが2匹。見た目もだが、お嬢さん曰く、たいした強さでないらしい。
普段は別の職業に就く社会人、そして学生たちが、事前に割り振った5人組で駆除に当たった。
桜は意図的にグループから外されており、次の回があったとしても、駆除にあたることはない。それは参加者全員が暗黙の裡に理解していた。
やはり始めは皆びくびくし、襲い掛かって来たイノシシに逃げまどっていたが、勇気ある行動を一人がすると、それに引っ張られ、続けとばかりに自身の能力を使い始めた。日ごろの鍛錬の成果を発揮しようと奮闘する。
しかし、それぞれの動きがかみ合わない。前髪をぱっつり切ったおかっぱの一宮あさひが凛とした声で、
「チームワーク!チームワークですよ!どう動けば、攻むの人がとどめをさせるか考えてくださいねー。頑張ってくださーい!」とアドバイスと声援を送る。
だんだん連携の取り方が分かって来た面々。
樹と同じ能力を持つ高校生が、猪を静止させた。わずかな機会を狙って、同じく高校生の三宮柏がイノシシの胴体に日本刀を切り下した。青緑色の閃光が飛び散る。
もう一匹の猪タイプは大人が駆除。参加者たちは「意外とできた」「私でもやれるんだ」など、この成功体験に興奮していた。
初めて妖物を駆除した柏は誰よりもワクワクしており、自分の力は意外と使えるんだ、と自信が湧いてきた。その隣にあさひがすっとやってきて、柏の耳元に話しかける。
「柏君、意外と筋がいいね。この調子で頑張って」
「は、はい」
あさひに久しぶりに話しかけられた柏は、魅惑的な声にわずかに耳と頬を染める。
「あさひさんって、神秘的な感じで素敵だよね~」
と、自然環境課の若い女性職員が羨ましそうに言う。
「確かに。不思議な雰囲気だし」
「クールな葵さんも目の保養だけど、私は断然、中性的でミステリアスなあさひさんなのよね。神秘性大事よ!」
「あの人女性でしょ?葵さんと比べるのは」
「え、男子でしょ?」
二人はあれれ?と目を合わせながら首を傾げた。
「どっちでもいいんじゃないか。魅力的なら」
と青葉がさっとコメントし、さっと通り抜けていった。
その後も続々と妖物が出てきてくれたおかげで、見学会と体験会は大盛況のうちに終了した。参加者たちは自信を持てたようで、解散場所の役場の駐車場でも「大丈夫そう」「稽古って意外と役に立っているんだな」という感想が飛び交っていた。
課員たちは報告の打ち込みや駆除道具の片づけ等のため、役場に戻る。
「うん、やっぱり普段みんな鍛えてるから、筋が良かったな。これなら一緒に駆除できるんじゃないか」
「イブっちはそういうけど、僕はちょっと心配な人いた。そういう人はあんまり参加させないほうが良いよ」
「そんなことも言ってられないよ。このままだと過重労働で死んでしまうからね、オレらが。振休ないし、有休使える雰囲気ないし。使えるものはガキでも老人でも使っていかないと」
「レンレンったら、もう。分かるけど!言い方!言い方あるでしょ!」
「分かったらだめだろ樹ちゃん、村民を守る公務員なのに!」
「課長なんてそのつもり満々じゃないか。自分の父親と娘さんまでこき使って、今頃街のサウナでも行ってるんだよ。あーくそ、これからサウナ行こ」
「いいね、サウナ!そうだ、今度、動対課男子全員でサウナ行こうよ。ねえ、あさひ君も裸の付き合い」
伊吹があさひの席の方に声をかけると、そこはもぬけの殻。あさひはすでに帰宅しており、姿はなかった。
「あさちゃん女子よ。係長がセクハラでーす!奥さんに言っちゃお~」
「男子だろ。まだ彼の歓迎会もしてないし、サウナで歓迎会もいいだろ」
蓮が「巫女姿でお伝え様のところにいたけど」、樹が「たまにスカート履いてるじゃない」と情報を加える。
「何っ!?どっちだ!?男装女子か女装男子か!?歓迎会はサウナじゃないほうがいいか!?」
「アイツの性別なんてどちらでもいいわ。サウナ行こ」
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