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刈谷メソッド_18「完成イラストの回収」

「ルールブックの編集方法がこのテキストの第2部だ!」と意気込んでいたのに、前回のエピソードで大体語り終わってしまいました。
 やはりボードゲームのルールブックはケースバイケースと言いますか、実際の話は結局のところ商品に合わせたオーダーメイドになることが多く、一般論のようなことは示しづらいですね。それでも誰かにとって何らかの指針になれば幸いです。

 ルールブックのレイアウトを構築したあとは、入稿を目指すことになります。入稿データを作ってくれるのはグラフィックデザイナーさんですが、彼らに入稿データを作ってもらうためには、当然完成イラストを渡す必要があります。
 そういうわけで、今回語るのは「10_イラストレーターさんの選択」の続編のような内容になります。


 まずイラストを発注する話から続けますが、スケジュールを決める際、最終的な締め切りと同時にラフの締め切りについても決めることが大半です。
 人間だれしも締め切りが遠いと、気が緩みがちです。
 そういう意味でもラフの締め切りは便利です。
 どういうラフを描くかも人それぞれですのでなんですが、ラフの締め切りは大体完成原稿をいただく締め切りまでの半分くらいに設定しておくと良いように思います。
 完成原稿の締め切りが1か月後ならラフは2週間後、完成原稿が2か月後ならラフは1か月後という感じですね。
 先方が「1か月後から取りかかって、2か月後に仕上げます」とおっしゃっているなら、当然ラフの締め切りは1か月半後になるでしょう。
 上記はもちろん単なる目安です。
 人それぞれさまざまな都合があるので、実際には話し合いのうえで決めていってください。

「10_イラストレーターさんの選択」でも書きましたが、イラストの指定は原則あまり細かく出しません。しょせんこちらは素人ですので、商品にとって外してはならない要素以外は、お任せして先方の想像力を下手に制限しない方がいい方に進む方が多い印象です。
 このとき注意しなくてはならないのは、自由に描いていただいた箇所に「ここはイメージと違うんですよね」といった修正を依頼するのは、かなり失礼な行為であるという自覚を持つことです。

 編集者も人間ですので、最初の指定ですべての条件を疎漏なく伝えられないことがあります。大事なことをうっかり伝え忘れてしまい、どうしても修正をお願いしなくてはならない……ということは起こり得ますが、そのときは「本当に申し訳ありません」と謝罪してお願いする案件という認識を持っておいてください。
 あまりに大きい描き直しの場合、追加料金の支払いやスケジュールの調整も検討すべきです。

 もちろん指定が明確であるにもかかわらず、指定と違うものが上がってきた場合は、普通の権利として修正をお願いしてかまいません。なんでもかんでもかしこまれという話ではありません。
 ただ、「こことここをこうしてもらえれば、あとは自由に」といった指定を出しておいて、指定しなかった箇所に対して「ここはイメージと違う」などと難癖をつけるのはマナー違反ということです。

 あとときどき耳にするのですが、「なんか違うからやり直して」という反応があるとか。
 およそわたしには考えづらいことですが、そういう曖昧な指定(指定でもなんでもないですが)は論外です。
 わたしがイラストレーターやグラフィックデザイナーなら、「どうしてほしいか指定を明確にしてくれ」「フワッとした指定でサンプルを何種類も作れという仕事の依頼なら、ラフの点数ぶん金をもらう」「金が出せないなら明確な指定が出せる担当を用意しろ」という条件を出します。
 逆に言えば、編集者はそういうイラストレーターさんやグラフィックデザイナーさんの気持ちを汲んであげる必要があるわけです。「相手の立場に立って考える」という話ですね。そんなに難しい話ではないでしょう。

 話がずれますし、すでに一度書いた内容のような気がしますが、重要なことなので繰り返します。
 発注側が「オレはクライアントだぞ」という雰囲気を出すのは最悪です。自分がやられても気分が悪いですしね。なのでイラストレーターさんやグラフィックデザイナーさんにも(それ以外の関係者すべてに対しても)、絶対にそんな態度で接することのないようにしてください。
「関わる人すべてに気持ちよく仕事をしていただく」という哲学に照らせば、実に当たり前で特別文字にするような話でもありません。
 というかむしろ、発注側でお金を出す側だからこそ、意識して頭を低くすべきだと思います。理由はやはり、お金を出す方ともらう方というのは、放っておくと上下関係のようなものが生まれやすいからです。ですがそれは商品にとってあまりいいこととは思えません。
 関わる人が「お金のためにやらされている」と思いながら仕事をすると、どうしても伸び伸びとした仕事につながりません。
 関わる人が「お客さんに喜んでほしい」と思って前のめりでやる仕事にこそ、やはり想像を超える化学変化と言いますか、クリエイションがあると感じます。

