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怪しい世界の住人〈龍神〉第一話「龍を見た」

① はじめに

 龍と言う言葉を聞くと、あなたは何を思い浮かべますか?
 よく描かれるあの龍の姿ですか?
 それとも恐竜のようなものをイメージしますか? 今回は龍神関係についてお伝えしたいと思います。
 龍は、種類の多い存在として知られています。通常、龍は〈霊獣〉と呼ばれ、位が高くなると〈龍神〉と呼ばれる神の一種に昇格します。しかし、すべての龍が〈龍神〉ではありません。龍の中には、人に悪さをする妖怪の龍までいるのです。なぜ、このように種類か多いのか? これについては後に記載するとして、まずは龍を目撃した人々のお話を少しお伝えしたいと思います。

② 龍の目撃例

❶「土用干しの赤い毛氈もうせん

 江戸時代に書かれた『異説まちまち』と言う本の中に、龍を目撃した物語が残されています。場所は兵庫県……昔の播磨の国の姫路の出来事です。

——夏の土用の頃に、土用干ししていると……突然、空が曇って夕立の気配になった。土用干ししていた人々は、皆、取り入れの作業に入った。
 すると、ひとりが裏の畑のあたりに赤くひらめく物を見つけ、
「皆、慌てているので、赤い毛氈を取り忘れたようだ」
 と思って取り込みに行った。
 その時、ピカリと光る物が見え、よくよく見ると、毛氈と見えたのは龍の舌で、ピカリと光って見えた物は龍の大きな目だった。
 その者は、驚いて物も言えず、屋敷まで駆けて来ると、そのまま気を失った。
 それから激しい夕立となり、畑の脇から龍が空へ昇るのが見えた。あまりにも激しい風が吹いたので、雨戸が塀のあたりまで吹き飛ばされて、まるで、はじめからそこに立て掛けてでも在るかのようにキチンと並んでいた。

 この時、多くの人々が龍を目撃しました。

❷「ハッキリと龍の頭を見た話」

 この『異説まちまち』と言う本の中には、別の目撃例も残されています。場所は、羽州うしゅう酒田とありますので、現在の山形県酒田市あたりの出来事です。

——やはり夏のこと。晴天の空に龍の頭だけが見えた。頭は牛の頭のようだが大きな目が激しく光っていた。何人かの者が同じように龍の頭を目撃して騒いでいると、だんだんと四方から雲が出て、龍の頭が隠れて行った。

 ここでは、龍の体はハッキリと見えていなかったようです。龍の体に雲が寄って、
「雲につかみ隠れけり」
 と書いているので、かすかに、龍の体が見えて、その龍の手が雲をつかむように雲の中に隠れて行ったようです。
 私は以前、京都で雲が龍の形へ変化して行く様子を目撃したことがあります。その時は、雲の中に龍を見ることはありませんでしたが、雲そのものが龍の形に動いて、やがて隠れるようにゆっくりと消えて行きました。

❸「龍が見たかった人の話」

 今度は、江戸時代に書かれた『蕉斎筆記』と言う本の中に残された龍の目撃例です。場所は岐阜県中津川市あたりの出来事です。
 冒頭に、
「絵に描ける竜と言うもの、その形、見たる者、なけれども……」
 と、絵にある龍のような物は、見た人がないけれどと前置きして書いています。

——奥山氏に仕えている十河と言う人が、江戸に行き来している時、落合に来て宿泊していた。彼は五月のことでもあり、田植えをしている様子を何となく宿屋の窓から眺めていた。のんびりとした田園風景の中、美しい田植えの女性たちが、唄を歌いながら田植えをしていた。しばらくすると、何げなく薄曇りになって来た。すると、田植えは終わっていないのに、田植えの人々も、田のまわりにいた人々まで、まるでアリが逃げるかのように慌てて散って行くのである。
 不思議に思って、亭主にそのことを尋ねると、
「それは龍が昇天するのを知って、皆、避難しているのです」
 と教えられた。そして、
「夕立があるから、雨戸を閉めて、けして、外を見ないように」
 と注意を受けた。
 それから、雨戸を閉めきり、近くで蒼朮と言う漢方薬を買って来て、火鉢に入れ、煙を出したので、部屋の中が真っ暗になった。
 蒼朮と言うのは、お屠蘇の中に入れる漢方薬のことで、利尿、解熱、健胃薬などに用いますが、龍や魔物避けとしても使われます。
 しばらく部屋の隅にうずくまっていたが、十河ともうひとりの人が、どうしても外を見たいと思って、雨戸をちょっと開いて外を見た。すると、外は真っ暗で、雨風、激しく、嵐のようになっていた。その真っ暗な中で時々、稲光りがした。その稲光りの中に芋虫のような物が見え隠れした。その頭と思えるところに、海老の頭のようなるものが見えた。
 その後、雷鳴が激しくなり、夕立のおびただしいことは誠に不思議なくらいだった。
 しかし、やがて雨は止み、日が差して快晴となった。誠に不思議なことだが、雲の中に現れたものはいかにも絵に描ける龍のようであった。
 その頃、雨風の激しい時、子供がひとり舞いあげられ即死し、旅人ひとりは、松の木へ取り付いていて、笠を吹き上げられたが、危い命も助かったと言う。
 落合あたりには、度々龍が天へ上ることがあって、この土地では珍くないと言う。

 文章の中に、
「稲光りの中に芋虫のような物が見え隠れした。その頭と思えるところに、海老の頭のようなるものが見えた。
 と書いてあります。
 それは、まったく絵にあるような龍の姿になって、消えて行ったそうです。
 冒頭にも、
「絵にある龍のような物は、見た人がないけれど」
 と書いていますが、ここで、
「まことに不思議ことだが……」
 と、不思議さを強調しています。
 この本の続きには、別な人が龍を目撃した様子も書いています。

——先日、京都に宿泊した時、東寺のあたりの畑から何やら不思議な煙のような火が上がるのを見た。それを見て地元の人々は、
「このような時は、龍が昇天するのだ」
 と口々に言っていた。

 ここでは、煙のような火がと書きましたが、原文では、
「火が上がり」
 ではなく、
「火へ上がりける」
 と書いてありますので、火の塊が空へ昇るような感じですか? その不思議な煙が雲に届くとすぐに夕立になったそうです。
 夕立が止んで、畑へ様子を見に行くと、クレーターのような感じで、畑に穴が掘られたような状態になっていたとあります。
 このことを聞いた著者が、
「土の中に龍が隠れていたものが、一気に天へ昇ったのだろう」
 と感想を書いていました。続く。

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