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Afternoon Tea Lady(午後茶嬢)

一年にいっぺん行ければいい喫茶店へ。

ここはスリランカ紅茶がご専門だけど、ダージリンも扱っている。ファーストフラッシュもオータムナルもあり、しかもお手頃価格。
幸せ。
コロナ禍以来、入荷が遅れるものもあったようだけれど、昨年無事に入手できて、たっぷり楽しむことができた。

そんなわけで、今夏もそれに狙いを定めてお店へ向かった。

当日はあいにくの雨降り――それも結構な吹き降り。
でも、行けるのはもうこの日だけ! この日を逃したらいつ行けるかわからない!!ということで、意を決して出かける。

思ったほど風は強くなくて安心したものの、傘をさしていても顔は濡れるし、ワンピースの裾はぐしょぐしょになるくらい。
そういえば、昨年12月に行ったときも荒天で、濡れそぼって店に入ったような記憶がよみがえる。
自分のお気に入りの場所に出かけると荒れる――というジンクスでもあっただろうか?

…………。
…………。

これについては、心当たりがいくつか浮かぶが、ここまでにして話を元に戻そう。

さて、荒天だからといって閉店はしていないだろうねといまさらのように不安になりつつ、進む。
歩道に目当ての看板が出ていてほっとする。
お店は開いている!

静かにぎしりぎしりときしむ、狭くてちょっと急な階段を上がる。
扉の外にある傘立てはカラだ。
のんびりできそうだと、勝手にほっとしてしまう。

店に入ると、奥のほうから「いらっしゃいませ、どうぞお好きな席へ」と声がかかる。
”お好きな席”は、窓側の壁際。
もとは4人席(コロナなのでいまは2人席)の奥に座る。
背中に壁、右手に窓、左手に店主の控えるキッチンスペース。
正面は他のテーブル席。
全部入れても10人入るか入らないかではと思う。

席に落ち着くと、濡れそぼったみじめな気持ちも少し落ち着いた。
店の中にはわたしひとり。

こういう時間を欲していたのだ。

席についてほっと落ち着く。
注文を済ませ、人心地ついたところで、本を開いたり窓の外を改めて眺めてみたり……。

ホットサンドと紅茶

しばらくして届けられたホットサンドセットに喜ぶ。
ぺろりと食べちゃうのよね、でも紅茶はおかわりもするし、ゆっくり楽しもう……と思っていたところへ、もうひとりお客さんが来る気配が。
この荒天でもいらっしゃるとは、きっと常連さんに違いないね、となにげなく顔を上げた。

白を基調にピンクの小花があしらわれた、フリル多めのファッション。
薄手のカーディガンを羽織っているので、ワンピースかどうかはちょっとわからなかったけれど、統一されたテイストではある。
小ぶりのリュックに花柄の長傘。
全体的に、どことなくローラ・アシュレイのファブリックを思わせるトーンであった。

そして、この雨の中上手に歩いてこられたのだろうか。わたしみたいにぬれねずみな感じはしない。
ゆるく巻きの入った髪は、一つかみほどバレッタで留められている。

スマートフォンを取り出して席につかれたところで、「あっ!」と声を上げそうになった。

このひと!!!!
12月にもここで会った方だ!

身なりからもなにか見たことがあるようなひとだと思ったけれど、決め手はスマートフォンだ。
座って注文を終えると、さっとケースを開いて操作を始める。ケースにもたしかに見覚えがあるし、眺めている姿勢にも。

ひそかに興奮してしまった。
わたしにとっては、ここは飛行機を使って来る旅先の喫茶店で、一年に一度訪れるかどうかの場所。順調に計画できれば、8月と12月または1月、というくらいなのに、この1年の間に二度も彼女をお見かけするとは。
単に、常連さんだということなのだとしても、この一年のうちに、時間もそうそう同じではない別の二日間で、同じ店で過ごすことになるとは。

なにがそんなに印象的だったのかというと、”ながらティータイム”が板についているところ。
画面から目を離すことなく、ちゃんとお茶をいただきサンドイッチをほおばる。
ごくたまに、次の一切れを手にとるときなどに外れることはあるが、原則
目線が外れない。
なんとも器用にたいらげていく。

たしかに、少なからずそういうひとはいる。
とめどなくおしゃべりしているのに、目の前にある皿の料理はだれよりも順調にお腹におさめていく、とか。

ランチをとりながら仕事をさくさく進めるひとも当然いるわけだから、珍しいわけではないのだけれど、ただ、風貌からはそういうタイプには見えなくて――。
そう、たとえば、カップを慈しんだり愛おしんだりしながら、ティータイムを過ごしそうに見えたから。
それこそ、スマホは映えるような写真を撮ってブログや何かに載せているんだろうくらいに思っていたのだが、どうも勝手なイメージに過ぎなかったようだ。
写真を撮っている様子は見られなかった。

常連さんだからこそ、あたりまえにそういうふうに過ごせるのだ。
注文だって手慣れた感じがしていたし、自分の好みを知り尽くしたうえで、その一品を選んでいるのに違いない。
きっと。

あんまりじろじろ見るわけにもいかず、しかしばかみたいにチラチラ意識しながら数々の思い込みを繰り返した。
唐突に、なにかニックネームをつけるべきだと思いつく。

今思えば、アシュレイさんでもよかったかもな、と思う。実際にローラ・アシュレイを身に着けていなかったとしても、どうせすべてが思い込みなのだから。
ただそのときはそう思えなかったので、「アフタヌーンティーレディ」と取り急ぎ命名することにした(なにが”取り急ぎ”なんだかわからないけれど)。

でも、ちょっと長いし語呂もいまいち、ことばのリズムとして乗り切れていない。
それなら?
それなら、全部漢字で表記してみてはどうだろうかと思った。
「午後茶嬢」。
まるで直訳的で、これだってリズムに乗り切れているわけではない――が、この言い回しはなんとも奇妙に、微妙に、彼女にしっくりいっている気がしてしまった。

2つめに注文したのは、ダージリンファーストフラッシュ

わたしが2ポット目の紅茶を楽しんでいるあいだに、彼女は帰っていった。
食べるのは早かったが、滞在していた時間はそれなりにあったと思う。

彼女がこちらを見ることはなかったけれど、わたしはぼんやりと目で追って
見送った。

またいつかここで出会うことがあるのだろうか……? 
そうしたら、それはそれでおもしろいなあ、と思う。

そして――二度あることは三度ある。
たしかにあったのだ、昨年12月に。
このときはやけに来店者が多かったので、食べ終わったらすぐに買い物を済ませ、彼女よりも早く退店してしまったので、あまり情緒的な空想を持てなかった。
が、二度あることは三度ある、に少しく驚いてしまったのである。

もしかしたらオープンしている日は、毎日来ているくらいの常連さんなのだろうか。
いずれにせよ、今年の夏もなんだか楽しみになってきた。

午後茶嬢。

声をかける勇気はないけれども、あの店でまたいつかお見かけしたい。
そう、またいつか、あの店で。

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