見出し画像

刈谷メソッド_02「売れるゲームとは」

 01「なんのためにボードゲームを作るのか」の最後に書きましたが、ボードゲーム編集者の最大の目的は「売れるボードゲームを作ること」です。これは動きません。
「公共の利益に貢献することを仕事の目的にすると、担当商品のクオリティが上がる可能性が高まる」と書きましたが、それはあくまで「売れるボードゲームを作る」ための技術の1つといいますか、考え方であって、究極的に自分の担当商品が売れない限り、会社から評価されることはありませんし、下手をすれば会社がその部署を閉じたり、会社そのものが潰れる原因につながりかねません。
 資本主義社会で会社の構成メンバーとして働いている以上、長期にわたり安定して利益を出し続けることが、最も重要な目標となります。
 これは別に会社員でなくても同じと言いますか、個人事業主さんの方がよりシビアなはずです。

 とにかく、お金を稼がない限り、どんな社会貢献や道徳を説いても無力です。本稿は「ボードゲーム編集者のための方法論(の1つ)」ですので、まず「売れる」ゲームを出すことを考えなくてはなりません。

 株式会社アークライト国内ボードゲーム制作部における企画決定の方法ですが、まずスタートは大別して下記の3種類となります。

「ゲームマーケットでポテンシャルの高い作品を探す」
「会社に持ち込まれた作品を検討する」
「企画に合わせてゲームデザイナーさんに仕事を依頼する」

 ただほとんどの場合は、「ゲームマーケットで探す」ことになります。
 会社に持ち込まれる作品を検討させていただくこともありますが、1回の開催で数百点発表されるゲームマーケットの新作群から選び抜いた作品と比較されるわけですから、そこで残るのはなかなか大変です。最近ですと326さんからご提案いただいた『ito』などが持ち込み企画の例ですね。
 企画が先にありきという例も、さして多くはありません。最近ですと『Dr.STONE ボードゲーム』の企画をご相談いただき、カナイセイジさんに依頼させていただいた案件がありますが、それらはやはり案件としては多くなく、ほとんどの企画はゲームマーケットで探した優れた作品をライセンスさせていただく形で進みます。

 そんなわけで「売れる」商品の開発の第一歩は、ゲームマーケットでゲームを探すことから始まります。
 このときの選択基準は、ざっと下記のようになります。

「すでにネット上で話題になっている作品」
「実績のあるサークルさんの新作」
「ルールがシンプルで、ゲームの面白さが明確な作品」
「購入するスタッフの個人的趣味やセンスにひっかかった作品」

 個人的趣味やセンスは言葉通り人それぞれですが、刈谷個人ということであれば

「モチーフの魅力」

 を重視する気がします。

「ネット上で話題になっている作品」は、そのままなので説明する必要もない気がしますが、話題になるには話題になる理由があるので、それはやはり遊んでおく必要があります。また理由はどうであれ、一度話題になったという事実はアドバンテージであり、「売れる」可能性の一端となります。

「実績のあるサークルさんの新作」も、説明するまでもないでしょう。作品に対する安心感もありますし、固定ファンがついていることもメリットです。ただし、それでも「売れる」かどうかは別の話です。往々にして、「面白い」ゲームと「売れる」ゲームがリンクしないことがあるからです。それでもやはり、実績のあるサークルさんの新作は常に注目しています。

「ルールがシンプルで、ゲームの面白さが明確な作品」。まあ、言葉にすると簡単ですが、これがなかなか難しい。ゲームを作るうえで一番難しいと言っていいかもしれません。ですが探していると、たまにそうしたゲームの原石に出会えます。それを見逃さないようにしなくてはなりません。

 現在の日本のボードゲーム市場で実際に売れているゲームとして浮かぶのは、『UNO』や『人生ゲーム』あたりを別カテゴリと考えると、『はあって言うゲーム』、『ナンジャモンジャ』、『テストプレイなんてしてないよ』、『ito』などになると思います。
 これらの商品には

