赤ちゃんとのふれあいで感じたこと
こんばんは、かーすけです。
先日、友人(女性)の子供と散歩した時に感じたことについて、書きたいと思います。
友人とは大学の同級生で、会社も同じだったので、10年くらいの付き合いになります。
そんな友人も昨年子供が生まれ、久々に子供も含めて皆で会いましょうということで、東京駅・有楽町あたりを散歩してきました。
赤ちゃんとのふれあい
散歩は久々に会う友人とのお喋りメインで、花粉が飛び散っていること以外は楽しかったのですが、後半ついに僕の恐れていたことが起きてしまった。
「だっこしてみる?」唐突に提案する彼女。
きた。この瞬間が来てしまった。僕は、兄弟がいないのでここ最近赤ちゃんに触れ合ったことがない。
正直、自分は赤ちゃん・子供が大好きとは言えない。特に嫌悪感というものがないが、どう接していいのかがわからないからだ。
「じゃあ、順番に」と言って、こどもを預けていく。
他の人たちは、普段から赤ちゃんに接している機会が多いのか、普通にだっこしている。
だっこってどうやるんだ?と頭の中でシミュレーションしながら、友人のだっこの腕の使い方を凝視する僕。
そして、断る理由もなく僕の番がきて。。。
いざ、ちょっと緊張しながら抱えてみると。。。
海老反りをしてあばれた。。。
ただ、だっこをさせてもらうと不思議なもので、自然と自分が優しい表情になっている気がした。だぶんDNAに刻まれた人間の機能なんだろう。母性本能というか守らなければいけないというような気になる。友達の子だけど。
自分のこどもだったら、さぞかし母性本能爆発するんだろうなあ、と初めて生まれた赤ちゃんへの母性本能の種を胸に、家路へとついた。
ユニバーサルデザイン
もう一つ赤ちゃんと散歩してて感じたのが、ベビーカーって大変なんだな。と思ったということ。
大変だなと感じたポイントは2つあって、
1つ目がまず道での段差。ちょっとの段差でも、まだ新米ママの友人はベビーカーを引っ掛けていて、乗り越えるのも一苦労そうであった。
そして整備されている丸の内付近でも、横断歩道周辺ではちょっとした段差が多い。世のベビーカーを使う人たちのためには、段差がどれだけ大変か世に知らしめなければいけない。それか、段差を楽々乗り越えられる車輪の開発が急務である。
もう一つが、ビル内の設備。ベビーカーだとエスカレーターも乗りづらいし、エレベーターも人一人だったら詰め込んで入れるところも見送るしかない。また、授乳室があるところも館内案内板でチェックしたりと、独身の自分からすれば、ビル設備に対して新しい観点ばかりだった。
このように、誰にでも利用しやすい設備を作ることの重要性について、改めて感じた日でした。翻って自分の今のシステムエンジニアという仕事でも、よく最近UXとか言われているが、誰にでも使いやすいシステムを作ることもまた、重要なことだと感じた。
その「誰にでも」という視点を獲得するには、日々の日常体験が大事なんだと思う。仕事からは学べない。
おわりに
以上、自分に赤ちゃんに対する母性本能が目覚め、母親視点のきっかけを学んだ日でした。
ここまで読んでいただいた方に、感謝申し上げます。
それでは。
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