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"さよなら照明塔"イベントに出かけた日のこと

雨の日だとしても、厚く覆われた雲の向こうにはいつも青い空が見えると聞いてから時々、雨粒の音を聞きながら晴れ渡る空を想像する事があった。

ある年の皆既日食ツアーに飛行機から見学するというものがあって、雨の影響を全く受けない空の上からの写真を見た時から、それは本当に存在するのをいつでも実感出来るようになった気もしている。

この間、旧川崎球場から見上げた照明塔のおかげで一度も応援した事のない球団の存在も同じように感じられるようになれそうだと思えた。

球場に向かう時、遠くからでも見えるあの光の塔を照明塔と呼ぶのを、今回の出来事のおかげで初めて知った。


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旧川崎球場の照明塔が撤去されるというニュースを最初に知ったのはたしか去年の夏頃のこと。

旧川崎球場照明塔、来年度から撤去

富士通スタジアム川崎(川崎区富士見)で旧川崎球場時代から使われている照明塔3基について、川崎市は来年度から順次撤去する準備を進めている。市はこのうち1基をモニュメント化することを検討。ただ、保存方法については未定で、市民団体の要望や市議会での意見がどう反映されるかが今後の焦点となる。
タウンニュース川崎区・幸区版 2021年7月16日号

私にとっては生まれた日として馴染みのある数字が、野球史に残る"10.19"として呼ばれるのを知ってから、なんとはなしに気になる存在としてあった旧川崎球場の遺構が撤去されるというニュースに、千葉ロッテマリーンズのファンでもないのに心がざわついていた。
大洋ホエールズのファンでも、もしくはロッテオリオンズのファンでもと言った方が正しいかもしれないけれど。

そうはいっても、実際に現地を訪れたこともない中では次の箇所を読んでも、正直、残されるものがあるだけでも凄い事なのではないかと思っていた。

現段階で撤去のスケジュールや解体方法について市は「未定」としている。モニュメント化に向けて、市はコンサルタント業者と委託契約を交わした。市の担当者は業者からのアイデアをもとにモニュメント化していきたいとし、「現状を維持したままの保存という考えはない」との認識も示した。

よく見かける"発祥の地"等の説明を読む時、かつての面影も何もないビルとビルの合間で佇むだけだったとしても、出来事に思いを馳せるキッカケにしては十分に思っていた事もあったから、まだ、モニュメントとして一部が残されるというのなら石碑だけよりはずっと良いお話だと最初は思ってしまっていた。実際、配慮のあるお話ではあると言えるのだとも思う。全く何も無くなるというのではないのだから。


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そして今週土曜12日17時から、この富士通スタジアム川崎のグラウンドで「さよなら照明塔」と銘打ったイベントを行います。川崎の内外野でゴールデングラブを獲った西村徳文・元ロッテ監督のトークショーをメインに、17時45分には照明を点灯します。入場は無料。ロッテや当時の大洋ファンの方のみならず、球界の歴史を高みからずっと見つめてきた照明塔を、この機会にぜひ、目にとどめていただければと思います。
さよなら川崎球場の照明塔 歴史的遺産が12日に最後の点灯 2022年3月11日

ショーアップナイターの松本秀夫さんのこの記事と同じ内容のツイートを前日に見かけて、これは行かねばならないと決めた翌日は、照明塔のライトアップがされるにはとてもお似合いな晴れた日だった。

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JR川崎駅に降りると普段は改札を背にして左手のラゾーナ川崎方面に行く事が多いのだけど、その日は右手の大きな階段を降りてバス乗り場を探した。

目的地はもちろん旧川崎球場。今は富士通スタジアム川崎と呼ばれる球技場になっているその場所は川崎駅東口からバスで4駅。
教育文化会館前で降りて、歩いて2分の場所にあった。

川崎駅まで大体1.3キロのバス停付近。
お天気も良い日だったから、余裕を持って行くことができたら歩いてみるのもいいと思わせる距離。アクセス至便。


道路から少し入った所からの景色。
照明塔が見え始めた。野球が見られる時だったら、この角度で見え始めた時からその日の試合の始まる感覚があると思いながら撮影。
川崎駅からこの近さでジャイアンツ戦をされたら私は必ずに近く観戦に行きたくなっていたと思ってしまう。一度行った事のある千葉ロッテマリーンズの海風を感じられる綺麗な球場を思い出しつつ、でも、やっぱり近さは正義だと思ってしまいつつパチリ。
入り口脇にあった、今は野球じゃなくて俺たちなんですよと主張しているマネキン。
三連覇の文字が眩しい王者フロンターレのポスター。
本拠地は等々力陸上競技場との事だけど、富士通スタジアム川崎とお名前が付いている球技場のお玄関にふさわしい。
私が到着した時には既にファンの方々が何名もいらした。
街中にある球場だというのがよく分かるエピソードとして、10.19の日は近くのビルから眺める人もいたという記事を読んだ事があった。それはあのビルかなと思いながら青空が少しずつ夕方色へと変わりゆくのを眺めながらイベント開始を待っていた。


