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遅咲き棋士のリストラ回避録【連続お仕事小説】その4

師匠せんせい、お聞きしたいことがあります」碁盤越しに師匠の神崎に問う。
「孫の運動会の活躍か?」目を輝かせてスマホの写真を見せようとしてくる。
「いやそうじゃなくて…」
「カカカ!冗談だよ」師匠が笑いながらお茶のお代わりを振舞ってくれた。

「師匠は65歳で引退されましたよね?もう少しプロ棋士を続けなかったのですか?」
将棋界は降級点という仕組みがあり一定の成績を収めないと引退する仕組みがある。囲碁界にはソレが無い。棋士が引退します!と宣言するまで続けることができる。最近では90歳を超えるプロ棋士が最年長対局記録を更新するニュースを聞いたばかりだ。

師匠である神崎がどう答えるか見守っていた。
「一般的な定年だから…という理由では りつは納得しなそうだな」
俺が頷いたのを見て、師匠はお茶を飲み次の言葉を探している
「要因は1つでは無いが、満足かな」
「満足ですか?」手拍子みたいに口から言葉が出る。
「プロで50年以上戦えて満足、永世の資格も取って満足、そして最後に満足のいく碁が打てなくなった」目を閉じて師匠が答える。
「棋力的にですか、気力的にですか?」
「両方だ。今は家族の成長を見守るのが楽しみさ」と師匠は笑うが、最後に孫は囲碁に興味を持ってくれないのが残念だがね…と付け加えた。

「葎、君は満足しているか?」今度は問われる番だ。
「…少し迷っています」正直に伝える。
「まぁ良いさ。今日は遅くまで打とうじゃないか」
「ありがとうございます」
もしプロ棋士を引退することになっても良い人生の先輩と同期を持てたことは幸いだと感じた。

そして運命の日、棋星戦リーグ入りをかけた最終予選決勝の日を迎えた。

その5へ続く

実際の対局まではもう少しかかりますが、明日も見て頂けると嬉しいです。なおこの物語はフィクションであり、実在の人物・団体・タイトルとは一切関係ありません。各話のリンク先はその1に掲載しています。


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