 これは綺麗事ではありません。
 ここに書いてあることを綺麗事に感じる気分があるなら、注意してその気分を排除する努力を積むか、いっそ編集という業務に携わらない方が良いかと思います。

「金を払うのはこちらだぞ」みたいな態度で迫られて、「お客さんのために頑張ろう」と思える人はいません。
「この商品のためにはあなたのイラストが必要です」「あなたのおかげで素晴らしい商品をお客様に提供することができます」「お客さんが喜ぶ姿を想像するだけでテンションが上がります」という態度で接してもらってこそ、仕事にも集中できるはずです。
 上記のようなセリフを常に口に出す必要はありませんが、常にそう信じて接することは重要です。相手も人間ですから、こちらがどう考えているかなど、大体分かっています。「口ではいいこと言ってるけど、腹の中ではこちらをバカにしてるな」なんて思った経験、皆さんにもあるのではないでしょうか。

 実際のところ第一候補、第二候補……と上位候補者さんに断られ、あまり本意ではないながら第五候補の方に落ち着いたというシチュエーションは起こり得ます。
 ですが依頼を受けていただいた段階で、その企画にとって最高の方はその方なのです。編集は断られた第一候補に未練を持つべきではありません。フラれた相手のことを忘れられないまま新しい恋人と付き合うようなものです。新しい恋人のことをとことん好きになる努力をすべきです。その人の最高を引き出してお客さんに届けるのが、編集の仕事です。
「素晴らしい!」「まさにこの商品に最適なイラストです!」「ここをこうしていただければさらに魅力的になりますよ!」とやり取りしていれば、そのうち自分でも本当にそれが最高に思えてきます(笑)。
 というかそう思えないなら、そんな商品を出すべきではありません。イラストレーターさんに失礼なのはもちろん、何よりお金を出してくれるお客さんに失礼です。

 つい編集者としての基本姿勢について、ツラツラ書き連ねてしまいました。話を元に戻しましょう。


 ラフを受け取ったときのやりとりなども、相手によってケースバイケースですが、相手が意見を求めているときなどは、「わたしはこうした方がいいと思います」とハッキリ意見を言ったほうが良いでしょう。
 相手が悩んでる箇所はこちらも悩むことが多いんですけどね(笑)。でもまあ、そこで「あなたの思う方でいいです」といった感じの返事だと、責任を取る気がないようにも受け取れます。本当にどのアイデアも素晴らしくて、「もう最後はあなたが気持ちいい方でいいです」ということもあるので、絶対ダメとは言いませんが、やはり明確な意見があると相手も安心しますし、「この人は責任を取る覚悟があるな」と思ってもらえるものです。

 また脱線気味の話題になりますが(笑)、この「責任を取る覚悟」は非常に重要です。
 ぶっちゃけ役職の重さは、責任の量の大小だと思っています。責任を取るやつは出世するし、責任を取らないやつは出世しません。世の中、責任を取るのが嫌で仕方ない人が多い印象ですが、責任なんて喜んで取りに行った方がいい。責任を取れば取るほど勝手に出世していくはずです。
 もちろん責任を取るということは、失敗したときに自分がもっとも責められるということです。責任者の立場で失敗してしまえば、出世も何もすべて水の泡になるかもしれません。
 ですが、周囲もバカではありません。
 見ていないようで見ています。
 責任を取る覚悟のある人間は、組織にとって非常に貴重です。責任を取る覚悟は、組織を率いる覚悟につながることが多いからです。

 さらに言えば、失敗しないやつは大した仕事ができません。絶対失敗しない仕事の進め方というのは、えてして利益も少なく成長もしないものです。攻めた仕事の仕方をしていれば、大なり小なり失敗するものです。
 責任者になって、失敗して、血を吐く思いで眠れない夜を過ごして、バカだアホだと罵られて、二度とこんな失敗を繰り返したくないと思いながら、なおより大きな責任を負いに行く人間こそが、上に立つ資格があるのだと思います。