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初めにロッテオリオンズの応援団をされていて、後に球団職員まで務められた横山さんのご挨拶があった。Twitterでフォローさせて貰っていたので、実際のお声と普段お見かけするツイートの重なるようなお話が、今は見えない野球場の面影と照明塔に不思議にリンクするような感覚を持たせてもらいながら、さよなら照明灯のイベントは始まっていた。

西村監督の定位置センター付近に設けられた場所から

ショーアップナイターでお馴染みの松本さんが西村監督をご紹介される場面では、暮れていく空とも相まって今から試合が本当に始まるような、そんな気持ちにもなっていた。
実況としてのお声とトークショーとしてのものとはトーンや張りが違うのでその二つを聞かせて貰えたという意味では贅沢な一瞬になったのだけど、このまま過去のお写真を見ながらでも、松本さんの実況で一打席だけでも当時の再現があって欲しいとつい願ってしまう程の瞬間でもあった。

17時45分点灯開始。

目の前に存在しないものをまるで見えるように聴かせて貰えるのがラジオの実況だから、松本さんの声を聞いただけで試合が始まると錯覚するのは当たり前にも思ったし、今と過去が交錯するようなリアリティーを持って西村監督の視線から見た川崎球場でのエピソードを教わる内に、当時を知らない私でもこの照明塔をこの角度から見上げられなくなってしまう事実に焦りに似たものを感じるようになっていた。

20分ほどかけて照明塔に光が灯る。
水銀灯と白熱灯の二種類の照明を組み合わせた光をカクテル光線と呼ぶそう。


LED照明の直線的な光と印象だけが違うのではなく、実際照明塔のその日の明るさは照度計でチェックして調整されていたと横山さんのお話にあった。


全部で六基あった内、今残されているのは四基。モニュメントとして残るのは、その中の一基のみ。それも、足元部分だけになるという事らしい。



照明塔の明るさはかなりのものだった。
両翼90mに届かない球場の狭さというのも理由の一つになるかもしれないけれど、それにしても六基ある内の四基の照明塔でも十二分の明るさのように思う。


イベント終了後もお話をして下さる横山さんと昔からのファンの皆さん。
外野フェンスはこのまま残されるそう。
西村監督のお話で、外野フェンスに当たったボールはセカンドもショートも追えと言われたと聞いていたのもなるほどと思える。金網フェンスは今でもどこでも見られる珍しくもないものだけど、現地でそうだったとお話を聞きつつ眺めるのとは意味が違うと思いながら側まで近付いていた。
プロ野球の公式戦でフェン直のボールがどこに返るか分からないというのはほぼホームランに近い印象を持ってしまいそうだと思いながら実際に観戦していないのをこの時ばかりは悔しくなった。
例え一基だけでも、このまま保存して貰いたいと思ってしまう。


足元から見上げた時にお月様も近くに見えた。


さよなら照明塔のイベントは、今年、まだあと何回か開催されると富士通スタジアム支配人田中さんのお話にあった。

イベントの予定が見られるサイトがないかと検索してみると川崎球場の歴史を振り返る講座が2月13日にあったこともわかった。


田中さんは戦後3年間だけ存在した高橋ユニオンズや大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)、ロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)が本拠地として試合を行った歴史に触れた。また、米大リーグのニューヨークヤンキースが練習したことや、長嶋茂雄(巨人)が入団初年に同球場で1試合3本塁打を打ったこと、王貞治(巨人)の一本足打法の初披露、日本シリーズでの池田勇人首相の始球式などを紹介。大洋の横浜市への移転反対には54万人の市民署名が集まったとも述べた。
富士通スタ田中支配人
川崎球場の歴史ひも解く

川崎球場の歴史を学ぶ中で、野球の歴史を更に追いかけてみたくなってくる。

東京ドーム脇にある野球殿堂博物館でこちらで教わったお名前をプレートで探すのも、また試してみたい。


翌朝、タイムラインに流れてきたツイートからサンスポさんに記事があるとわかったのでコンビニにて購入。

サンスポ 2022年3月13日
川崎球場で「さよなら照明塔」イベント 
元ロッテ・西村氏がトークショー

あの日ご一緒した皆さんは200人とあった。
お一人お一人のお顔を見た訳でも、お名前を交換した訳でもなかったけれど、過去から未来を繋げる光を共有したのがとても嬉しく、また機会があったら見に行きたいと思った。

野球ファンは古い時を思い出したり語り合うのが楽しいものだと横山さんのお話にあったのを思い出しながら、"ロマンティックなカクテル光線"の写真を眺めていると少し野球ファンとして成長出来たような気がした。

同じ景色を前にして、言葉に出来ずにただ見惚れていた時に、松本秀夫さんが照明塔の輪郭をラジオの実況の時のように際立たせて下さった言葉を胸に秘めていると、次に東京ドームに行く時は、見慣れた回転扉もいつもと違う視線で見つめてしまいそうだ。

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