「手軽に遊べる(≒安くて入手しやすい)」
「ルールが少ない」
「場が盛り上がる」
「プレイ人数の許容量が広い」

 といった共通点があげられます。簡単にカテゴライズすると、「パーティゲーム」の系統ですね。これらの商品には

「動画映えしやすい(≒TV映えしやすい)」

 という共通点もあります。きょうびやはり「売れる」商品を目指すうえで、動画の拡散力は無視できない……というか必須レベルですので、ここは意識しておく必要があります。
 最初に挙げた4つの特徴を含んでいると、自然動画映えしやすい商品になりやすいのですが、逆に動画映えしにくいのは下記のような特徴を持つ商品になります。

「もろもろテキストが多い(画面で読めない)」
「心理戦などの要素が強すぎて会話が発生しづらい」
「ぱっと見、何をやっているか分からない」

 つまり

「テキストが少ない」
「会話がよく生まれる」
「何をやっているのか理解しやすい」

 商品は動画映えしやすいので、YoutuberさんやTV番組制作者さんに取り上げてもらいやすくなります。

 上記で挙げた特徴を複数持つ作品は、やはり実際に遊んでみてプレイ感を確かめたくなります。実際に遊んでいけそうだなと思ったら、制作者さんにコンタクトするわけですね。

 ただ上記のようなポイントは、どのメーカーさんもある程度認識されているはずで、競争も激しくなります。なのであまり悠長に構えることもできません。
 また制作者さんの方も、そうしたゲームに需要があることはある程度把握されてもおられるでしょうから、レッドオーシャン気味といいますか、多少光る部分があったとしても、目立つことはなかなか難しい状況です。

 また当然のことながら、動画映えするパーティゲームだけ作っていればいいというものでもありません。メーカーの性格にもよりますので、そういう作品ばかりを作るメーカーとして頑張るという判断もあるかと思いますが、少なくともわたしの方針はそうではありません。
 他のジャンルのゲームをどういったバランスで検討するか……。まあ、そのへんまで広げると話が長くなりすぎますので、一旦ここまでとしておきましょう。


 さて、「売れる」商品の探し方(の一部)を語ってきましたが、具体的にはどれくらい売れれば「売れた商品」と呼べるのでしょうか。

 いま(2021年1月)の状況で言いますと、1万個を超えるとヒット商品と言えると思います。3万個を超えるとかなりのヒットですね。ただ当然ながら、これは簡単に達成できる数字ではありません。
 わたしの中では、「小売価格2,000円の商品であれば3,000個」「小売価格3,000円の商品であれば2,000個」つまり「完売時売上600万円」の初回生産が1年以内に完売するであろう企画でなければ、原則企画を通しません。

 なのでゲームマーケットで入手した新作群を遊ぶ際も、「ウチでリメイクした場合、小売価格がいくらになって、いくつくらい売れそうか」という視点は常に意識しています。

「完売時売上600万円」という話が出ましたので、そのあたりについてももう少し掘り下げてみましょう。
 我々が小売りに卸す際、卸価格はだいたい小売価格の60数%になるのが一般的です。
 また「ゲームデザイナーさんへの印税」「イラスト費」「グラフィックデザイン費」「印刷費」「輸送費」といった経費もかかります。それらは一般的に小売価格の30%程度であるべき(逆に言えば、それらの経費から導き出される原価で小売価格を決める)ですので、メーカーの最終的な儲けはだいたい小売価格の1/3程度となります。
 完売時の売上が600万円の商品であれば、200万円ですね。
 そしてこれはあくまで完売した場合の話で、在庫が残れば当然利益は減りますし、倉庫代は払い続けなくてはなりませんし、いずれ在庫を処分するとなるとそれにもお金がかかります。

 一般論として、会社員は自分の給料の3倍の儲けを稼ぐ必要があると言われますが、その理屈で言うと年収330万円なら1,000万円儲けないとならないわけで。そうすると「完売時売上600万円」の商品を年5本出して、ようやく年収330万円の社員1人分の稼ぎということになるわけです。

 楽じゃありませんね!

 まあもちろんロングテイルで売れ続けてくれる商品もありますから、そうした商品が増えると、状況はグッと楽になります(2,000円の商品が3万個完売すると2,000万円!)。
 ですが目論見通り売れない商品が1つあるだけで、状況はびっくりするほど悪化します。

「売れるゲームを作る」というのは、まったくもってロマンティックな話ではないのです。
 それでも最後は、「経験とセンスを頼りに直感で」決断することになるわけで、そこは論理の話ではありません。
 その二律背反なところが、クセになるところなのかもしれません(笑)。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?