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忘れてはならない

きのう、浜離宮ホールからコンサート案内、チラシ一式が
届いていた。
これだけの数のコンサートが、開かれる。
これだけの数以上の演奏者たちが、この世にいる。
ぐるぐると目の奥で何かが回る。
これをめまいという?
本屋に行って書棚をめぐったときに感じるものと同じだ。
とにかくたくさんある、ということにクラクラする。

それでもなぜだかその中に、
自分の目にはキラリと光ってから映ってくるものがあり、
触れたら心の糧として吸いこまれていくものがある。
それを見出すことができるチャンスがあるうちは、
取りこんでいきたいと願っている。

こういうことは忘れてはならないことだ、と思う。
そして、この数日「忘れてはならない」と思わされたことどもを
思い出す。


おととい、渡良瀬川を眼下に、湿った緑の中を走る
わたらせ渓谷鉄道に乗って、星野富弘美術館へ行った。

一部屋一部屋、定点観測のようにゆったりと、
平行移動してながめることのできる設計のすばらしさに感じ入る。

作品の中には、これまでもハガキや本で繰り返し見たものも
あるわけだれども、ひとつひとつと向き合うと、またあたらしく感動する。
目の前にあるものに目をとめ、いのちを見いだし、
相手にも自分にも存在意義を感じることの大切さに。
そう感じてかたちにした星野さんのエネルギーに、とくに。

筆使い。
色の濃淡。
文字の形、並び方。

絵の一部であることば。
ことばを、だれのものでもない音にして
耳の奥に届けることのできる絵。

ことばと絵が一体となっているさまと向き合うというのは、
なんと刺激的なことだろう。
うれしさが静かにこみあげてきて、幸せな時間だった。

忘れてはならない。


今朝、ヘルムート・ヴァルヒャが全曲録音したオルガンの前に、
うれしそうに座っている鈴木優人さんの投稿を見た。
音楽をするひとの喜びの姿に、「ああ、そうだよね」と。

氏の担当週が設定されているNHK-FM「古楽の楽しみ」。
時折出演されるテレビ朝日「題名のない音楽会」。
出演コンサートでのトークが秀逸だと感じるのは、
なにより、「喜び」「楽しみ」にあふれているからだ。
話を聞くにつけ、演奏を聴くにつけ、ほんとうに嬉しく楽しんで
その曲に向き合っていることが伺い知れる。

体いっぱいに満ちている、音楽の喜び。
それをコンサートホールでも、メディア、しかもSNSの中でも
目の当たりにできるというのは、なんと不思議なことだろう。
喜びを分けてもらえる瞬間に、幸せを感じる。

忘れてはならない、この感覚。


めまいを起こしそうになるほど、たくさんのものにあふれかえっている
世の中だけれども、
自分が幸せを感じるものがその中に必ずある。
自分もそうなりたいと刺激を受けられるものも、必ずある。

かたちになったものを受け止める体力。
喜びをかたちにするエネルギー。

忘れてはならない、少なくともわたしは。

(初出:facebook ノート)

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