悪戯な君の願い事


シチュエーションボイス 七夕

塩まる。 様( @GLefkz )

Twitter https://twitter.com/GLefkz


こちらのボイスの台本を作成させていただきました。
以下、ボイスの小説版になります。

!注意!
これはあくまで一つの解釈になります。
皆さんの考えるシチュエーションと異なる場合もありますが、ご自身の解釈を大事にしてくださいね。



 私のお願いはいいから、彼のお願いを叶えてあげてほしい。
 七夕の今日に願うのは、貴方のことばかり。

「あぁ、そういえば今日は七夕だったっけ? すっかり忘れちゃってたなぁ」

 夕暮れ時の、帰り道。私は彼――塩まる君と並んで帰っているその最中。たわいもない話をしていた時、彼がふと思い出したように呟いた。

「あっ、そういえばそうだったね」
「そういえばって……せっかくお願い事を叶えてもらえる日なんだから、そんなどうでもいいみたいないい方しなくたっていいじゃん」

 どうやら私の反応がお気に召さなかったのか、彼はふくれっ面で私の方をじっと見つめている。ごめんごめんと謝ってみるけれど、不服そうな表情は隠さず、私は困った顔をすることしかできなかった。
 七夕。一年に一度、空の上で恋人が会うことを許された日、どこから続いたのかわからないけれど、その日に笹に短冊を飾り、その短冊に願いを書いたらそのお願いが叶うとか。
 迷信だとわかっていても、何かに乗じてお願いをするなんて言う都合のいい口実だと思っているのは、きっと私だけじゃないはずだと思うけれど、それを今彼に話してしまったらさらに機嫌を損ねてしまいそうだったから黙っておくことにした。

「もう何年もお願いなんてしてないしね」
「ふぅん……あっ」

 笹が飾ってあるよ。
 私の様子に何を思ったのかは定かではないが、視線をずらした先にあった笹を見つけて、先ほどまでの機嫌の悪さをなかったことにするような元気のいい声色へと変化する。そのまま駆け出しそうになるのをこらえ、私の方に再び視線を向けた。

「せっかくだしさ、一緒にお願い事書いていこうよ」
「うーん……」
「ほら、これも何かの縁? ってやつだよ。せっかくだし、ほらほら」

 彼に背中を押され、ずるずるとそのまま笹の方へと引っ張られていく。こうなった彼は意地っ張りになることを知っているから、私は早々に諦めて彼の引っ張る方向へ一緒になって連れ立つことにした。

「しょうがないなぁ」

 声に出してみるけれど、思いのほか自分の声が浮ついていることを自覚してしまって、なんだか恥ずかしいような照れくさいような感覚になった。
 うん、たまにはこんな日があってもいいかもしれない。だって、彼に背中を押されたんだもん、仕方ないよね。



 先ほども言ったが、私はもうここ数年このイベントに参加を久しくしていなかった。
 理由はたくさんあるけれど、一番の理由はこの短冊に書けるようなお願い事が思いつかないからだ。欲がない、というわけではない。だけど、なんとなくここに書けるような、書くようなことではないことばかりが浮かんでくるから、仕方ないのだ。

「……」

 色のついた短冊には、一向に文字が書かれない。隣でさらさらと願い事を書いている彼の背中は、どこかわくわくしているようで、そんな風に純粋な気持ちで書ける彼が羨ましくなってしまう。
 夢がないなんて、したいお願いもないなんて。自分も案外つまらない人間になってしまったものだと苦笑した。

(どうしようかな……)

 ぼんやりと眺めるその背中を見て、思考を巡らせた。
 塩まるくんの言っていることも一理ある。こんな背の高い笹と短冊、そして何より一年に一度だけのそのお願いの機会。こんなに恵まれた機会を逃すのはもったいないという彼の意見はごもっともだとは思う。
 では、一体私は何を願うのだろう。

「んー……」

 ふと、視線を再び彼に戻す。うきうきと鼻歌を鳴らしながら短冊に書いている背中の、何と楽しそうなことか。そんな彼をこうして隣で見る事ができていることの、どれだけ幸せなことか。
――うん、これしかない。
 思い浮かんだそれは、普段は気恥しくてとてもじゃないけどお願いできないっこと。だけどせっかく、この機会に乗じるくらいはきっと神様も許してくれそうな気がする。
 そう。だって今日は七夕だもの。



「よぉーし、書けたっと」

 私が書き終わったとほぼ同時くらいだっただろうか。色々と書いて思案していたみたいだけれど、飾るお願いをどうやら決めたようだ。相変わらず鼻歌交じりに嬉しそうにする塩まるくんを見て、頬が自然とほころんでいく。

「よかったわね。それじゃあ――」
「君は? 君は何をお願いするか決めた?」

 興味津々。きらきらと目を輝かせて私の方を見つめる彼の視線が鋭く刺さる。本人はいたって無自覚にやっているというのが質が悪い。そして何より、その視線を受けてしまったらなんとなく答えないわけにはいかなくて。

「う……」

 改めて自分の書いた短冊に視線を落とす。飾られたら結局みられるとわかっているのに、なんとなくそれを口にするのはどうしたってためらわれてしまう。悪いことや強欲なことを書いているつもりはない。細やかなこのお願い事をいうくらい、なんてことないはずなのに。

