刈谷メソッド_06「稟議書を作る」
稟議書――。なんだか難しい言葉ですね。ちなみに「りんぎしょ」と読みます。正式な読みは「ひんぎしょ」というらしいですが、慣用的に「りんぎしょ」と呼ばれているとか。わたしもいま調べて知りました。ともあれ、「会議を短くするため、事前に関係者に回して同意してもらうための書類」です。
そんなわけで今回は、企画を考えるうえでの、そこそこ具体的な話をしていきましょう。
アークライトでは企画を通す際、稟議書を作ります。それを営業部や経営陣がチェックして、その企画を進める、進めない、価格や部数をどうするといった話を正式に決定するわけですね。
企画書と何が違うかというと、企画書は「どんな商品を作るか」が重要ですが、稟議書は「いくら経費がかかって、いくら売れたら会社に利益が出るのか」ということを明確にする点が重要になります。
そういうわけで、稟議書で特に重要な項目は、「原価」と「製造数」、「損益分岐」と「営業利益」になります。
原価はだいたい
「印刷費」
「輸送費」
「ゲームデザイナーの印税」
「イラスト費」
「グラフィックデザイン費」
で決まります。なお初回で全部が出荷されない限り、倉庫の保管費がかかりますが、そこは基本的に原価に含めません(あとで触れる販管費でザックリ吸収するイメージです)。
印刷費ですが、これは当然ながら印刷所と交渉して決定します。
「こういうコンポーネント(内容物)の場合と、ここをこうしたコンポーネントの場合を、それぞれ3,000部、5,000部、7,000部の合計6パターンで原価を出してほしい」みたいなことを伝えると、早ければ翌日、遅くても1週間くらいで見積もりを出してくれます。
なお複数の印刷会社から見積もりを取って(相見積)、一番条件のいい印刷所に頼むという方法は、ある種のスタンダードと目されることもありますが、個人的にはあまりやりたい方法ではありません。理由は信頼関係を醸成できないからです。
こういうことを言うと、「業者を甘やかしてどうする!」「常に(いつ変更されるか分からない)という緊張感を与えることで良い仕事をさせるんだ!」ということを言われそうですが、わたしからすればその考え方はもう化石レベルに古い。
相手も人間なわけです。
相手も利益が上がらなければ、事業が継続できないのです。
相手がこっちから金を取れるだけ剥ぎ取ってやれと思って金額設定してるならともかく、実際には適正な価格を提示してくることが多いわけです(というか、高ければ付き合わない)。
相手の提示してくる金額は、だいたいにおいて「気持ちよく仕事できる」金額なのです。
それを相見積取って、「A社はこういう金額なんだけどね~」とか「B社の方が安かったんで、今回はB社を選ばせてもらいますわ」みたいなやり方を繰り返すと、相手のサービスを下げてしまうことになると思うのです。
最初からぼったくり金額で提出してきているならともかく、金額を下げさせるというのは、基本的にサービスの質を下げさせるということです。紙の質を下げたり、5人でやってる作業を3人でやったり、10日かける工程を5日で終わらせたりしないと、金額は下がりません。それは最終的なクオリティとなってお客さんの満足度に影響します。
さらに当然ながら、印刷会社のスタッフの心証も害します。そういう商売の仕方をする人をリスペクトできるでしょうか。例えばちょっとした判断が求められた際、金を値切られていたら「まあそこまでやる義理はないよな」となるでしょうが、しっかりお金を払っていい関係が構築できていれば、「彼らには世話になっているしな」となるはずです。それが人間心理です。
なのでわたしは、相手を試すような相見積はあまり好きになれません。
もちろん、初めてお付き合いする場合は複数から見積もりを取るべきです。あと「プラスチックのタイルを付けたいけど、どの会社がどのくらいの金額でどのくらいのクオリティのものを出してくれるか分からない」といった場合などは、積極的に相見積を取るべきです。必要なものまで否定しているわけではありません。
また1社とのみ付き合っていて、その会社に問題が発生するとゲームが出なくなるでは困りますので、リスクヘッジの意味で複数の印刷会社さんと付き合いを持っておくのは必要だと思います。
ただ「定期的に相見積を取って相手に緊張感を与えなくてはならない」みたいな昭和センスをお持ちな方を、案外ところどころでお見かけする気がしますので、そうした意見にあまり盲目的に従わないよう注意した方がいいと思いますよというお話でした。
正直相見積とか取ったところで、そんな凄く金額変わったりはしないわけです。ちょっとでも自分が得する条件をとゴチャゴチャ交渉を重ね、相手の儲けを削ろうと駆け引きするよりは、「よし分かった、オレも儲ける! お前も儲けろ!」という関係を築きたい。それでこそ、相手も気持ちよく働くことができ、商品のクオリティも上がり、お客さんの満足度も高まるわけです。長い目で見てどっちの方が得かは、わたしにとっては判断の難しい話ではありません。
……おかしいな。稟議書の話が進まないぞ(笑)。
乱文で申し訳ありません。
製造費の話でしたね。
具体的な金額はコンフィデンシャル(機密)な部分ですから明示できませんが、例えばある商品で見積もりを取って、仮に
