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刈谷メソッド_21「印刷と輸送について」

 ボードゲームの印刷ということでは、わたしの部署では中国の印刷所を使っています。これはシンプルに費用の問題です。
 クオリティはやはり日本が最高レベルだと思いますが、印刷費はボードゲームをいくらで出せるかに直接関わってきますので、国内の印刷所さんには非常に申し訳ないのですが、いまはクオリティと値段のバランスでそうなっています。

 実際の印刷所さんとのやりとりですが、まずは見積もりをお願いするところから始まると思います。
 ちなみに中国の印刷所さんだと、相手が法人、つまり会社でないと仕事を受けてくれないことが多いです。台湾の方だと個人が少ない数の注文をしても受けてくれる傾向があるので、検討してみてもいいでしょう。

 中国の印刷所さんとのやり取りは、基本英語で行います。
 基本的に「見積もりがほしい」「この部数で頼もうと思う」「テンプレートを送ってほしい」「スケジュールはもっと早くならないのか」みたいな会話しかしないので、ほとんどのシチュエーションはグーグル翻訳レベルでも大丈夫です。あとはまあ、メールの最後に「Best regards」と付けることを忘れずにいれば大体円滑なコミュニケーションが取れるでしょう。
 込み入った話になった場合のみ、英語や中国語できちんとコミュニケーションが取れる人が必要になる感じです。

 データを入稿したら、1~2日後にPDFで印刷見本を見せてくれます。
 日本なら現物が見れるのですが、中国だと空輸になってしまい時間もお金もかかるので、PDFをモニター越しにチェックするのみとなることが大半です。最初はわたしも現物の印刷見本をチェックせずに校了することに慣れず、おっかなびっくりでいましたが、特に問題が起こることもないので、慣れてきました。
 他社が権利を持つIPものなどは、慎重なチェックが求められることがほとんどです(キャラクターごとの肌色が正しく発色されているかなど)。その際は、お金と時間がかかっても印刷見本を空輸してもらうことになります。逆にそういう文化は中国の印刷所にはないらしく、「印刷見本を本物と同じ条件で出力する? なぜ?」と聞かれたこともあります(笑)。

 PDFをチェックして、問題があれば修正データを作って渡し、修正がなくなるまで繰り返します。ちなみにこのタイミングでの修正は有料であることが多いので、「まだ修正できるから、ひとまず入稿しちゃえ」みたいな入稿をすると、痛い目に合うことがあるので注意してください。
 人間なので、うっかり見落としたというミスはゼロにはできません。入稿データに問題があり、編集がチェックした際は問題なかった箇所でミスが発生することもありますし、印刷機械との相性の問題であるとか、そうしたことはどうしても起こり得ます。
 入稿後のチェックというのはは、基本的にそうしたチェックを行うタイミングです。「改めてルールブックを読み返してみたら、気に入らない表現があった」みたいな修正を反映させるタイミングではありません。入稿する前にそうしたチェックは十分行っておくべきです。
 ですので原則入稿後のPDFには、修正を入れないのがあるべき姿です。ときどきこうしたチェックで修正がないと不安になる人がいますが(笑)、無理やり修正箇所を見つけても誰も幸せになりません。むしろ「てにをは」のミスなどはスルーすべきです。ゲームデザイナーさんが最後にゲームバランス上数値をいじりたいとか、この修正を入れないとゲームプレイに問題が出る場合は、やむを得ず直すくらいの感覚でいるのがよいと思います。
 これでOKとなれば校了です。

 校了したら、今後のスケジュールを確認します。
 逆に言うと、校了するまでは印刷のスケジュールは確定しないので、聞いても仮の予定にしかなりません。

 スケジュールとは具体的には、「いつ完成するか」「いつ船に乗るか」「いつ日本に着くか」「いつ倉庫に入庫されるか」です。
 このへんは運送会社さんも交えて話し合われ、確定します。

 そのスケジュールが決まったら、次は倉庫会社さんと検品のスケジュールを決め、検品して問題がなかったら発売日が確定し、注文書を流して問屋さんや小売りさんから注文を募り、発売日までに出荷することになります。