「なになに、そんな恥ずかしいこと書いたの?」
「そうじゃ、なくて……あっ、そうだ」

 塩まるくんは? なんて書いたの?
 自分のお願い事をごまかすように、彼にわざとらしく話題を切り返してみる。話を元に戻されたらそれまでだと思うけど、ありがたいことに純真無垢な塩まるくんは俺? ときょとんとした表情を浮かべていた。

「俺のはね――」

 彼もまた、自分の書いた短冊に視線を落とし――間もなく、照れくさそうに頬を赤らめた。普段はいたずらっ子のように紅色の瞳を揺らすのに、今日は珍しい表情で言いよどむ彼がなんとなくいじらしくて。
 だから、ほんの出来心だったのだ。

「――あっ、ちょっと!」

 ほんの少しの隙をついて、彼の手からするりと抜き取った短冊。咄嗟の出来事になす術もなく、取らないでよ! と悪態をつくのが精いっぱいだった。
 何はともあれ、私の手元に彼の短冊がある。さてさて、なんてわざとらしく言ってから改まってその中身に視線を落とす。きっと彼らしく、色んなことをお願いしたんだろうなと思考を巡らせて――

「これ……」

 内容に書かれているそれを見て、思わず目を点にした。みっともなく口は開けられ、閉じないとはきっとこういう状況のことを指すんだと思う。
 私の反応を見て何を思ったのか、塩まる君といえば拗ねた様子でいいじゃん、と頬を膨らませている。

「せっかくのお願いなんだし、【君とこれからもずっと一緒にいられますように】、ってお願いするくらい」
「だって、他にも」
「いーいーの! 俺がお願いしたくてお願いしてるんだよ!」

 徐々に恥ずかしくなってきたのか、顔には出ないけど耳を真っ赤にする彼に、驚きとほほえましさとがないまぜになって、どういう顔をすればいいのかわからなかった。
 あれだけ色んなことを書いていたのに、選ばれたのは私のことだったなんて。他にもあったはずのそれを押しのけて出てきた願い事に、私の顔だって自然と赤くなるというもので。

「どうしたの、そんな顔赤くして。俺のも見せたんだし、君のも見せてよっ!」

 逆襲。今度は彼がすっかりお留守になっていた私の手元からするりと短冊を抜いていく。しまった、と思った時にはもう遅く、無念にも私の願いは飾られる前に彼の目に映ってしまった。

「【塩まるくんとこれからもずっと一緒にいられますように】って……」

 ご丁寧に、復唱までしてくれるものだからもう恥ずかしくて穴があった入りたい。
 出来ることなら笹の上の方に飾って、彼の目に触れないようなところに置こうと思っていた。まさか自分の願い事と彼の願い事が同じだったなんて思わなくて、そしてそれを彼に知られてしまうなんて。

「なぁんだ、君も同じこと考えてたんじゃん」
「うぅ……だって浮かばなかったし」
「ふぅん……」

 私がしどろもどろとしているのを見て、何を思ったのだろう。にんまりと綺麗な三日月を描く瞳には、嬉しさというか彼の悪戯心が浮かんでいるように見えていたたまれない気持ちになる。

「何よ、別にいいじゃない。浮かばなかったんだもん」
「そうなんだぁ、へぇ」
「なに? からかってるでしょ」
「べつに、そんなことないよ」

 嘘だ。そうじゃなかったら彼があんなに嬉しそうにする意味がない。絶対からかってるでしょ、だってそんなに嬉しそうな顔をする意味がないもん、と追撃してみると少し躊躇いの表情を見せる。

「……わかって言ってるでしょ」
「何が?」
「君もずるいなぁ……」

 何もわかってない。むしろその理由を教えてくれと視線で訴えてみると、頬をかいて瞳を右往左往とさせてから。

「だってさ、大切な君と同じこと考えてたんだなって、嬉しくなっちゃうじゃん」

 消え入りそうな、だけどちゃんと届いた言葉。私が嬉しくなる言葉を言っただけなら、きっとこんな反応はしない。彼が本当にそう思っているからこその言葉だということを、すぐに理解してしまった自分が恥ずかしくて、一緒になって頬が赤くなった。

「あーもー! 恥ずかしいこと言わせないでよ! そんなことよりさ、早く飾ろ?」

 お互い照れくさくて黙り込んでいると、耐えられなくなったのか彼が持っていた私の短冊と、いつの間にか私の手から抜き取っていた短冊を笹へ飾ろうと手を伸ばす。
――その願い事は、二つ並んで。

「えっ、ちょっと! なんで隣同士!?」

 さすがに恥ずかしいなんてもんじゃない。取り返そうとするけれど、器用に私の手から逃れていく姿にむっとしてしまった。
――が、それはすぐに解決させられてしまった。


「だってほら、隣同士にしておいたら、このお願いもきっと叶えられそうな気がするから」


 あぁ、君はいつだってずるい。
 小悪魔みたいにからかうときもあれば、こんなふうに純粋なまなざしで私を見てくる君が。
 色んな顔を持っている君だから、私はこうやってずっと、あなたから離れられないの。
 ずるい君へ、ずるい私より。
 私のお願いはともかく、彼のお願いだけでも叶えてもらえますように、とお願いするのは間違いじゃないよね?

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