3,000個だと4.00USD(ユナイテッドステイツドル)
5,000個だと3.60USD
7,000個だと3.30USD
だったとします。
そうすると印刷費の総額は
3,000個だと12,000USD(≒132万円)
5,000個だと18,000USD(≒198万円)
7,000個だと23,100USD(≒254万円)
となります。
輸送費はいま一番頭が痛いですね。コロナのせいでさまざまなひずみが出ていて、急激に高騰しています。もちろん箱のサイズや重量でまったく違いますが、昔1個20~40円くらいだったのが、いまは60~80円くらい、つまり2~3倍になっている印象です。そしてこれは今後高くなることはあっても安くなることはないでしょう。
なので今回1個80円と設定しますと、輸送費はざっと下記のようになるだろうと想定できます。
3,000個だと24万円
5,000個だと40万円
7,000個だと56万円
ゲームデザインの印税も、言うまでもなく企画ごとにコンフィデンシャルですが、まあ、ボードゲーム業界では一般的に5%だと思います。
今回のゲームを3,000円で販売したいと考えているなら、ゲームデザイナーさんにお支払いする印税は
3,000個だと45万円
5,000個だと75万円
7,000個だと105万円
ということになります。
イラストは描いていただく点数やサイズにもよるので、まったく一般化できませんが……まあざっと50万円かけたとしましょう。
グラフィックデザインもやはり作業量によるので、まったく一般化できませんが……これもまあざっと50万円かけたとします。あくまで例ですよ。念のため。「アークライトでは平均それくらいの金額をかけている」といった話ではないので悪しからず。と言いますか、あえてあまり平均的ではない金額を書いています。稟議書の考え方をお伝えするのが本義ですので。
さあ合計しましょう。経費の総額と1個当たりの原価は下記のようになります。
3,000個だと総額301万円、1個当たりの原価1,003円
5,000個だと総額413万円、1個当たりの原価826円
7,000個だと総額515万円、1個当たりの原価736円
そのうえで販管費をどう考えるか。販管費というのはようはスタッフの人件費や会社の家賃、光熱費などなど、会社を運営するための諸経費ですね。
これをザックリ価格の20%と設定しましょう。
そのうえで卸の平均掛け率を63%と設定しますと、それぞれの損益分岐点と、完売時の営業利益は下記のようになります。
3,000個だと損益分岐点は2,544個、完売時利益は86万円
5,000個だと損益分岐点は3,772個、完売時利益は232万円
7,000個だと損益分岐点は4,947個、完売時利益は388万円
つまり今回の企画ですと、「3,000円で3,000個だと話にならないな」ということが見えてきます。
また7,000個作った場合、5,000個売れないと本当の意味で会社は儲からないということになります。
5,000個!
02「売れるゲームとは」でも書きましたが、1万個売れればかなりのヒット商品という世界で、5,000個売れないと利益にならない企画を通すのは勇気がいります。
ではどうするか。
簡単なのは商品価格を上げることですね。3,000円で販売するのは無理だわと。これを3,500円にすると、
3,000個だと損益分岐点は2,351個、完売時利益は143万円
5,000個だと損益分岐点は3,517個、完売時利益は327万円
7,000個だと損益分岐点は4,637個、完売時利益は521万円
ちょっと見れる感じになってきました。
実際にはもっと細かく調整しますが(笑)、基本的な考え方はこういうことです。
このへんの数字に企画内容を添えて、「さあ、いくらで出して、何部作りましょう」と提出するわけですね。それで「4,000円にできないの?」「3,800円までならアリかも」「5,000個作って3,500個売れる自信はどれくらいあるの?」「3,500円なら9割方達成できる見込みだが、3,800円だとそこまでいかないかも」みたいな議論をして、最終的にその企画を通すかどうか、通すとして価格いくらで何部作るかを決定することになります。
05「企画を考える――売れるゲームとは②」で、「売れるゲームを考えよう」と書きましたが、具体的には、上記のような数式が成立する企画を考えようという話になります。このへんの数式が成立しない企画は、そもそも営業部や経営陣に提案しません。
このへんの数字をクリアして増産が続けば会社の覚えもめでたくなりますし、在庫がピクリとも動かないゲームばかり作っていたら首筋が寒いということですね。
稟議書を作る際の姿勢としては、自分も経営者だと思って仕事に臨むと良いように思います。わたしは部長ですのである程度経営的視点を持つのは当然ですが、ヒラ社員であったとしても、「もし自分が起業したのだとしたら」という視点で稟議書を作ると、いろいろな数字がシビアに感じられ、「本当にこのゲームを出すべきなのか」といったことを必死に考えるようになるはずです。逆に言えば、そこを必死で考えるからこそ、自分が提案したゲームを売れるゲームにするために必死に努力するのです。
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