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刈谷メソッド_03「最も重要なのは『顧客満足度』である」

 02「売れるゲームとは」にて、「ボードゲーム編集者の最大の目的は『売れるボードゲームを作ること』だ」と書きました。
 そのために「売れそうな」ゲームを探すことが重要で、「売れるゲーム」とは具体的には売上総額が600万円を超えるようなタイトルを個人的にはイメージしている。
 といったことが論旨でした。

 ではゲームを実際に「売れる」ものにするには、どういう作業が必要でしょうか。

・ゲームを面白くする
・素晴らしいイラストを用意する
・素晴らしいグラフィックを用意する
・読みやすいルールブックを用意する
・コンポーネント(内容物)をリッチにする
・価格を下げる
・効果的な広告宣伝を行う
・拡散力のあるインフルエンサーさんに取り上げていただく

 いろいろありますが、つまるところ重要なのは「顧客の満足度を上げる」ことだと思います。
 抽象的ですね(笑)。
 簡単に言うと、商品を買ってくださったお客さんが、「買ってよかった」と思える商品を作れば売れる確率が上がるということです。

 いや、どんなに良い商品を作っても、手に取ってもらえなければ売れないよという意見もあるでしょう。それは事実ですし、売れた商品がすべて良いものとは限らないというのも事実です。
「どんなに良い商品を作っても、手に取ってもらえなければ売れない」ので、まずは「手に取ってもらえそう」なゲーム、「話題になりそう」なゲームを探し、企画するのです。
 そのうえで、自分たちが出すと決めたタイトルを、買ってくださったお客さんに最高に満足していただけるよう努力をする。

 もしかしたら読者の皆さんの中には、「『社会に貢献する』と言ったそばから『金儲けが目的』と言い、そうかと思うと『お客さんの満足度が重要』とは、言うことコロコロ変わりすぎだろ」と思われる方がいるかもしれません。
 ですがこれらはわたしの中では、まったく矛盾していません。
 レイモンド・チャンドラーが書いたハードボイルド小説の主人公フィリップ・マーロウの有名なセリフに「タフでなければ生きられない。優しくなければ生きる資格がない」というものがありますが、そのセリフに重ねるなら「商品が売れなければ作り続けられない。お客さんに満足してもらえないなら、作る資格がない」ということになるでしょうか。


 そうした「顧客満足度を上げる」方法は、冒頭に挙げたようにいろいろあるのですが、そうした様々な方法の個々の技術的なことを考える前に、絶対的に抑えておかなくてはならない鉄則があります。
 それは

「編集は関係者全員に気持ちよく仕事していただくためのハブ」

 という認識です。
 編集というよりは、ディレクターやプロデューサーの領域に近いかもしれませんが、2021年1月現在の日本ボードゲームの事業規模で、プロデューサーやディレクターといったポジションに細分化すべき企画は少ないので、基本的に全部編集がやると思っていた方がいいでしょう。

 この「編集は関係者全員に気持ちよく仕事していただくためのハブ」という認識は、「太陽は東から昇る」ということと同じくらいの認識として、深く深く刷り込んでほしいところです。

 こういうことを明文化するのは気が引けますが……世の中の現実として、一般的にお金を払う方がお金を受け取る側よりも力が強いのです。
 もちろん例外はあります。その人にしか描けないイラスト、その人にしか書けないシナリオ、その人にしか作れないゲームに価値が生まれるのは当然です。ですが「この人でなければ絶対に替えがきかない」という状況は非常にまれです。ほとんどのシチュエーションで替えがきいてしまうのです。「一般的にお金を払う方がお金を受け取る側よりも力が強い」というのはそういうことです。
 そしてそうした状況に関して、力が強い方はあまり関心を払っていませんが、力の弱い方は非常に敏感に意識しています。

 だからこそ、編集は基本的にすべての関係者さんに対して、常に頭を低く仕事をすべきだと考えています。
 もちろん何年も一緒に仕事をして、気心が知れた仲になれば、あまり腰が低すぎても逆におかしな距離感になりますが、特に初めて仕事をする際などは、「あなたのこの能力を評価して今回依頼させていただきました」「その能力を、ぜひこの企画でもこのように発揮していただけないでしょうか」「気になる点などありましたら、お気軽にご相談ください」といったスタンスで仕事をしてほしいところです。

