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カラヴァッジョと悪徳と

 カラヴァッジョは宗教画を多く手掛けつつも、彼自身が道徳的な人物だったとは言えない。2週間を画業に費やしたのち、1−2ヶ月間は喧嘩に明け暮れるという生活の果てに人を殺しローマを離れ、許しを請うために戻る途中、熱病により亡くなるという、同じく30代で夭折したゴッホとはまるで異質のベクトルでの壮絶な最期を迎えた。
 古典的な美術解釈として、作品にとっての作者というのは一種の親に相当すると見なされることがある。それでもあくまでも「他人は他人」とも言えるが、カラヴァッジョの表現は従来の宗教絵画と違い、表現に過激で生々しい側面が大いにある… という解釈はおそらく間違いではない。

 ただ、その全てを彼の「犯罪を犯すほどの」気性の荒さに求めるのが適切か、と言われると、そう単純な問題でも無いだろう。そんな彼を支えていたのは当時、プロテスタントに押され気味だったカトリックの宗教権威だった(さすがに殺人は庇わなかったようだが)。一方で世間は宗教権威からの強い束縛から解放され、宗教勢力から禁止されていたこともあった解剖学の浸透は写実表現に劇的な向上をもたらした。
 その結果の一つとして、貴族たちの自室に飾るためのヌード絵画など、(宗教画のヌードは許される、という「言い訳」はあったにせよ)おそらくアモラルな目的で制作されたであろう絵画も登場するようにもなる。こういうときだけ倫理的ぶって「けしからん」と言うつもりは無いが、芸術が、ひいては世の中が倫理的に揺れ動いていた、そんな時代をカラヴァッジョは生きていたようにも感じる。

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