 ……本当に脱線しましたね(笑)。
 いや、みんながみんな上を目指す必要はないと思いますし、職人的生き方が肌に合っていればそれもいいと思いますが、原則「責任は取る」と覚悟をもって仕事に臨むことは、必要最低条件かなと思います。
「プロフェッショナル 仕事の流儀」的に言えば(笑)、責任を取るのがプロだと思います。

 なのでイラストレーターさんやグラフィックデザイナーさんが意見を求めてきたら、逃げずに真摯に対応する必要があります。

 イラストレーターさんへの接し方とグラフィックデザイナーさんに対する接し方は似通っているので、どうしても一緒に語ってしまう部分が出ますが、ともあれこれで完成原稿を受け取りました。

 おっと、受け取る前に、締め切りに対する考え方が必要ですね。主に締め切りに間に合わなかった際の対応です。
 正直、イラストが締め切り通り上がる確率は、経験則的に大体5割ほどです。もちろん必ず締め切りを守ってくださる方もいますし、なんなら締め切りより早く上げてくれる方すらいますが、そういう方は残念ながらごく一部です。なかには必ず締め切りを破る方もいます。
 こればかりは仕方がありません。
 ゴチャゴチャ文句を言って早く上がるならいくらでも言いますが、それでペースが落ちることはあっても上がることはありません。

 最大の対処法は、締め切りにバッファを作ることです。
「○月○日」と先方に伝える際、本当の締め切りを「○月○日+10日」とかに設定しておくということです。
 それで「○月○日」に上がらなかった場合、「仕方ありませんね。他の業務で調整して、あと3日捻出しますので、それでお願いします」といった交渉をするわけです。
 それでも上がらなければ「あと2日」。本当にバッファがなくなってきたら「これが最後です!」と言いながら延ばす(笑)。
 もしくはまあ、発売日が決まっている雑誌とかでは許されませんが、ボードゲームの発売日はイラストが上がっていない状態で世間に発表されることはほぼありませんので、最後は「じゃあ発売日延ばしますわ」と対応することになります。

 ただ想定していた発売日を延ばすということは、想定していたタイミングで会社にお金が入らないということであり、会社に対する裏切りになりますので、あまり調子に乗ってホイホイできることではありません。

 このテキストはイラストレーターさんやグラフィックデザイナーさんも目にすることができますので、「公然の秘密とはいえ、バッファの話とかしていいの?(笑)」と思われるかもしれませんが、まあ大丈夫です。

 バッファがあるからといって、締め切りを破っていいという話にはなりません。バッファはバッファで重要な意味があります。
 バッファを消費するイラストレーターさんとバッファを消費しないイラストレーターさんでは、おのずから価値が違います。
 ですので「どうせこの締め切りは仮のもので、ホントの締め切りはもっと余裕あるんでしょ~」みたいな態度でいると、そのうち仕事は来なくなると思います。

 バッファを使わずにすめば、グラフィックデザインや印刷、輸送などでもそのバッファを保持したまま進行することができます。
 やはりひとつの商品が完成するまでにはさまざまなトラブルがありますから(イラストの遅れもトラブルのひとつです)、スケジュールに余裕があるほど、全体のクオリティが犠牲になる可能性が減り、安心です。

 逆に言えば、イラストでそのバッファを使い、なんならグラフィックデザイン用のバッファや印刷用、輸送用のバッファまで使ってしまうと、そのあとの進行が崩れて商品のクオリティが担保できなくなる可能性と天秤にかけながら進行することになります。
 結果として進行が上手くいき、瑕疵にならずに済む可能性もありますが、編集としてはストレスのたまる進行です。

 数日レベルが1~2回程度ならそこまで神経質になりませんが、1か月とかぶっちぎられると、「二度と頼まないリスト」に載せることになるでしょう。
 まあそれでも「その人しかいない!」というイラストレーターさんなら、またお願いするんですけどね(笑)。ただその際は、バッファを+10日ではなく+30日とか、もう「イラストが上がってから発売日を決める」といった話で進めることになると思いますが、そのへんはまた例外ですね。


 イラストが完成したらグラフィックデザイナーさんにお渡しし、入稿データに仕上げていただくのですが……パッケージやカードはある程度お任せするとしても、やはりルールブックのあり方に関してはしっかりとしたやり取りが必要になると思います。

 そんなわけで、次回はグラフィックデザインのフィニッシュ、つまり入稿作業までをお話しすることにしましょう。

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