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刈谷メソッド_05「企画を考える――売れるゲームとは②」

 01~04で、具体的な仕事に入る前に抑えておいてほしい、わたしなりの仕事に対するスタンスを書きました。技術は当然大事ですが、「どういうスタンスで仕事に取り組むか」という部分は、ある意味技術以上に重要だと考えるからです。と言いますか、そうした健全な精神が技術の習得とも密接に結びついていると思います。

「こうして社会に貢献したい」
「こうして金を稼ぎたい(会社に貢献したい)」
「こうしてお客さんに満足してほしい」

 という具体的な目標があると、「なのでこういうことができる自分になりたい」「この技術が必要だ」「この人の協力が必要だ」「この人のベストパフォーマンスを引き出したい」という風に頑張れるからです。


 そうした基礎的な考え方について説明させていただきましたので、そろそろ具体的なテクニックについて触れていきたいところですが……でもまだそこに入る前に越えなくてはならない部分がいくつか残っています。「細かいテクニックこそ知りたいんじゃ」という方には申し訳ないのですが、もう少しだけ抽象的な話にお付き合いください。

 心構えが定まったら、いよいよ会社に企画を通さなければなりません。
 ではどんな企画なら通るのか。
 02でもさらっと触れましたが、まず前提として「売れる」かどうかが問題になります。当然ですね。

 ただこの「売れる」かどうかを見抜くのが難しいわけです。先日も会社の偉い人に、「刈谷さんの部署のゲームはよく売れるわけだけど、どういうゲームが売れるかを言語化してもらえると、他部署にも共有できて嬉しいんだけど」と言われまして。
 改めて考えてみましたが、いや、言語化なんてできないなという(笑)。「売れるか売れないかなんて、見たら大体分かるでしょ」みたいなことしか言えず、まるで役に立ちません。
 確かにこれはセンスと言われればそれまでの、言語化するのが難しい部分です。まあ、言語化できるならもうとっくに誰かがしているでしょう。

 センスと言ってしまうと持って生まれたものという感じになってしまいますが、どういったものが売れるのかという感覚は、やはり日々磨いていないと駄目だと思います(もっと言えば、年を取ってユーザーの年齢と乖離してしまうとセンスが合わなくなることがあるので、自分の成功体験に固執せず、若い連中の感覚をむしろ信じる度量も必要ですがまた別の話)。
 まずどんな商品が売れてるかのリサーチは大前提ですね。Amazonや各ショップのランキング、ネットで見かける頻度といったあたりで、ザックリ「このへん人気あるな~」というのは分かります。02でも書きましたが、いまならやはり『はあって言うゲーム』、『ナンジャモンジャ』、『テストプレイなんてしてないよ』、『ito』あたりですよね。
 これも02の繰り返しになりますが、実際に売れている商品の共通点とかを調べ、「どういう部分が評価されているか」を分析し、それに近いニーズがないかを探る。

 ちなみに巷でよく聞く「売れてる商品の真似をしろ」という戦術は、少なくともボードゲーム業界では評価されることはないのでやめた方がいいです。ビデオゲームなら、後発タイトルがシリーズを重ねることで先行タイトルをまくるという現象がままありますが(『ファミスタ』と『パワプロ』など)、ボードゲームはビデオゲームよりもアイデアのオリジナリティが重んじられる雰囲気があり、よほどでない限りシリーズ化もされないので、後発が先行タイトルをまくるのは、先行タイトルに何らかの不備(メーカーが倒産したとか)でもない限りほぼ不可能です。

 あと海外のゲームのローカライズであれば、やはりBGG(BoardGameGeek)のランキングや評価は大きいですよね。ユーザーがそこを信頼してチェックしている以上、無視はできない。「BGGで平均評価8.3!」とか言われると、日本のギークたちもソワソワするわけです。

 国産のインディーズゲームであれば、それはゲムマ前後のネットの評価ですよね。やはり話題になっているゲームはみんなが「ほしい!」と思うわけですから、そこは常にアンテナを張っておく。
 インディーズですから普通は作っている部数もそんなに多くないはずですので、買えない人がたくさん出たりして飢餓感があおられると、さらにニーズは高まります。まあ、権利を獲得して実際に商品を発売するまでに、早くても半年、長ければ1年以上かかることがあるので、そのころにはニーズがしぼんでいる可能性もあるので、そこは気を付けなくてはなりません。

 そうしたある意味「勉強」すれば誰でも把握できる部分は大前提で抑えるとして、他に意識すべきところはどういった点になるでしょうか。
 広告宣伝とかを抜きにして、制作側で考えるべき部分としては