 こうしてお店にゲームが並び、お客さんにご購入いただけるわけですね。

 ざっと入稿後の作業について説明しましたが、ここで日本の印刷所さんと中国の印刷所さんとの違いや、昨今の輸送事情についても説明しておきたいと思います。


●日本の印刷所さんのメリット
・クオリティが素晴らしい
・スピードが速い
・日本語でコミュニケーションが取れる


●中国の印刷所さんのメリット
・とにかく費用が安い
・クオリティも低いわけではない

 クオリティと費用の話はすでにしたところなので、ここでは割愛します。
 印刷スピードの速さも日本の印刷所さんを使う際の大きなメリットですね。
 日本の印刷所さんですと、データを入稿すれば1か月後には倉庫に完成品が納品されるイメージですが、中国の印刷所さんですと、データを入稿して完成するのに2か月、船での輸送に2週間、税関を抜けて倉庫に納品されるまで1週間以上という感じで、大体3か月かかるイメージです。
 あとでまた詳しく話しますが、いまはコロナ禍の影響で物流全体が大きなダメージを受け、以前よりもさらにトラブルが増え、遅延する傾向にあります。

 また日本の印刷所さんとは、当然ながら日本語でコミュニケーションが取れるので、意思疎通は楽です。
 我々もリスク回避のために、複数の中国の印刷所さんとお付き合いをさせていただいていますが、対応の細かさは会社の文化というよりも、担当者によるという印象です。
 きめ細かく、しっかり対応してくれる人もいれば、返事が遅れがちだったり、お願いしたことをやってくれない人もいます。そういう人が担当だと、「印刷所を変える。いままで被った損害に対するペナルティを請求するから上司を出せ」といった交渉をすることもあります。
 まあ、日本ではめったにそんなことは起こらないですよね。

 そういうことを書くと「中国怖い」と思われるかもしれませんが、そういう担当は本当に一部です。最近は海外に行くことなどとてもかないませんが、昔はわたしも中国の印刷所さんを訪問し、熱い歓待を受けたりもしまして。そういう場だから当然だと言われればそれまでですが、皆さん本当にいい人たちばかりでした。皆さん本当にエネルギッシュで、今日より明日、明日より明後日自分たちの生活が良くなると信じている空気感が伝わってきて、「80年代の日本って、こんな感じだったのかなあ」などと感慨にふけったものです。

「とはいえ中国って、海賊版が横行していて、騙されるやつが悪いという国民性なんでしょ」みたいな偏見も根強い印象ですが、正直そういう昭和のイメージは改めるべきです。確かにお金のない人は海賊版を買ってしまうでしょうし、悪事に手を染めてしまう人も多くなりがちでしょう。でもそれは日本人であっても同じはずです。中国はいま急速に発展しており、いまの状況を正確に認識せず語るのは愚かな行為です。

 別にわたしは、中国に金をもらってヨイショしているわけではありません(笑)。わたしは日本という国に誇りを持っていますし、日本の人々を愛しています。だからこそ、わけの分からない偏見に縛られず、素直な目で良いものは良い、悪いものは悪いと評価する目を持ってほしいのです。


 ちなみに皮肉な話ではありますが、中国が豊かになればなるほど、中国での人件費も高騰していくはずです。いまはまだ日本より安い印刷費も、輸送費や紙代がどんどん高騰していけば、いずれ採算が合わなくなることも考えられます。
 そうなると、安い印刷所を求め、ベトナムやフィリピンの印刷所に仕事を移すことも検討しなくてはならなくなるかもしれません。

 また先にも書きましたが、いまコロナの影響で、世界の物流構造が滅茶苦茶に混乱しており、タンカーやコンテナが足りず、そのへんの費用が日々高騰しています。
 1年前の3~4倍といった金額を目にすることがざらで、こうした状況が続き、1年後はさらにいまの金額の3~4倍といった話になるなら、そもそも海外の印刷所で印刷すること自体が割に合わないということになって来るでしょう。そうした際は、当然日本の印刷所さんにお願いすることになると思います。

 また運送料だけでなく、紙の値段もどんどん高騰しています。
 このままの状況が続けば、ボードゲームの値段もいまのままというわけにはいかなくなるかもしれません。
 そうすると、「パーティゲームのような安価さが求められる商品はよりチープに」「代わりにヘビーゲームはとことんリッチに」といった傾向に、二極化していくかもしれませんね。
 社会も貧困層と富裕層の二極化が進んでいる印象ですが、さあ、どうなるのでしょうか。

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