 ときどきネットなどでも話題になりますが、依頼内容を後から捻じ曲げるといった行為は論外です。
 どうしてもやむを得ない場合は、「大変申し訳ありません。先に依頼をお伝えした際、わたしから伝え忘れていた箇所がありまして、商品にはこういう意図があるため、どうしても最初の発注にはなかったこれを追加いただきたいのです」「これに関しては当方に非がございますので、スケジュールを○日延長させていただきます/ギャランティに追加の作業料として○円ほど上乗せさせていただきます」といった相談をさせていただく。

「気持ちよく仕事していただく」というのは、そういうことです。
 作家先生にだけ気を遣うとかではなく、関係者全員に気を遣う。

 こういう話をしますと、特に経営者サイドに近い方からは、「商売のことが何も分かっていない」「他者に語る理想論としては楽しいが、お前たちが実際にやらなければならないのは製造費を1円でも安くして会社の利益を最大化することだ」といった声が聞こえてきそうです。
 経営者というのは、1円でも無駄な金が支払われていると分かると、相手を八つ裂きにして地獄に叩きこみたくなる人種ですからね。

 ですが経営者の皆さんも、少し深呼吸をしてゆっくり考えていただきたい。
 経費を削るのも重要ですが、利益を得るのも重要なはずです。

 いや、言いたいことは分かります。
 経費は自分たちの側で努力して削れば、直接削れる利益であるのに対し、商品が売れるかどうかはまったく確定した話ではなく、ぶっちゃけバクチです。なので利益を夢見るよりも、現実として経費を削りたい気持ちはよく分かります。
 さらに加えて言うならば、経営者が「これが大ヒットすれば会社も潤うぞ」など皮算用している方がむしろ、社員としては恐ろしいくらいです。

 また経営陣に言われるまでもなく、物事には限度があります。
 いかに「関係者に気持ちよく働いていただくため」と言っても、湯水のようにお金を使ったり、いたずらにスケジュールを延ばしたりはできません。そこは現実との折り合いが必要で、最後は人間力でカバーするよりほかはありません。
 人間力とはつまるところ、誠実さです。
「(少々条件に満足できないとしても)この人のために頑張ろう」と思ってもらえるか。
 そのためには

・嘘をつかない。
・常に感謝する。
・相手が仕事しやすいよう環境に気を配る。

 そのうえで、やはり編集自らがハードワークする。
 編集が自らハードワークしなければ、どんな言葉も空虚です。

 現実が難しいのは、そこまでやって非常に顧客満足度の高い商品ができたとしても、最終的に商品が売れるか売れないかは運の要素も大きく絡むということです。
 経営陣が、「そこまで会社側が負担すべきなのか」「現実と折り合いをつけろ」と言ってくるのも道理です。

 それでもなお。

 編集は商品に関わる関係者全員に、気持ちよく仕事をしていただけるよう努力をすべきだと信じていますし、そのことが商品の顧客満足度を最大化するためには必要不可欠だと信じています。
 なぜなら、そうした関係者の皆さんの気分や姿勢、態度は、必ず商品のクオリティに反映されるからです。

 これはオカルトで言っているわけではありません。
 エビデンスはありませんが、経験上、事実だと確信をもって言えます。

 また「プロなら一度約束したらどんな条件でも安定したクオリティの仕事をしろ」という意見も、一見正しいプロ論に聞こえますが、その実、人間を理解していない空虚な理屈にすぎません。
 その人の最高のパフォーマンス(あくまで費用と時間の許す限りですが)を発揮していただくには、「気持ちよく仕事をしていただく」ことが絶対に必要なのです。
 その環境を整えられないのなら、むしろ整えられない方のプロ意識に問題がある。
 まあもちろん何事にも例外はありますので、とんでもない人を相手にしなきゃならないときなど、ストレスで身体を壊す前に何か手を打つべきですが(笑)、例外を書き連ねだすと永遠に話が終わりませんので、ここでは本筋を語るにとどめます。

 いろいろ書きましたが、今回の結論は

「商品を売るために最も大事なのは、顧客満足度を上げること」
「顧客満足度を上げる方法はいろいろあるが、技術を語る前に抑えておくべき条件として、『関係者全員に気持ちよく仕事をしていただく』という意識を持つことが重要」

 という話でした。

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