・「ほしい!」と思ってもらえるビジュアルにこだわる
・コンポーネントと値段の感覚にこだわる
・遊びやすいゲームにする
・とにかくお客さんのニーズに寄り添う

 といったことが挙げられると思います。

 ちなみに「ゲームが面白い」というのは前提です。基本、面白くないゲームが売れ続けることはありません(イラストの力とかで瞬間的に売れることはあります)。逆に面白いけど売れてないゲームなら、ごまんとありますが。
 たまに「このゲームは面白いんです!」というプレゼンを聞きますが、「そんなん分かっとるわ」「ほんならあんた、ときどき面白くないもんもプレゼンしてるんか」という感想しか持ちません。「こっちは売れるかどうかを聞いてるんや」というね。

 売れないことがある程度想定できていても出すべきタイトルも、ないわけではありません。例え売れなくても会社のステータスが上がるようなゲームです。
 例えば、マニアックだけどユーザーに非常に高く評価されているゲームなどですね。「ああ、こういうタイトルをしっかり作って世の中に出してくれるなんて、このメーカーは信頼できるなあ」と思ってもらえるタイトルなら、戦略的に出す判断をすることはあり得ます。
 ただもちろん、他のタイトルで儲かっていることが前提です。他で儲かってもいないのに、「いいゲームなんだ!」と言いながら売れないゲームを作り続けていたら、倒産まっしぐらです。

 それでは順番に説明していきましょう。
 それぞれ詳しく話すと長くなるので、ここではざっと触れるにとどめます。


●「ほしい!」と思ってもらえるビジュアルにこだわる
 本稿では、イラストとグラフィックデザインをまとめてビジュアルと称することにします。
 まあとにかくビジュアルは重要ですね。
 特に難しいのは、いわゆるボードゲームユーザーが支持するのは、オタク受けする萌え系のビジュアルではないということです。とはいえ、ボードゲームマニアだけをターゲットにした商品というならともかく、広く一般に売ろうと考えるなら、あまり地味でマニアックなビジュアルにするのも考えものです。農地経営のゲームで、農村の風景画をパッケージにしても、やっぱり店頭で目を引かないわけです。
 一方、目を引くパッケージにすると嫌われたりする。なので塩梅が非常に難しい。

 無難なのは、ちょっと児童向け方面に落とし込んだビジュアルにすることですね。そうすると、老若男女、間口の広いものになります。
 ただこれも、みんながみんなそういう方向だと、ユーザーにも飽きられてしまう。なので微妙にラインをずらしながら、いろいろなアプローチをする必要が出てきます。
 うーん。まったく具体的ではないですね(笑)。

 ひとつ言えるのは、遊び心を忘れないことでしょうか。
 やはり惰性でやっていると、そのへんはすぐお客さんに伝わりますので、面倒でも毎回どこか新しいトライをすべきだと思います。
 そういう意味で、やっぱりタンサン株式会社さんとかは、毎回常に新しいことにトライしていて楽しいですよね。

 ですので企画を立てるときも、どういうビジュアルにして世に出すかというイメージを持っておくことが非常に重要です。
 とにかく目を引かないとまず手に取ってもらえないわけですから、商品に合ったイラストレーターさんを選ぶのは当然として、そのイラストを活かすグラフィックデザイナーさんや、グラフィックデザインの方向性をイメージして、どう売るかまで考えて企画するべきです。
 海外のボードゲームであっても、そのままのビジュアルでいった方がいいのか、日本流通用にビジュアルを作り直した方がいいのか、しっかり考える必要があります。


●コンポーネントと値段の感覚にこだわる
 コンポーネントもビジュアルにつながるところがありますね。やはり厚紙のタイルとか、木やプラスチックのコマが入っているとテンションが上がります。
 そのへんは実際に購入されるまでは効果を発揮しませんが、購入いただいた後で、お客さんに満足感を得ていただくことができます。
 そうすると、SNSツールなどで拡散されやすくなります。「見てこの内容物!」「どう、すごくない?」みたいな感じで発信してもらえると、広告宣伝効果として非常に強い。
 そうなると、やはり売れ行きにつながるわけです。

 なのでコンポーネントにもこだわらなくてはなりません。特にインディーズゲームをライセンスさせていただく際など、インディーズ版を購入されたお客さんにこそ買っていただけるよう、差別化を図る必要があります。

 とはいえ、もちろん何も考えずにコンポーネントをリッチにすればいいというものでもありません。ゲームにはゲームなりの手ごろな金額というものがあります。
 コンポーネントをリッチにすることで、値段が上がるのは本末転倒……と言い切れないところがボードゲームの奥深さですが(笑)。
 例えばみんな大好き『宝石のきらめき』なんかは、あの宝石ディスクを厚紙にしたり宝石カードにすれば、もっと箱を小さくして、もっと安くできたはずです。でももしそんなコンポーネントだったら、あのゲームはあそこまで評価されたでしょうか。あのディスクがあるからこそ、ゲームの体験がリッチになるんですよね。
 なのでただ安くすればいいわけでもない。
 そしてただリッチにすればいいわけでもない。
 やはりセンスか(笑)。

 結局のところ、「このゲームはどういうお客さんに売るのか」というビジョンをしっかり持っておくことでしょうね。そのあたり、幻冬舎エデュケーションさんとかは非常にうまいと感じます。
 そのビジョンにのっとって、どこまでコンポーネントをリッチにするのか、どこまでの値段に抑えるのか、最適解を求めながら企画書を作る必要があるでしょう。


●遊びやすいゲームにする
 これも購入いただくまでは関係ない部分ですし、企画書という話からはズレますが、売れる、売れないという話として触れておきます。

 遊びやすいゲームは売れやすい傾向があります。
 逆に遊びにくいゲームは売れにくい傾向にある。
 これ、今回のテキストで一番価値のある話かもしれません。
 遊びやすい、遊びにくいというのは感覚的な部分も大きいので、どこまでならどうという話も非常に難しいのですし、これ以上詳しく書くと会社に怒られるかもしれないので(笑)このへんでやめます。

 ただ言えるのは、だからこそ、ルールブックを読みやすく、分かりやすいものにすることに徹底的にこだわらなくてはならないということです。


●とにかくお客さんのニーズに寄り添う
 これも企画書という話からはズレますが、売れる、売れないという話として。

「お客さんのニーズに寄り添う」と、言葉にすると簡単ですが、これを本当に徹底してやることが重要だと思います。
 わたしの例で説明しましょう。2020年8月に『花嫁が多すぎる』というタイトルを出させていただきましたが、これはアニメ化もされている大人気漫画『五等分の花嫁』(著:春場ねぎ 講談社)が原作のゲームなわけであり、「女の子載っけたカードをたくさん用意しとけば売れるんでしょ」みたいな感じで、時間をかけず世に出す考え方もあったかもしれません。
 時間をかけずにちょちょいで作ったとしても、一定数が原作ファンに売れるのは間違いなく、ローコストで固く稼ぐということだけで言えば、そこまで間違っているとも言えません。
 ですがわたしは、そうしたやり方を採りません。

 わたしのやり方は、とにかく『五等分の花嫁』ファンに喜んでもらうため、ボードゲームファンに喜んでもらうため、徹底的に考え抜くことです。そのどちらも手を抜かない。
 重要なのは、「自分の都合で作らない」ことです。
 とにかくお客さん目線で考える。お客さんが本当にほしいものは何か。
 そのためには、原作である『五等分の花嫁』を徹底的に好きになることも重要です。そこに嘘があれば、お客さんはやはり見抜いてきます。
 もうすぐ50のオッサンが、高校生が主人公のラブコメにインサイドするのもどうかと思わないではなかったですが、そこは自己コントロールの世界です(笑)。とにかくガチで好きになる。ガチで好きな人なら、こういう商品がほしいはずと考え抜く。そこに妥協しない。
 あとゲームの部分がおろそかだと、「しょせんキャラゲーか」という評価になってしまうので、そこも徹底的にこだわる。そのうえで、普段こうしたゲームを遊ばない方にも楽しんでいただけるバランスとはどこかをとにかく考え抜く。
 さらに考えを進めるなら、普段こうしたゲームを遊ばない人に、ゲーム体験をしていただくチャンスになるわけです。そしたら1000人のうち1人でもボードゲームファンになってくれるかもしれない。もちろん『五等分の花嫁』を知らないボドゲファンに、原作に興味を持ってもらえるならさらに素晴らしい。そうした願いも込める。
 そうした作業の果てに、あの商品は作られています。
 おかげさまで6,000個作った初刷は初回注文で完売。慌てて2刷10,000個を増産したものの、そちらも入庫後即7,500個が出荷。年末年始及び1月からのアニメ放映を控えていたので、さらに15,000個を増産するという大ヒット商品となりました。

 もちろん『花嫁が多すぎる』は、企画のスタートが作者の春場ねぎさんのツイートによる希望という、ストーリーとして圧倒的に強い形で始まっていますし、パッケージイラストが春場ねぎさんの描き下しというのも条件として猛烈に強かったですので、我々のやったことがどれだけ売れ行きに貢献したのかは分かりません。
 ですがとにかくお客さんに喜んでほしいと、徹底的にやった自負があります。そうした部分は、やはりお客さんにも伝わるのではないかと考えています。

 少なくともウチの部署で働くスタッフには、そういうスタンスで物作りをしてくださいとお願いしています。

 無理矢理今回の話に結び付けてまとめますと、そういう徹底的にやれる企画でないなら、最初から企画を立てるなということになるでしょうか。

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